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コインランドリー

「みなと、これからどうしようか?」


 シノヅカ第2マンションを出たなゆちは、弱った声で湊人に問い掛ける。



「うーん、もう一度夕利果さんに会いに行ってもいいけど」


「夕利果さんに何を訊くの?」


「うーん……」


 たしかに、朝に会ってから今に至るまでの間に、目ぼしい情報が手に入ったわけではない。

 特段夕利果に訊きたいこともないのである。



「みなと、篠塚さんに頼んで307号室に入れてもらうっていうのは?」


「もうとっくに片付けられた後でしょ。夕利果さんは現状回復して引き払っているわけだから、入ってもただの空室だよ。何もないよ」


 歩道にできた水たまりを避けながら、湊人は淡々と答える。



 篠塚には認めなかったものの、完全に白旗である。


 なゆちは事件について調査をしたとはいえ、別にお金をもらって探偵として依頼を受けているわけではないため、無理だと思った事件からは手を引くことは自由だ。


 「犯人は透明人間!?」は諦め、これとは別の事件を解決して、しれっと「第3弾」としてアップすればいい。




「きゃっ!!」


 考え事をしていて心ここに在らずだったため、なゆちの悲鳴を聞くまで、なゆちの身に何が起きたのかに気付いていなかった。


 湊人が慌ててなゆちの方を振り向くと、なゆちは、着ているセーターを見下ろしながら、今にも泣きそうな表情をしていた。


 薄ピンクのセーターには、茶色い泥が付いていた。



「最悪!! さっき横を通っていったトラックが、水たまりをピッシャってしていったの!! 買ったばかりのセーターなのに!!」


 たしかに悲惨な光景だった。

 泥はセーターの前面に全体的に付いており、ピンク色の下地に茶色なのでよく目立っていた。こちらは目立たないが、黒いスカートにもおそらく泥は付着しているだろう。



「みなと、どうしよう……」


 なゆちが潤目で湊人をじっと見る。


 ヲタクの悪い癖で、「大丈夫。新しいのを買ってあげるよ」と言いかけたが、湊人は、それよりも良い方法を思いついた。



「なゆち、マンションに引き返そう」





 湊人がなゆちを引き連れて向かったのは、シノヅカ第2マンションの1階にあるコインランドリーだった。


 服が汚れたならば洗濯すれば良いのである。

 汚れが付着してから時間も経っていないので、綺麗に落ちるはずだ。



「洗濯代は出すから、今、服を洗っちゃいなよ」


「みなと、まさか、私にここで下着姿になれって言うの?」


「そんなわけないじゃん。トイレでアイドル衣装に着替えてきて、それで私服を洗えばいいよ」


 今日は夜にライブがあるため、なゆちのカバンの中にはライブ用のフリフリ衣装が入っているはずである。



 トイレはコインランドリー内に設置してあった。さすが至れり尽くせりの空間である。


 なゆちは湊人の指示に従い、トイレでアイドル衣装に着替えた。


 黄色を基調としたドレス衣装。胴回りの倍以上の大きさのフリルがスカートに付いており、何パターンかある衣装の中でも一番アイドルっぽい衣装である。



「ねえ、みなと、何か踊って欲しい曲ある?」


「とりあえず早く洗濯機を回しなよ」


 湊人のためだけに踊ってくれるというのはもちろん嬉しいのだが、他のファンに申し訳ない気がした。そもそも捜査という名目があるとはいえ、プライベートで2人きりで会っていること自体、罪悪感が芽生えるものであるが。



「分かった」


 コインランドリー全体を見渡したなゆちは、なぜか一番大きなドラム式洗濯機の方へと向かっていった。



「なゆち、それは布団とか毛布を洗う用だと思うよ?」


 コインランドリーには、乾燥専用機を除いて、全部で12台の洗濯機が設置してあった。


 そのうち、なゆちが使用しようとしていたのは、1台だけ設置された巨大洗濯機であり、コインランドリーの中でも圧倒的な存在感を放っているものだった。



「セーターとスカートだけなんだから、一番小さいやつで良くない?」


 湊人は、巨大洗濯機の対面に3台設置してある小型洗濯機を指差した。これもドラム式である。



「でも、みなと、こっちの大きい洗濯機は1500円で、そっちの小さい洗濯機は700円だよ。高い方がよく汚れが落ちるんじゃない?」


「いやいや、それは大きさが違うからであって、洗浄能力は関係ないでしょ」


「大きい洗濯機のところに『高速スピンで素早く綺麗にお洗濯』って書いてあるよ」


「小さい洗濯機のところにも同じことが書いてあるんだけど」


「うーん、よく分かんないから、大きい方でいいや。大は小を兼ねるって言うし」


 なゆちは巨大洗濯機にセーターとスカートを投げ込むと、「みなと、お金」と言って、1500円の支払いを求めた。

 自分の財布が痛まないならばとりあえず高い方、というのは悪魔の発想である。



 なゆちが100円玉を15枚投入すると、中身がほぼスカスカの巨大ドラムが回り出した。


 このハイテクコインランドリーでは、ネット上で洗濯機の稼働状況が分かる。

 湊人が試しにホームページを確認してみると、「洗濯機G」の欄が「稼働中」となっていた。この巨大洗濯機が「洗濯機G」という名称なのだろう。

 そして、「稼働中」の隣には、「残り洗濯時間は50分」とも表示されていた。



 ホームページ上で稼働状況を確認できるため、稼働が終わるまで外で過ごしても良いのだが、アイドル衣装で外出するのも痛いし、そんな子の隣を歩くのも痛いので、2人はコインランドリーで時間を潰すことにした。



 なゆちはスマホで自分の楽曲を流し、スペシャルライブを始めようとしたが、1曲目のイントロの時点で、別の洗濯客が訪れたため、断念した。



 2人は、椅子に腰掛け、無料のお茶を飲みながらまったりと過ごすしかなかったのである。





 それは、なゆちが洗濯機を回してから20分程度が経ったときのことだった。


 突然、地面が揺れ出した。



「地震!?」


 なゆちは慌てて立ち上がると、キョロキョロと辺りを見渡し、潜り込むスペースを探した。避難訓練のとおりの行動である。


 しかし、湊人はもう少し冷静だった。


 地震にしてはあまりにも振動が小刻みなのである。



 「震源地」がどこであるか気付いた途端、湊人の頭の中で、それまで事件と関係ないように見えていたパズルのピースが、すべて繋がった。



「そうか!! そういうことか!!」


「みなと、急に大きな声を上げてどうしたの!?」


「分かったんだよ!! 今回の事件の真相が!! なるほど。()()()()()()()()()()()()()()()


 高笑いする湊人に、なゆちはヒステリックに声を浴びせる。



「みなと、今はそれどころじゃないよ!! 早く避難しなきゃ!!」


 次回最終回(推理動画)です。

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