管理人
シリーズ第3弾です!
このシリーズを楽しみにしている、と言ってくださる方がいて、とても嬉しいです。
一方、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。ただ、その分、ストーリーを練る時間ができました。
本作の特徴は、一見関係なさそうに見える事象が合わさり、真相が浮かび上がる、というところですかね。
自分で言うのも難ですが、トリックの独創性は高い方だと思います。
あっという間に読める文字数かと思いますので、ぜひとも最後までお楽しみください!
「やあ、ようこそ。……なゆち、やっぱり生で見ると可愛いね」
玄関ドアを開け、なゆちを視界に入れるや否や鼻の下が伸びたこの男は、探偵小説風に言うと、今回の事件の依頼者である。
ただし、この男は「依頼者」としてなゆちにコンタクトを取ったのではない。
「ファン」として、なゆちのTwitterアカウントにDMを寄越したのである。
「顔も小さくて脚も細くて。やっぱりアイドルは違うなあ」
男は、なゆちの隣に並んでいる湊人には一瞥もくれないまま、なゆちの全身を舐めるように見渡した。
出会って10秒足らずで、湊人はこの男のことが大嫌いになった。
しかし、なゆちは褒められてまんざらでもない様子で、
「ありがとう! ライブも来てね!」
などとウインクとともにちゃっかり宣伝までしていた。
「ライブ映像はYouTubeで結構見てるよ。フリフリの衣装可愛いよね。スカートも短くて。やっぱりアイドルはミニスカートに限るね」
先ほどから下心を一切隠す気がないこの男の名前は、篠塚圭。
詳しい素性は知らないが、一つ確実に言えることは、金持ちのボンボンだということである。
篠塚は、湊人とほとんど年齢が変わらないにもかかわらず、不動産を複数所有し、賃料収入を得ている。
湊人となゆちが迎え入れられたこの部屋も、篠塚が所有しているマンションの管理人室なのである。
湊人となゆちをリビングのようなスペースに通し、3人で机を囲んでからも、篠塚は、湊人ガン無視で、まるでガールズバーの女の子に対するような軽いノリで、なゆちに話し掛け続けた。
篠塚は茶髪で、両耳に大きなピアスを開けていて、香水の匂いもキツく、如何にも遊び人という風貌であるが、内面も風貌を裏切らないようである。
対するなゆちはといえば、チャラ男の下らない話に対しても、しっかり笑顔でファン対応している。それが悪いとまでは言うつもりはないが、湊人としては決して面白い光景ではなかった。
しばらくの間、湊人は手持ち無沙汰で、窓から降り頻る雨の様子を眺めたり、篠塚がなゆちにボディータッチを試みないか監視したりしていた。
しかし、果てには篠塚がなゆちの3サイズを質問したところで、さすがに堪忍袋の緒が切れた。
「篠塚さん、無銭接触はやめてください」
「ごめんごめん。金なら後で払うよ」
「そういう問題じゃないです。篠塚さんは僕らに用があるんですよね? そうじゃなければ直ちに帰りますよ」
「……ああ、そうそう。なゆちのあまりのキュートさに本来の目的を忘れるところだった。危ない危ない」
なんて軽薄で心の込もっていない言葉なのだろうか。
僕は篠塚の顔面を思いっきり殴る一歩手前だった。
そのことを察したのか、篠塚もようやく事件について話し始めた。
「それじゃあ、本題に入るね。名探偵なゆちへの挑戦状だ」
今3人がいるマンション——シノヅカ第2マンションで、殺人事件が起きた。
篠塚がなゆちに送ったDMは、その大部分がファンレターだったが、最後の数文で事件についての言及と、なゆちにこの事件を解いて欲しいという依頼があった。ゆえに、なゆちは、湊人を引き連れて、このマンションにやってきたのである。
「事件が起きたのは今から1ヶ月前」
「1ヶ月も前なんですか?」
「みなと君、話の腰を折るのがあまりにも早いんじゃないか?」
「いや、だって、1ヶ月も前に起きたんだったら、もうすでに警察の捜査は相当進んでるはずですよね?」
「ああ。そうだな」
「それにもかかわらず、まだ事件は解決してないんですか?」
「それがそうなんだよ。警察は完全にお手上げ状態なんだ。だから、わざわざ俺はなゆちに頼んだんだよ」
てっきり、湊人は、篠塚が自分のマンションになゆちを呼ぶための口実として事件を利用しただけかと思っていた。
警察が解決することができない事件であれば、まさに探偵の出番である。なゆちが真実「探偵」なのかどうかはさておき。
「話を続けるぜ。1ヶ月前、このマンションの307号室に住んでいた男が何者かによって殺害された。被害者の名前は花咲獅子男。獅子男は妻である夕利果と2人で暮らしていた。2人とも66歳で年金暮らし。事件が起きたのは真昼間だったが、このとき、家には夕利果はいなかった」
「獅子男が1人で留守番をしていたというわけですね?」
「ああ。そのとおり。夕利果は友人とカラオケに行っていたらしい」
「66歳でカラオケですか」
「今のご時世、別に珍しくないだろ? むしろ暇を持て余した老人の娯楽としては実にふさわしい」
それはそうかもしれない。
だが、一体どんな歌を歌うんだろうか。演歌か歌謡曲だろうか、などと湊人はぼんやりと考える。
「留守番中に、何者かが307号室に侵入し、獅子男を殺害した。凶器は金属製の花瓶で、獅子男の死体の側に落ちていた」
「獅子男はその花瓶で殴られたということですか?」
「ああ。警察が調べたところ、獅子男の頭には鈍器で殴られた跡があったんだ。そして、獅子男が死んでいたのは307号室の一番奥にある小部屋で、その部屋にあるタンスは中身が荒らされた形跡があった」
「物盗りによる犯行ですかね? 空き巣に入ったつもりが、実は家には獅子男が滞在していて、見つかってしまった。それでいわゆる居直り強盗となり、その場にあった花瓶で咄嗟に獅子男を殴った」
だとすると、なんとも単純かつ典型的な事件である。探偵が出る幕もないだろう。
「俺も、みなと君の言うとおりだと思ってる。おそらく物盗りによる犯行だろう」
「じゃあ、どうして警察はお手上げなんですか?」
「犯人の痕跡が残されてなかったんだよ」
痕跡が残されていないというのは、指紋や髪の毛などが残されていなかったということだろう。犯人は証拠を残さないように、相当上手くやったということらしい。
——いや、待てよ。指紋や髪の毛が残されてなくても、マンション内での犯行であれば、必ずあれが残っているはずである。
「……防犯カメラ映像には犯人の姿は映っていないんですか? 見たところ、そんなに古いマンションでもないですし、防犯カメラは付いてますよね?」
「防犯カメラはちゃんとあるよ。ただ、そこが最大の問題なんだ」
「最大の問題?」
「ああ。307号室に行く唯一の通路を映した防犯カメラに、犯人の姿が一切映ってないんだ」
犯人が防犯カメラに映っていない? 一体どういうことだ?
「犯人は透明人間ということだね!!」
パチンと手を叩き、嬉々として声を上げたのはなゆちである。
「そう。なゆちの言うとおり、犯人は透明人間なんだ。どうだい? なかなかバズりそうな事件だろ? なゆち、警察もギブアップのこの事件を華麗に推理してくれよ」