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9.ロゼッタの仕事ぶり~後編~

 貴族令嬢達のお茶会。言葉を聞けば華々しいものを想像する人が多いだろうが、実のところそうではない。


 陰謀渦巻く場所。まさにその言葉が相応しく、他の貴族の内情を探ったり、権力自慢などが横行しているのだ。


 故に、ロゼッタはお茶会が嫌いである。取り入ろうと近づいてくる者はもっての外。虎視(こし)眈々(たんたん)と権力を狙っている者は三流、などとふざけた格付けを(おこな)って、普段は気分を誤魔化していた。


 しかし、今日に限っては感謝する。なぜなら絶好の機会だからだ。スポンサーを得るための絶好の機会であるからだ。


「ごきげんよう、ロゼッタ様」


 しらじらしい感じで、ロゼッタの傍に公爵家の令嬢が近寄ってくる。言葉尻で、すでにねちっこくて嫌らしい感じが透けて見えてしまうような人物だ。


「ごきげんよう、アンナさん」


 ロゼッタがすかさず挨拶を返す。思っていることを表に出さず、笑顔で対応する様は流石と言ったところだろう。この辺りは、王族として(しつ)けられてきたことによる賜物(たまもの)だ。


「ロゼッタ様はお美しい。どのようなドレスを着てもお似合いになるのですね」

「あら、アンナさんには負けますわ」


 いつの間にか舌戦が始まる。いや、前哨(ぜんしょう)戦なので、まったくたいしたことではないのだが、既に火花が散っている。女の戦いと言うのは、かくも恐ろしいものなのだ。


「ところでアンナさん。これ、どうでしょうか」


 ここで突然、ロゼッタが歯を見せるようにして笑う。この一見何でもないような行為。しかし、これこそがロゼッタの策略。女性の美に対する欲求を刺激する悪魔的戦略なのだ。


「どうとは――っ!?」


 アンナの体中に戦慄(せんりつ)が駆け巡る。無いのだ。有るべき(はず)の物がないのだ。ロゼッタの歯にあるべきはずの黒い物――黒化病に(むしば)まれている歯が無いのだ。


 そのため、アンナは小さく口を開けたまま固まってしまう。その口の奥に、黒く変色した歯を見せつけるようにして。


「ふふっ。どうされました、アンナさん」


 そのタイミングで、ロゼッタはこれ見よがしに笑って見せる。白い歯を見せつけるようにしつつ、己の美を誇示するようにして。


「――っ! 失礼します!」


 アンナが逃げるようにして去っていく。その後ろ姿を見れば、誰しもが敗者であると思ってしまうような雰囲気だ。


 ――ふふっ。これで公爵家はスポンサーですわ。


 ロゼッタは内心ほくそ笑む。同じ女性として、気の毒とは思いつつも笑う。公爵家はアンナという爆弾を抱えてしまったのだ。


 女性の嫉妬は深い。海の底などよりも果てしなく深い。他人の持っている美を自分が持っていない、という事実に耐えられるようにはできていないのだ。美しい歯を持っていない事実に耐えられないのだ。


 故に、ロゼッタには手に取るようにしてアンナのこれからの行動が見える。まずは一頻(ひとしき)り八つ当たりをして、怒りを収める。それから自身の歯を眺めて治療方法を探すのだ。


 そして母親や父親。お金の実権を握る人物に泣きつく。どうしても治療してもらいたいのだと。守の治療を受けたいのだと。


 ――まぁ、アンナだけで済むとは思いませんが。


 ここで重要なのは、母親に伝わるという点である。アンナ一人では公爵家の当主を動かすには心もとない。しかし、ここに母親が加わればどうだろうか。当主にとっては、妻にあたる人物が加わればどうだろうか。そのまた上の、祖母にあたるような人物に伝わってしまったらどうだろうか。


 事情が変わってしまうのである。女性の美への執着で、公爵家がお金をしょってくるカモに変わってしまうのである。


「ふふっ。これで最近うっとおしかった貴族たちの弱体化も望めますわ」


 ロゼッタ。彼女はまさに悪魔であろう。


 彼女は歯医の治療を普及させることだけではなく、国の運営についても考えていたのだ。近頃調子に乗り過ぎだった貴族達を経済的に弱体化させる。日本の歴史で言うなら参勤交代のようなことを、黒化病を利用して(おこな)ったのだ。


「さて、ここにいる皆さん。全員スポンサーにしてしまいましょう」


 ロゼッタが行く。

 守の知らない計画が、裏で着々と進行しているのだった。



 ◇◆◇



「あ~良く寝た」


 夕食を食べる頃になって、ようやく目を覚ます守。すると、タイミングよくロゼッタが配膳係のメイドを引き連れ、部屋の中に入ってきた。


「マモル。一緒に食べますわよ!」


 非常にいい笑顔である。

 理由は押して図るべきだが、非常にいい笑顔である。


「はいはい。わかったわかった」


 守。ロゼッタの笑顔の意味に気付くはずもなく、ここ最近当たり前になりつつあるロゼッタとの食事に応じる。数日もしない内に、女の戦いを目の当たりにするなど考えてもいない。……若干だが不憫(ふびん)だ。


「それより、今日はどんな食事なんだ」

「今日は――」


 いつものように、ロゼッタが料理を見せびらかし始める。そんな二人の微笑ましい光景が、彼らの未来を指示(さししめ)しているようだった。

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