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7.初指導

 国王(ヨーゼフ)との面会を終えた後、守は部屋に戻って早速ロゼッタの指導にかかる。日本に戻るまであと三百日。無駄な時間など一切残ってはいないと考えたからだ。


「今日はまず治療の様子を見てもらう。その上で、どのように黒化病を治しているかを理解してほしい」

「わかりましたわ」


 ロゼッタの返事を確認し、本日二人目の患者を迎え入れる。噂が噂を呼び、今日も今日とて、部屋の前には行列ができていた。つまり激務確定なのである。


「大葉歯科医院へようこそ。では、こちらにお座りください」


 日本でのクセで、つい経営する歯医者の名称を言いつつ、守は患者を施術用の椅子に座らせる。さらに、一度うがいをさせて口を開かさせた。


「いいかいロゼッタ。黒化病はこうして見つけるんだ」


 ロゼッタに見せるようにしつつ、守はデンタルミラーを患者の口に入れ、奥歯から手前の歯。そして、歯の(ひょう)面から裏側まで、事細かにロゼッタに見せる。


「歯の裏側にも黒化病が広がっていますわ……」


 すると、ロゼッタが驚いたようにしつつ呟く。デンタルミラーで見なければ、決して認識することができないような位置が黒くなっていたからだ。


 ――本当はレントゲンがあれば一番なんだが……無い物は仕方ない。目視の力をつけてもらわないと。


 現代日本では、初診の患者に必ず使用する最重要器具の存在が無い。そのことに不安を覚えつつも、守は治療を続ける。歯の神経を麻痺させるために麻酔を打ち、あの『キーン』と嫌な音がするタービンにスイッチを入れた。


「ロゼッタ。患者様に耳栓をつけてあげて」

「ハイ」


 自身が一度治療してもらった経験からだろうか、ロゼッタがテキパキと行動する。しかも、「怖かったり、痛かったりしたら手を挙げてくださいね」と、守が言わなくても患者を気遣ったのだ。


 それを見て守は、ロゼッタが決して人の気持ちを考えられない人間ではないことを悟る。その上で、今の治療が一段落したら、一つ確認してみようと思うのだった。


「それじゃあ、今から治療を始めます。……ロゼッタ。目を()らさずに、ちゃんと見ているんだよ」


 ロゼッタが頷く。こうして、ロゼッタへの指導を兼ねた守の治療が始まるのだった。


 まずは、左下の奥歯にタービンを当てて黒い部分を削っていく。この際少し余分に、健康な歯も削ってしまうことがポイントだ。


 理由は二つあり、一つは歯に詰める詰め物の土台を作るためである。特に、歯の横側から侵攻していた場合、少し大きめに削らないと詰め物がはまらない可能性があるのだ。


 しかし、一つ目の理由はさして重要なものではない。本当に重要なのは二つ目。二次カリエス――再発を防ぐために、少し多めに削る必要があるのだ。


 虫歯が再発する原因は色々あるが、中でも厄介なのは虫歯の削り残しである。患者が治療済みであると安心してしまうため、発見が遅れるとC3やC4まで進行してしまい、最悪歯を失ってしまうケースがあるのだ。


 また、仮に削り残しがあった場合、それを発見するにはレントゲンが必要となる。もしレントゲン無しで見つける場合、詰め物を取り外して確認する必要があるのだが、再度詰め物をする際にさらに歯を削ることを必要とする。つまり、健康な歯をどんどんと失っていくということだ。


 ――……本当は余分に削りたくないが、こうするしか道がないんだ。


 本来であれば余分に歯を削るようなことはしたくない守。だが、レントゲンがない以上はリスクを抑えるためにどうしてもそうする他ない。削り残しを零にしなければ、被害が拡大してしまうことを良く知っているためだ。


「よし、これで黒化病自体は完治だ。次は詰め物をするからね」


 ロゼッタに言葉をかけつつ、守はコンポジットレジン――白い詰め物を注入する。それから紫外線を含む光を当てた。


 コンポジットレジンは、紫外線を当てられると十秒も経たないうちに硬化する医療素材である。歯医者の間ではCRと呼ばれる素材なのだが、セラミックと合成樹脂でできていて、銀歯などよりも比較的柔らかい。


 それ故に、奥歯の治療に使うのはためらう歯医者もあったりするが、守はそうではない。銀歯は歯より硬いため、歯を痛めてしまうと考えているからだ。


 それに技術は進歩している。現代のコンポジットレジンは、十分に奥歯での運用に耐えられるのだ。また、銀歯と違い見た目も白で美しく、金属アレルギーの心配もない。経年劣化による変色だけはどうにもならないが、健康保険も適用される注目の素材なのだ。


「これで削った部分の補填(ほてん)も終わり。あとは噛み合わせを整えるだけだ。だから、耳栓を外してあげて」

「わかりました」


 ロゼッタの行動を見届けてから、守は患者と話し合いながら、歯の高さを合わせていく。そして治療を終えた。


「お疲れ様でした。また何かあったら来てください」


 礼を述べて帰っていく患者を見送り、守はロゼッタを見つめる。


「これが黒化病の治療の流れ。これからロゼッタが必死になって覚えないとならない仕事だ。俺が元の世界に戻っても、この国の人が幸せでいられるようにするためにね」

「……私にできるでしょうか」


 ロゼッタが不安げに表情を歪める。

 だが――。


「君は、何のために俺を呼んだんだい。この国を救いたいから呼んだんじゃないのかい。たとえ禁呪を使っても、この国を救いたかったんじゃないのかい」


 守は少しきつい感じで言葉を返した。

 すると――。


「……その通りですわ。私ったら、何を迷っているのでしょう。こんな調子では、いつまで経っても贖罪(しょくざい)を果たせませんわ」


 ロゼッタの瞳に力が宿る。いつぞや誰かを殴り飛ばした時のような、そんな感じの勝気なものだ。


 ――やっぱり、ロゼッタは優しい子なのだろう。この国を救いたい一心で俺を呼んだのだろう。


 それを見て守は思う。きっと彼女は、立派な歯医者になれるだろうと。患者に寄り添うことができるだろうと。


 なにより、自分がこの世界に呼ばれたことに、何かしらの運命があったのではなかろうかと、そう思ったのだ。

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