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5.激務

(やまい)を治していただきたい」


 自室で身に余る朝食を終え、いつもの癖で白衣に着替えてしまった守のところに、エリクシル王国の国王――ヨーゼフ・エリクシルが訪ねてくる。理由は聞くまでもなく歯の治療だ。


「はぁ……」


 しかしこの時、守は生返事を返す。なぜならヨーゼフの格好が、ロゼッタと比べると非常に質素なものであり、まさか国王などと思いもしなかったからだ。


 そのため特に何も考えず、軽い気持ちで治療を(おこな)ってしまう。C4まで進行していた歯があったため、抜歯(ばっし)に消毒。一度で全てを治しきれない旨を伝え、複数回に分けて治療することを確約。さらに召喚された道具の中に、いくらか入れ歯の在庫があったため、入れ歯を作ることまで提案。


 まさに完璧な対応。いや、残念ながらヨーゼフにはわからないのだが、歯医者として必要な対応を全て行う。


「ありがとう。後日また来る。その時はまた、よろしくお願いしよう」


 ヨーゼフが去っていく。


 その背中を見ながら、守は姿勢がいいな、などとのほほんとしていた。本当の地獄がここから始まるとも知らずに……。




 しばらくの後――。




「俺の歯も治してください!」

「いえ、私が先です!」

「何を言うとる! 年寄りが優先に決まっておろうが!」


 守の部屋の前は人でごった返していた。


 ここにいる人々は全て黒化病の疾患者。ロゼッタが振り()いてしまった、黒化病が完治するという事実を聞いて集まった人々なのだ。


「マモル。全員よろしくお願いしますわ」

「何涼しい顔をしているんだっ!」


 さも当然と言うように胸を張るロゼッタに、思わずツッコミを入れる守。胸中は(さば)き切れる訳ないだろうがっ、という怒りに満ちていた。


 しかし、守の怒りは一瞬で鎮火させられてしまう。ロゼッタの「む、無理でしょうか……」という言葉とともに、男性から否定の選択肢を奪いつくす上目遣い攻撃が放たれたのだ。


 ――くっぅぅ……。


 守は心の中で思わずうめく。ホロリと涙が零れてしまいそうなロゼッタの表情に、脳内を鈍化させられ、もはや正常な思考はできない。唯一の選択肢――やるしかないという選択肢に支配されてしまったのだ。


「ああああぁぁぁぁ! やればいいんだろやれば!」


 雄叫(おたけ)びを上げ、日本で働いている時を超える激務に、両足を突っ込んでしまう守なのであった。




 そして時は流れて――。




 時間感覚が完全に麻痺していた守は、最後の患者の治療を終え、ぐったりと肩を落とした。


 するとそこへ、ロゼッタがうっすらと湯気が上がるスープを持って現れる。表情は誰かを労わるようなものであり、明らかに守を気遣っているものだと判断することができた。


「マモル。お疲れ様」


 スープを差し出しつつ、ロゼッタがとびっきりの笑顔を作る。 


 それを見た瞬間、守の胸の奥に渦巻いていた恨み辛み雲散した。なんともちょろい男である。コイツ、絶対に悪徳商法に引っかかってしまうだろう。美人局(つつもたせ)でイチコロだ。


「……ありがとう、ロゼッタ」


 守はスープを受け取ると、一息で飲んでしまう。昼食を抜いていた上に、今は夕食を取るには遅すぎる時間――地球換算で二十三時頃なのだ。


「ふぅ。美味しかった。ごちそうさま」

「ふふっ。お粗末様です」


 (から)になった容器を受け取ると、ロゼッタが小さく首を傾けて再び笑みを作る。


 そのタイミングで、守はロゼッタが昨日と同じようなネグリジェ姿であることに気が付いた。そして顔を赤らめてしまう。


 だが、ロゼッタが恥ずかしがるようなそぶりを見せることはない。むしろ堂々と見せびらかしているのではないかという印象を受ける。……この辺りは文化や立場の違いなのだろう。もしくは、自身の美への絶対的自信に違いない。


「……その、ごめんなさい」

「い、いきなりなんでしょう」


 そんなロゼッタだが、突然頭を下げる。深々としたもので、彼女の立場――第二王女という立場を考えれば、反省のほどがうかがい知れるというものだ。国民の上に立つ者が、そうやすやすと頭を下げるなどできはしないのだから。


「私、嬉しすぎて……その、(みな)言いふらしてしまって……。マモルに大変な思いをさせてしまって……」


 しどろもどろになりつつ、ロゼッタが謝罪を述べていく。頭を上げた時の表情は、うるうると涙ぐんでいた。


 ――俺、女性耐性なさすぎだよなぁ……。


 守、ついに悟る。故に――。


「気にしなくていいよ。今日はたまたま患者が多かっただけ。――あーよく頑張った。さっさと歯を磨いて寝ないと」


 ロゼッタに笑顔を返し、ポケットから歯ブラシを取り出す。それから、何事もなかったかのように、化粧室の方に歩き始めた。


「……マモル。ありがとうございます」


 その後ろ姿をロゼッタが追う。表情は、とても華のある笑顔なのであった。

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