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3.治療後

 守の施術は見事なものだった。


 必要最低限。虫歯の部分だけを削り取り、ロゼッタの歯に詰め物をしていく。女性だから銀歯はもっての(ほか)ということで、コンポジットレジン――白い詰め物でだ。女性にとって見た目は大切なのである。


 そういうわけで、つつがなく治療が終わった。後は微調整を残すのみである。そのため、ロゼッタに耳栓を外してもらい、守は噛み合わせの確認を始めた。


「はい。何回か噛んで、ギリギリってしてみて」


 ロゼッタが指示通りに口を動かし、小さく首をひねる。どうやら、少しばかり違和感があるようだ。


「なんだか浮いているような感じがしますわ……」

「まだ高さが合っていないみたいだね。調節するから、もう一度口を開けてくれないかな」


 ロゼッタが素直に口を開く。守の施術に恐怖感を覚えなかったからだ。


 麻酔が効いていたこともあり、歯を削っている間に痛みを感じることはなかった。故に、守の言葉――『信じてほしい』という言葉が真実であると理解できたのである。


「よし、今度はどうかな。もう一度ギリギリしてみて」

「……たぶん大丈夫だと思いますわ」

「よし。じゃあこれで終わりだ。もし違和感が出たら、また微調整しよう。お疲れ様」


 守はロゼッタのデンタルエプロンを外す。その際、どこか実感の湧かないような表情をしているロゼッタを見て、小さく微笑んでしまった。とぼけたような感じの表情が可愛らしかったからだ。


「本当に治りましたの?」

「大丈夫。完全に治ったよ。実感が湧くのは、食事をしたり、夜寝てみてからかな。痛みがなくなっていて驚くと思うよ」


 まだどこか信じられないといったロゼッタが、わかったのかわかってないのかよくわからない感じで頷く。


 守としては、早く歯が痛くない状態を自覚し、これから歯を労わっていってほしいと思うのだった。




 そして施術の後――。




 守は施術用の椅子とともに、VIP対応と言わんばかりの豪勢な一室に案内される。まるで中世ヨーロッパを感じさせる一室には、数々の調度品。(きら)びやかなシャンデリア。天蓋付きの大きなベッドなど、現代日本では一握りの金持ちしか味わえない代物が置いてあった。


 ――豪華すぎて逆に落ち着かない……。


 案内を終えた荷物持ちのメイドが出ていくと、守はベッドに座りそう思う。人は分を過ぎた物を前にすると、案外思考が不安定になり、(うわ)ついてしまうものなのである。


 そのため、心を落ち着かせるために、ポケットから歯ブラシを取り出す。日々取り扱っている物を見つめ、精神を安定させようとしたのだ。


 しかし――。


「マモル。入りますわよ」


 『ノック?』そんなものは知りませんと言うように、ロゼッタがメイドと配膳車を連れて部屋の中に入ってきた。同時に、美味(おい)しそうな香りが部屋に充満する。


「マモル。一緒にご飯を食べましょう」


 咲き誇るロゼッタの笑顔。それがあまりにも(まぶ)しすぎて、守は我を忘れて頷いてしまう。異世界にて人生の春が――などと考えてしまうあたり、守の女性関係の悲惨さがうかがえた。


「ではお隣を……失礼します」


 ロゼッタが守の隣に座る。(つや)やかな髪をなびかせ、花の匂いの香水を振り()く行動は、守にとって毒でしかない。鼻から吸い込まれる空気が脳をピンク色に染めていき、まともに思考ができなくなってしまうからだ。


 ――胸、意外と大きい。


 この男、失礼極まりない奴である。いや、男として生まれた以上ある程度は仕方のないことだが、今更感もある。が、今になって気付いてしまったものはどうしようもないのだ。


 訳の分からない世界に飛ばされて殴られ、あげく施術することになってしまったため、そこまで意識が回っていなかったのである。


 それに、守は患者を性的対象に見ないことにしていた。


 医者として当然のことなのだが、セクハラで訴えられると人生が終わる。掛け値なしで終わってしまう。だから患者を女性として意識しない。今の今まで、完全にお客様として見ていたのだ。


「マモル、食べさせて」


 守の脳内がトリップしている間に、メイドが食事を整え終えていた。


 ロゼッタの手には、スプーンとシチューらしき料理がよそわれている食器握られている。つまり、『あ~ん』してほしいということだ。


「ふおぁ!? そ、そんなこと自分で――」


 守の反論は続かない。なぜならロゼッタがズイッと顔を寄せて、少し怯えたようなような表情をさせたからだ。


「私の歯、本当に大丈夫なのですよね。何かあったら対応していただけるのですよね」


 ロゼッタの瞳が不安そうに揺れる。それは当然の反応。エリクシル王国という、まだ歯の治療が認知されていない国においては、全てが未知の体験。不安を覚えるなという方が無理なのである。


 ――……そうか。ここは日本じゃない。常識は通用しないんだ。もっと患者に親身にならないと。


 守は歯ブラシをポケットにしまい、ロゼッタからスプーンと食器を受け取る。それからスプーンで白くてとろみのあるものを(すく)い、ロゼッタの口に運んだ。


 (のど)が小さく動き、飲み干されていく――。


 無事一口目を終えたのだが、ロゼッタの表情は晴れない。しかし、考えてもみれば当然だ。今はまだ、歯を使って食事をしたわけではない。ただ()んだだけなのだ。それで不安が晴れる方がおかしいだろう。


「次は噛んでみようか」


 守は芋らしきものを掬う。その瞬間、ロゼッタの表情が歪んだ。おそらく怖いに違いない。なにせ、歯を使わずには食べられそうにないものだからだ。


「……きっと大丈夫」


 ロゼッタが自分に言い聞かせるように呟き、一度目を閉じてから開ける。そして、スプーンにかぶりついた。


 スプーンが抜き取られた後、ロゼッタが咀嚼(そしゃく)していく。その時の表情を言葉で表すなら――『不安だわ……』、『あれ、痛くない』、『嘘でしょう』、『……おいしい』、である。


「どうだ。痛くないだろう」


 守の言葉に、ロゼッタが壊れたようにして頷く。さらにロゼッタの瞳には、尊敬、憧れといった(たぐい)の感情が、傍目(はため)から見てもわかるほど表れていた。


「さぁ、自分で食べてごらん」

「ハイ!」


 守からスプーンと食器を受け取ると、ロゼッタは勢いよく食事を始めた。ご飯が美味しすぎて仕方なかったのだ。


 黒化病を(わずら)って以来、口に物を入れるたびに痛みが走る。好きな食べ物を食べていても、歯が気になって味がよくわからない。そのため、心の底から美味しいと思える食事は本当に久しぶり。まさに神へ――いや、守への感謝が爆発し、なぜか(から)回るような形で手が動いてしまったのだ。


「ふふっ」


 そんなロゼッタを、守は子を見守る親ような気分で眺める。歯医者で治療が終わった子供たちは、だいたい親に(すが)り付き、喜びを表現する。今のロゼッタは、その姿に酷似していたのだ。


「マモル。貴方も食べなさい」


 ロゼッタが嬉しそうに言う。だから守も、メイドに準備された料理に手を出すのだった。




 やがて食事が終わり――。




 異世界の料理に舌鼓(したつづみ)を打ち、守はおなかをさする。肉に魚。どれもこれもが美味しく、おまけに様々な種類のお酒も用意されていたため、調子に乗って限界まで食事を楽しんでしまったためだ。


 しかし、そんな守とは対照的に、ロゼッタは恥ずかしそうに顔をうつむけさせていた。さらに、ちらちらと守を盗み見る。


「私ったらなんてはしたない……」


 守には聞こえないように、小さな声でモゴモゴと呟く。脳内は羞恥心で(あふ)れていた。守に見られていた食事の様子――勢いよく、次々と食べていく姿は、王族としても女性としても到底許容できるものではない。


 しかも、守は終始ニコニコと見ていたのである。


 もちろん守に他意はない。だが、ロゼッタからすればたまったものではなかった。あるまじき姿を殿方に見られ、あまつさえ笑われてしまったのである。胸の内は後悔で埋め尽くされる他ないだろう。


「さて、歯を磨くか」


 ロゼッタの気持ちなどつゆ知らず、守はポケットから歯ブラシを二本取り出す。食べたら磨く、約束拳万(げんまん)である。


「……それは何ですの?」


 首を振り立ち直ったロゼッタが、興味深げな表情で歯ブラシを見つめる。それを見た守は、やはりそうか……と思いつつ、ロゼッタに歯ブラシを渡した。


「口の中を清掃する道具だ。黒化病は、口の中のゴミが原因で起こる病気だからな。ちゃんと掃除して、再発しないようにするぞ」


 ロゼッタに衝撃が走る。まさか黒化病――虫歯を防ぐ(すべ)があるとは思ってもみなかったからだ。


「磨き方を教えるから、ちゃんと頑張ろうな」

「――ご指導ご鞭撻(べんたつ)のほど、よろしくお願い致しますわ!」


 守がエリクシル王国に来てから初めて、ロゼッタが深々と頭を下げるのだった。

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