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1.歯医者召喚

いい歯の日を記念して、衝動書きしました。

 二〇二〇年十一月七日の午後八時――大葉(おおば)(まもる)は疲れていた。


 いつもの日常。都心から外れた場所にある小さな歯医者で、白衣のまま施術用の椅子にぐったりと腰を掛ける。それは仕事終わりの合図。あくせくと立ちっぱなしで働いた自分へのささやかなご褒美。そう、まどろみで(まぶた)が落ちてしまうほどの至福の時間だ。


「今日も一日お疲れさん。俺」


 守の意識が遠のいていく。その最中(さなか)、飯も風呂もまだだな……、などと思ってしまったが、睡魔には勝てない。襲い来る眠気はそう簡単にあらがえるものでないのだ。


 故に気付かない。守の座っている椅子の下に、なぜか魔法陣が描かれ始めたことなど。淡く発光し、次の瞬間にはまぶしい光を放ったことなど――。



 ◇◆◇



「貴方が国難を救ってくださる英雄なのですね」


 脳が覚醒していく中、守の耳に入ってきたのは、期待に満ちるような女性の声だった。つまり守にとっては……。


 ――ああ。幻聴が聞こえる。……夢か。


 世迷言が聞こえてしまったということだ。しがない歯医者に国難など救えるはずがないだろう。誰がどう考えてもそうだ。すなわち、夢の中と判断する守は正常なのである。


 しかし、今この期に至っては、守の判断は完全に誤りなのだ。

 なぜなら――。


「いい加減に起きなさいよこの寝ボケ英雄!」

「ふごぉぉ!?」


 顔面に炸裂(さくれつ)するグーパンチ。

 イメージにするなら赤と白の明滅が繰り返される衝撃。


 あまりの痛さに目を開けた先には、見慣れた歯医者の光景ではなく、大理石でできているかのような壁。さらに言うなら、赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれていて、鎧を着た騎士達がずらりと並ぶ。唯一まともな物と言えば、座っている施術用の椅子だけだ。


 そんな状況に混乱しつつ、守は正面に向き直り、殴ったであろう張本人を確認する。現代日本ではコスプレとしか受け取れないようなドレスを着た、金髪碧眼(へきがん)の美女が握りこぶしを作って(たたず)んでいた。


 ……ここで一つ守の気持ちを代弁しよう。

 意味不明、であると。


「なんじゃこりゃ……」


 思わず漏れる声には戸惑いしかない。ただただ(まばた)きを繰り返してしまう。もはや状況を理解しろと言う方が無理なのだ。どこか別の世界に飛ばされてしまっているのだから。


「さぁ、早速救ってくださいませ。(わたくし)を」


 目の前にいる美女が言葉を発する。もちろん言っていることの意味は分からない。いや、言葉としては通じるのだが、最も大事な部分が抜けている。一体何から救えばいいかという大事な部分が。


 しかしそれよりも。まず何よりも確認しなければならないことが、守にはあった。このような状況に置かれれば、誰しもが思うことだ。


「ここはどこ……」


 ポツリとつぶやかれた言葉が、美女の表情を変える。


「私としたことがうっかりしていましたわ。まずはそこからですわね。では――」


 そして、いろいろとまくし立て始めるのだった。守があっけにとられ、ポカンとしたまま固まっていることなど無視して、どんどんと。




 それからしばらくの時が流れ――。




 美女の長々とした説明で、守はおおよその状況を理解した。エリクシル王国の王宮に召喚されたということ。この国は現在、『黒化(こっか)病』という未知の(やまい)に苦しめられているということ。その状況を打破するために、守が召喚されてしまったということを。……ついでに、魔法で言葉が通じるようになっているということも。


 ――アニメや漫画かよ……。


 心の中で愚痴る。フィクションなら楽しめるが、こと己の身に降りかかってしまったら笑えない。他人の都合で訳のわからない状況にさらされてしまっているのだから。


「さあ、状況は分かったでしょう。早く黒化病を治すのです。えっと……名前を言いなさい!」

「身勝手だなオイ!」


 ツッコミを入れるが、美女は動じない。そればかりか、早くしなさいと言わんばかりに見つめてくる。なんというわがままだろうか。


 しかし――。


「……大葉守だ」


 答えてしまう。

 守は答えてしまったのだ。


 歯医者という、実のところ長時間労働を()いられる職場では、女性に縁がない。故に美女の言葉には逆らえなかったのだ。


『そんなことはない。歯科衛生士がいるだろうが!』


 そう思う人もいるだろうが、大変残念な思考をしているといえる。美人な歯科衛生士が就職したがるのは、都心の一等地にある綺麗な歯医者だけだ。決して、守が経営している田舎のこじんまりとした歯医者ではない。


 大した給料も出せず、イケメンの代わりにジジババや泣き叫ぶ小さな子供だけが通院する場所に、誰が好き好んで就職しようと思うだろうか。


 また、同業――歯科医に出会いを求めるのは間違っている。基本的に男性の比率が非常に高い。さらには、歯医者がいかにブラック企業であるかを熟知している。恋愛に発展する可能性は皆無なのだ。


「そう、マモルね。私はロゼッタ・エリクシル。この国の第二王女よ。あがめなさい」

「はは~……じゃないわ!」


 思わずノリツッコミし、美女に弱いことを再確認する守。だが、意外と冷静に状況を判断していた。


 ――俺をこの世界に呼び出したということは、帰る手段を握っている可能性がある。恩を売れば帰れるかもしれない。それに、最悪帰れない場合は、この国での立場を得ておかないとマズイ……。


 大きく的を外しているということはあるまい。ポジティブとネガティブの両方を認識した上で、最適解を導き出しているのだから。


「……とりあえず、その黒化病について詳しく教えてくれ」

「わかりましたわ。――では」


 ロゼッタが急に近づいてくる。まるでキスをするかのようなしぐさに、守の胸中はどんどんと高鳴っていく。


 ――待て待て待て待て!


 唐突すぎて思考の冷却は間に合わない。体を動かせばいいという判断すら正常にできない。まさにパニック。めくるめく妄想があふれるパニック。だが残念なことに――。


「これですわ」


 守の目の前で、ロゼッタの動きが止まる。さらに口を大きく開け、あるものを見せつけてきた。守にとってはほぼ毎日と言っていいほど見ているあるもの。歯が黒くなり、削れて痛みを感じる、現代社会の生活習慣病……。


 ――黒化病って虫歯のことかよ!?


 心の中で、思わず叫んでしまう守なのであった。

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