093-運命すらも超越する者
【聖王歴128年 赤の月 5日】
<ジェダイト帝国王城 謁見の間>
翌朝、俺達一行はジェダイト城へとやってきていた。
しかも目の前に居るのは、なんとディノシス皇帝陛下その人である。
『なるほど、それが例の強者というわけか』
『はっ。人族の……それも戦闘に不向きとされるシーフ職でありながら、彼は実戦において私との決闘に勝利したのです』
レパードの言葉に周囲の家臣達がざわつくが、皇帝陛下はそれを手で制して黙らせると、改めてレパードに対して問いかけた。
『お前は剣を抜いたのか?』
『いいえ。私は罪なき者は斬らぬ主義ですので……ですが、たとえ私の全力をもってしても彼との勝負は互角……いや、こちらが敗れていた可能性も十分に考えられます』
これを聞いて、今度は皇帝陛下すらも仰天してしまった。
なんたってジェダイト帝国軍遠征隊隊長レパードといえば、剣士でありながらロードナイトやパラディンといった上位職をも打ち倒すほどの強者であり『力こそ正義』というジェダイト帝国で一部隊を率いる程の実力を持っているのである。
そんな実力者が、素性の知れない平凡なシーフに対し「互角以上」と評しているのだから、驚かないわけがない。
『カナタと申したか』
「はい」
『既にレパードから事情を聞いているとは思うが、我が息子ライカを鍛えてやってはくれないだろうか?』
「はい。是非とも尽力させて頂ければと思います」
『大変ありがたい! 早速、ライカを呼んで参れ!』
――昨晩の勝負の後、レパードは俺に『頼みがある』と言った。
その頼みとはズバリ、ライカ王子の教育係!
かつて見た世界において、俺が酒場で騒ぎを起こし投獄された際に、釈放の条件として勇者パーティに課せられたモノと同じである。
つまり何があろうとも、この状況になるということが今回の俺達の『運命』だったのだろう。
「これで王子を再びウィザードとして覚醒させつつ、魔王四天王の襲撃から都を護ることが出来れば、ひとまずは安心かな」
と、楽観的に考えていたものの、その運命すらも軽々とぶっ壊してしまう「恐怖のトラブルメーカー」の存在を、この時の俺は完全に失念していた。
『お呼びですか父上?』
召使いに連れられてやってきたライカ王子は、俺達を見てなんとも不安そうな表情をしている。
そりゃ「新しい教育係」と言われて紹介されたのが、平凡なシーフ男に白装束女、そしてチビッコ二人組なのだから、不安に思わないはずがない。
そして、そんな王子を見た愚昧は、開口一番にとんでもない一撃をぶっ放した!
「わーっ。あの子、超カワイイ~っ!!」
「『!?!?!?』」
大国の王子に向かってそれは、失言というレベルを超越した……よくわからないアレである。
あまりのショックに俺すらも語彙力を失ってしまったのだが、それ以上に衝撃を受けたであろう言われた当人は、唐突すぎて脳が追いつかないのか未だに固まったまま。
全員を凍りつかせたサツキは、さらに追い打ちをかけるように言葉を続ける。
「栗毛色の髪の隙間にぴょこんと立った二つのお耳! ふさふさもふもふのシッポ! そして保護欲を掻き立てるような怯えた顔! これはいかん、いかんですよっ!! なにあれヤバイ!」
お前は一体何を言っているんだ……。
だが、立て続けにサツキの洗礼を浴びたライカ王子は、ついにそれが自分に対しての言葉だと察したのか、まるで捨てられた子犬のようにプルプルと震えながらも、涙目でサツキに向かってビシッと指差して叫んだ。
『い、いいいっ、いきなり可愛い呼ばわりだなんて失敬じゃないですかっ! わたしを見て、一体どこが可愛らしいと言うのですっ!?』
少女のような可愛らしい高い声で、一人称が『わたし』で、しかも苦言すらも口調がお上品かつ丁寧っ!!
俺はライカ王子のことを知っているから大丈夫だったものの、王子の可愛らしさ極限MAXの不意打ちを受けてハルルとフルルは撃沈してしまったらしく、サツキのフードの中が不自然に高速振動していた。
だが、意外にもその一方でユピテルは真顔のまま動じていない様子だ。
「ユピテル、よく耐えたな……」
『あー、サツキちゃんがプリシア王女にムチャクチャ無礼に話しかけた時を思い出しちゃってさ。あの時の居心地の悪さがフラッシュバックして、あんまし笑えないや』
「毎度ウチの妹がホントごめんな、ごめんなっ……!」
完全にトラウマになってんじゃねーか!!
とかなんとかやっているうちに、ライカ王子の目に涙の粒が溜まり始めた。
えーっと、これって、もしかしてかなりヤバイやつなのでは……。
『うっ、うっ……』
「う?」
『うえーーーーんっ! ばかぁーーーーっ!!』
ああ、泣きながら走り去る姿まで可愛らしいっ……じゃなくて!
思いっきり皇帝陛下の御子息様が号泣しながら走り去ってしまったぞ。
「……えーっと」
なんだかスゴくマズい状況な気がする。
ライカ王子が居なくなり、謁見の間がなんとも微妙な空気で静まりかえってしまった状況の最中、皇帝陛下が「エホンッ!」と咳でそれを断ち切った。
『お恥ずかしながら我が息子は少々勇猛さに欠けていてな……。決して武の才能が無いわけではないのだが、どうか精神面を鍛えてもらえればありがたい』
「あ、はい」
どうやらサツキの不敬についてどうこうするつもりは無いらしく、ホッと一安心。
……まあ「自分の息子が庶民の小娘に可愛いと言われたのがショックで、泣きながら逃げていった」とか、たとえサツキが悪いにしても咎めようが無いもんなあ。
「よーしっ。それじゃ、ここはあたしがいっちょ鍛えてやるかな!」
「頼むからお前はおとなしくしててくれぇ!!」