071-第一次聖地視察団
【聖王歴128年 黄の月 17日】
<聖王都プラテナ 東の森>
ツヴァイ大司祭が私の部屋に訪ねてきた翌々日のこと。
プラテナ国騎士団および中央教会関係者によって編成された「第一次聖地視察団」が東の森へとやって来た。
「これより、第一次聖地視察団による調査を現地開始する!」
ライナス殿下が声高らかに宣言すると、教会関係者達からワッと歓喜の声が上がった。
当然ながら騎士団の中にも教会信者は居るので、彼らの表情からも喜びが伝わってくる。
「また、今回は聖竜の管理地へと立ち入る事となるため、竜族の方々にも協力をお願いしているが、彼らの無礼とならぬよう謹んで行動するように!!」
殿下がそう言うと、今度は皆のテンションは若干低めになった。
その理由は……まあ言うまでもないだろう。
私たち中央教会の人間にとっては、この森のドラゴンは「聖地を奪い取った悪魔の使い」なのである。
国王様が彼らの事を聖竜だと呼び方を変えたくらいで、その価値観が覆されるわけがない。
だが、こちら側がそんな態度を取ったためか、視察団に参加していた一匹の子ドラゴンが不満そうにこちらを睨んでいた。
『ボク、コイツらの護衛するのすごく嫌なんだけど』
「ごめんねピート。今回だけだから……」
頬を膨らした子ドラゴンを抱っこしているのは、我が国の王女プリシア姫だった。
それにしても、騎士団が同行するとは聞いていたものの、まさか姫様まで来るとは……。
何しろこの方は数ヶ月前に我が教会の信者……それも、本来は姫様を護る立場であるはずの元大臣ネスタルと元魔術師長ワーグナーの両名に誘拐され、とても辛い思いをされたのだ。
護衛の子ドラゴンが一緒に居るとはいえ、教会関係者が集うこの場に来るのはとても気が重いだろうに。
……と、私が見ている事に気づいたのか、姫様が駆け寄ってきた。
「ご機嫌いかがですか?」
「えっ?」
気が重いどころか、とても気さくに話しかけられてしまい、逆にこちらが戸惑ってしまう。
「あ、そういえばこうやってお話するのは初めてですね、聖女コロン様」
「え……って、ひ、姫様っ! 私を"様付け"で呼ぶなどなりませんっ!! ただのコロンと呼び捨てで結構ですからっ……!」
自分は少しばかり巷で聖女呼ばわりされていると言っても、それはあくまで対外的なもの。
一方、目の前にいる御方は正真正銘の王女様であり、言葉を交わすだけでも大変名誉な事なのだ。
そのような方に、私ふぜいが様付けで呼ばれるなど、あってはならない!
「うーん……あなた、年齢は?」
「え、え、えーっと、今年で十になります」
「あら、奇遇。同い年じゃないですか」
「は、はあ……」
ちなみに私はプリシア姫と同い年であるという事は以前から知っていたし、誕生月も同じ「白の月の一日」だという事も知っている。
と言っても、毎年、国を挙げて大々的に祝うのが恒例となっているので、この都で姫様の誕生日を知らぬ者など居ようはずがない。
「確かに、同い年の子を相手に様付けというのも何ですね。……あっ、そうだっ。それでは、今度からあなたのことは"コロンちゃん"って呼びましょうっ」
「……はぁ?」
自分でも驚くほどに姉ソックリな声が出た。
「いや、えーっと、コロン……ちゃん?」
「駄目ですかね?」
「い、いえいえいえっ! 滅相もない!!」
でも、何故コロンちゃん!?
どうしてそんなにフレンドリーに接してくるのか意味がわからない。
突然の姫様の要求に目を白黒させている私を見て、姫様の胸元に抱かれた子ドラゴンが呆れた様子で溜め息を吐いた。
『ちょっと、プリシアったら。この子、困っちゃってるじゃないか』
「えー? サツキちゃんがどうしてこんな事を私に要求したのかなーって思って試してみたのですけど、なかなか面白いですね。なるほど、気持ちが分かった気がします。あっ、コロンちゃんと呼ぶのは決定事項ですのであしからず」
「はあ……」
何言っているのかは分からないけれど、姫様は私の事を今後は「コロンちゃん」と呼ぶつもりらしい。
「さて、あなたも今日は視察という名目でいらしたのでしょう? それでは、まずはこちらに来てくださいな」
「?」
すると姫様は私の手を引き、森の奥へと歩き始めた。
「???」
獣道を抜け、泉の脇道を抜け、岩山をよじ登り、道無き道をゆく~……って!
姫様って麗しい見た目に似合わず野性的っ!!?
「ごめんなさいね。ここを通るのが最短でして」
「は、はあ」
そして、子供がやっと一人通れる大きさに切り抜かれた藪を抜けると……
「すごい……!」
そこには、森の中一面に広がる美しい花畑があった。
少し肌寒い空の下だけど、この花畑だけはまるで新緑の季節を思わせる色とりどりに華やかで、まるで絵本に描かれた天国のようだ。
「本当は緑の月に来るのが、一番綺麗なのですけどね」
そう言いながら笑う姫様はとても美しく、そして幸せそうに見える。
「ここは一体……どうして私をここに?」
私が疑問を口にすると、姫様は優しく微笑んだままくるりと私に背中を向けて、花畑に目をやった。
「あなた方がこの森を聖地と呼んで大切にしているように、私にとってもここは大切な場所なのです。無論、この森で暮らす動物達、そして聖竜……ピートやその御家族の皆様にとっても掛け替えのない場所です」
「!」
姫様に続いて、ピートと呼ばれた子ドラゴンは少し遠慮気味に次の言葉を繋いだ。
『ボク、人間達の歴史資料を見て驚いちゃったよ。竜族が魔界からやって来たなんて、デタラメ過ぎるんだもの』
「えっ、デタラメ!?」
『竜族は神によってこの地に召喚され、いずれ世界が闇に覆われた時に立ち向かうという使命を与えられている……と、長老は言ってたっけ。まあ、自分的には魔界からやってきたって説もカッコイイと思うけどさ』
「こらっ、聖竜のあなたがそれを言っちゃマズいでしょうに!」
『えー、その聖竜なんていう堅苦しい呼び方だって、プリシアのとーちゃんが勝手に言い出しただけじゃんかー』
呆気に取られる私を置いて、二人はぎゃあぎゃあと口喧嘩を始めてしまった。
「わ、私は一体どうすれば良いのですか……!?」
いきなり過ぎて頭が追いつかない。
今まで私が正史として聞かされてきた話は何だったのだろうか。
それとも、二人が共謀して嘘をついている???
いや、彼女達がそんな事をするようには思えない。
じゃあ、私は一体どうすれば……!
私は何を信じればっ!?
「別に、そんな難しく考えなくても、自分が信じたいものを信じれば良いと思いますけど?」
「へっ?」
目を白黒させる私を見て、ピートもウンウンと頷いた。
『オイラがさっき言った話だって長老から聞かされただけで、自分の目で見たわけじゃないからね。どっちが正しいかなんて、本物の神様がやってきて説明してくれなきゃ分からないって』
「ですよねえ」
あっけらかんとしながら笑う二人の姿に唖然とする私を見て、姫様はクスリと笑うと私の手をギュッと握った。
「私が伝えたい事は、ただ一つ。視察という名目でこの森と美しい花畑を荒らさないでほしい、ただそれだけです」
「……はい」
姫様はとても真剣だった。
間違いなく、この森を……いや、この国の未来を考えているんだ。
種族がどうとかそんな次元ではなく、皆が幸せになるための最善を考えている。
だからこそ、カナタ様とエレナ様が捕らえられてしまった今、頼れるのは……この方しかいない!
「姫様! とても……とても、大切なお話がありますっ!!」