066-シャロンの手紙
「私の名前はコロン。聖王都中央教会のプリーストをしている者です」
少女は自らをコロンと名乗り、丁寧にお辞儀してきた。
さすが双子だけあってか、コロンの顔つきはシャロンと瓜二つ。
シャロンに比べて性格は温厚そうで、表情もやや柔らかい感じではあるものの、何となく芯の強そうな雰囲気を感じさせるのは姉と通ずるものがある。
『……やはり、あなたはシャロンさんの妹さんなのですね』
エレナの問いかけに小さくコクリと頷くと、コロンはそそくさと再びフードを被り直した。
「でも、君はどうして俺達の事を知ってるんだ?」
「先日、両親と一緒に姉のところを訪ねまして、その際にお二人の事をお聞きしたのです」
「シャロンが俺達の事を話題に?」
「ええ。手紙を届けて頂いた事も含めて……えーっと」
コロンはチラリとエレナに目を向けると、少し言いづらそうにぼそりと答えた。
「人が助けを求めてもいないのに、ずけずけと空気を読まずに突っ込んでくる、妙に人懐っこい水の精霊がいる、と……」
『グフッ!』
ゴンッ!
エレナが変な声を上げながら突っ伏して、テーブルの天板に額をぶつけた。
「す、すみませんっ! で、でもでもっ、あなたの事をそこら辺の綺麗事ばっか並べる人間なんかより、ずっと信頼できるって! それに、一緒に居る地味で平凡そうな奴も良いヤツだからって……!」
「グフッ!」
ゴンッ!
何故か俺まで巻き込み事故で一発くらってしまい、テーブルの天板に以下略。
「わああああーーーっ、ごめんなさーーい!!」
この子、サツキ以上に色々とダメな子かもしれない……。
◇◇
奇跡の聖女コロン――それが少女の二つ名だった。
姉のシャロンが六歳にして火属性魔法を全種修得した「努力の天才」だったのに対し、妹のコロンは生まれた時点で聖属性を発現した「生まれながらの天才」である。
わずか三歳にして聖女としての将来が約束され、それが皮肉にも姉のシャロンを追い詰める事態を招いてしまったのだが、十歳となった今でもその能力は伸び続けているらしく、ゆくゆくは大司祭の座も確実であろうとまで言われているらしい。
「んで、そんな聖女である君が、どうして姿を隠してまで俺達に接触を試みたんだ?」
コロンは挨拶後すぐにフードを深くかぶり、顔を隠してしまっている。
ここまで露出を避けているとなると、よほど深い事情がありそうだが……。
「実は、お姉様から手紙が届いたのですが、その内容がとても気になるのです」
そう言うと、コロンは手提げ鞄から一通の便せんを取り出す。
それを机に広げると、くるりと回してこちらが読めるように向きを変えてくれた。
【シャロンの手紙】
恐らく実姉である私の手紙ならば検閲で開けられる心配はないと思うけれど、知り合いが少し気になる夢を見たと言うので、念のため伝えるわね。
その夢は「竜の暮らす静かな森が炎によって焼き尽くされる」という物騒な内容だったらしいのだけど、夢に出てきた人間達がプラテナの中央教会の紋章を掲げていたと言っているの。
王女プリシアによって森の動物達を保護する運動が始まったとは聞いているけれど、あなた達教会側がそれに批判的である事も噂に聞いてる。
いまさら教会の人間が竜を討つ目的で森に火を放つとは思えないけれど、もしも人の道に反する行為を目にしたり、自分の身に危険を感じた時は、すぐにお父様とお母様に相談しなさい。
「これは……!?」
かつて俺が見た世界では、シャロンが魔法学校から居場所を失い逃げるように勇者パーティに加わっていたのだが、"今の世界"ではエレナの活躍 (?)によって、シャロンがメランダとキャシーの落ちこぼれ後輩コンビの面倒を見ることになってしまい、学校へ残る道を選んだ。
そして、その決定打となったのが「キャシーの予知夢」だ。
本来ならばシャロンが学校を出て行く決断をするはずだった日の朝、キャシーがそれを夢で見て、慌ててシャロンのところへ押しかけて未来を変えたのである。
『あの、続きを読んでもいいですか?』
「あっ、はい。大丈夫ですっ」
コロンの同意を得た俺とエレナは、手紙の二枚目をめくった。
【手紙の続き】
あと、絶対に教会の人間にこの件を言わないように!
前述の夢のくだりなんて話したら、アンタんとこのお偉いさんが学校に押しかけて魔女狩りをしかねないからね。
ハッキリ言っておくけど、中央教会の排他主義は異常よ。
べつに、あいつらが私を悪魔呼ばわりした事を今さら恨んでいるわけではないけれど、あまりにも行き過ぎた信仰心は、時に人を狂わせる事だってあるのだから。
・
・
「手紙に書かれているのはここまで、か」
恐らく最後の一文はプリシア姫誘拐事件の事だ。
あえて細部は伏せているものの、シャロンの言う「行き過ぎた信仰心」とは、一国の大臣と魔術師長を狂わせてしまった事を暗に示しているのだろう。
それに、手紙の中でキャシーの事を「知り合い」という伏せた書き方をしていたのも、教会にとって神託以外で未来を視る異端の存在を特定されるリスクを避ける為だと思われる。
そして一通り手紙を読み終えて、エレナは一つの疑問を口にした。
『あの、一つ気になったのですけど……この手紙を受け取ったあなたは、どうして私達にそれを伝えに来たのですか?』
確かに、シャロンの手紙には「すぐにお父様とお母様に相談しなさい」とはあったものの、俺とエレナにそれを伝えろとは一言も書かれていない。
そんなエレナの問いに対し、コロンは少し残念そうに目を伏せてしまった。
「もしかして……この手紙の事を両親に伝えていないのか?」
コロンは小さく頷くと、その心の内を話し始めた。
「……私達の両親も神の僕であり、中央教会側の人間です」
「ああ、前にシャロンの手紙を届けた時にそんな事を言ってたかな」
彼女達の両親は中央教会でもかなり身分の高い立場だったはずだ。
それもまた、聖属性の才能に乏しく火属性魔法のエキスパートであるシャロンが「悪魔の子」呼ばわりされる原因の一つでもあった。
「父と母は、お姉様の立場が危うくなるような真似はしないはずですが……この一件、たとえ肉親であっても相談すべきとは思えません」
『それって……』
つまり、コロンはこの話を両親が教会関係者に密告する恐れがあると懸念しているという事だ。
この疑り深さはさすが姉妹と言ったところではあるものの、実の親にすら胸の内を明かせないとは、少女が背負うには重すぎる重圧であろう……。
だけど、これでようやく納得できた。
「事情を知っていて、教会へ密告する恐れがなく、困りゴトと見るや頼んでもないのに首を突っ込んでくるお人好し……。俺達を頼ってきたのはそれが理由かな?」
「すみません……。だけど、他に頼るあても無くて……」
申し訳なさそうにシュンと頭を下げてしまったコロンの姿に、俺は苦笑しながらその小さな頭を撫でてやった。
「えっ、えっ?」
「まあ心配すんな。おにーちゃんとおねーちゃんに任せとけって」
「!!」
コロンが驚きに目を見開いてエレナの方に目をやると、エレナも俺と同じように笑っていた。
「さて、俺達を頼ってくれた理由も分かった事だし、今なにが起きているか教えてくれるかな」
・
・
【聖王歴128年 黄の月 12日 同時刻】
<聖王都プラテナ 王城 応接室>
「調査隊……だと?」
王女プリシアの兄であるライナス殿下は、目の前の男から提出された嘆願書を見て、訝しげに問いかけた。
『はい。かの地は我々にとって、かけがえのない聖地です。安全が約束された今こそ、ちょうど良い機会かと思いまして』
「……現在、我が国と森の竜族とで不可侵条約を結んでいる。また何かおかしな事をしたら、今度こそ私達王家はお前達を完全に見放すぞ」
ライナスは不快感を露わに低い声で威圧するが、目の前の男は笑みを浮かべたままウンウンと二度頷く。
『ええ、分かっておりますとも。天界へ通ずる聖なる門、その無事が確認できれば本望にございます』
「可否については追って連絡する。以上だ」
ライナスの回答にウンウンと再び男は頷くと、一礼してから部屋を出て行った。
再び静かになった部屋でライナスは、誰にも聞かれぬよう小さく溜め息を吐いた。
「大司祭ツヴァイ……何が狙いだ」
妹プリシアを誘拐した重罪人を恩赦で釈放した挙げ句、今度は東の森へ調査隊を送りたいと要求してくるとは、どう考えても何らかの企みがあるとしか思えない。
ここで調査隊の派遣について不許可を出してしまえば、ひとまずやり過ごす事は出来るとは思うが、どうせ奴らの事だ、新たな手を打ってくるに違いない。
「見張りのために俺や国家騎士団も行くとして……」
まだ足りない。
連中が何か悪巧みをしていたとしても、それを確実に防ぐ為の手立てが……!
「せめて勇者カネミツが居れば……」
彼は教会との繋がりが無く、この一件も依頼すれば快く協力してくれるとは思うが、残念ながら既にエルフの森を抜けているので連絡手段が無い。
「どんな窮地からも颯爽と現れ、全てを救う、まるで勇者のような絶対的な正義が足りない! …………はっ!?」
ライナスは、その条件を満たす人物の存在を思い出した。
決して勇者のような立派な職ではない。
――だが、間違いなく「絶対的な正義」という点では信頼できる相手だ。
「彼らなら……きっと力になってくれるはず!」
ライナスはそう言って立ち上がると、情報を集めるため応接室を出て行った。