056-サツキの勇気
「ちょ、お、おま、ま……マジかっ!?」
あまりの状況に、頭がぜんぜん回らない。
サツキは今後"一生涯にわたりスキルが使えない"という、後戻りの出来ない選択を「そぉい!」の一言で決行してしまったのだ。
いつも猪突猛進で突っ走るサツキとはいえ、さすがに今回ばかりは冗談では済まされない。
「お前、石板に書いてた内容ちゃんと読んだかっ!? 一生だぞ一生っ!!」
「うん、バッチリ熟読したよっ!」
熟読した上で「そぉい」なのか!?
「うぅぅ、父さんと母さんにどう説明すりゃいいんだ……」
ガクリと肩を落として頭を抱える俺とは対照的に、当のサツキはあっけらかんとした様子。
「別に今までだって、特にスキル使えなくても不自由は無かったもん。それに――」
「それに……?」
俺の問いに対し、サツキはニヤリと笑う。
「あたし戦うヒロインより、護ってもらえる系ヒロインに憧れてるのっ!」
「知らねーよ!!」
「ええー、お兄ちゃんはロマンス成分が足りないよねぇ~。だからエレナさんと良い雰囲気になってもブツブツ……。えーっと、この中で味方になってくれそうなのは~~……あっ、クルルちゃんなら分かるよね! ウラヌスに守ってもらえるのウレシー! みたいなのあるよねっ!?」
「えっ? ええーっと、嬉しいというか申し訳ないなぁ~って思うほうがちょっと大きいんだけど、うーーん……」
いきなり同意を求められて、クルルも困ってしまっている。
しかも、いつも凛々しくイケメンなウラヌスですら、突然の状況に頭が追いつかないらしく、こんな顔(・д・)で固まったまま動かないときたもんだ。
すると、今まで黙ってたユピテルが少し不満そうにサツキに詰め寄った。
『サツキちゃん。オイラだってまだスキル未取得だし、これまで弓の腕だけで十分やっていけたんだ。あそこで行く前に一言相談してくれてもいいじゃないかっ!!』
いつもサツキの尻に敷かれてばかりのユピテルだが、今まで見た事の無い剣幕で抗議の声を上げている。
そんな、本当に自分の事を心配してくれている彼の姿を見てサツキは小さく笑うと、くるりと振り返り背を向けた。
「でもさ、エルフって魔力めっちゃ強いらしいじゃん? ユピテルのおねーちゃんは勇者パーティに勧誘されるくらい強かったんだし、きっと君も将来有望だよ。だから、もったいないって。そう考えるとさ……やっぱ、この中であたしが一番役立たずってのは、自分でも分かってるんだ。だから、これが正解だと思う。だから……大丈夫だから。だから、うん、大丈夫っ」
「……」
こちらに背を向け、声を震わせながら強がる妹の姿に少し胸が詰まりながらも、俺はサツキの小さな頭を撫でてやった。
……コイツはコイツなりに悩んで、そして結論を出したんだ。
まったく誰に似たのか、泣き言も言わずに突っ走っちまうから、兄としてはほとほと困ってしまうよ。
だけど――
「王子様うんぬんは知らねーけど、お前が納得する相手が見つかるまでは、にーちゃんが助けてやるからな。心配すんな」
「…………あはは、そういうのはあたしじゃなくて、エレナさんに言ってあげるべきでしょー!」
サツキはそう言うと、目元をゴシゴシと擦りながら再びこちらに顔を向けて嬉しそうに笑った。
そして、そんなサツキの姿を黙ってじっと見つめていたフルルは、無表情ながら何かを決心したような表情で頷いた。
『姉さん……ちょっといいかな?』
『私はフルルの言う事には無条件で賛成するっすよ』
そう言うとハルルとフルルは二人揃って、サツキの前にフワフワと飛んできた。
「どしたの?」
『仲間達の為……自らを賭した……不退転の勇気。君の行動は……敬意に値する。とても……立派な事』
「へ? いやあ、改めて言われると照れちゃうなぁ。えへへへ~~」
照れ笑いしながら頭を掻くサツキに対し、フルルは"柔らかい笑み"を浮かべて言葉を続ける。
『その勇気と決断に……見返りはあるべき。いつの日か君の魂が天へと還るまで……君が失った力の代わりを……僕が務めよう。今後とも……宜しく』
「!」
フルルの宣言に一同驚愕。
ところが、その当事者はと言うと……
「へ? ……どゆこと???」
キョトンとした顔で首を傾げる様子に、ハルルはサツキの頭をぺしぺしと叩きながら笑った。
『あはは、キミはそういうバカっぽいトコも何だか許せてしまうから不思議っすねぇ。……つまりキミが力を失った代わりを、今後はずっとフルルが助けてあげるって言ってんすよ。これからは妖精使いとでも名乗れば良いんじゃないっすかね?』
「えええーーーーーっ!?」
やっと自分の置かれている状況に気づき、サツキが驚きの声を上げる。
そして感激の表情でフルルの小さな手を取ると、今思っている言葉を口にした。
「ひょっとして、あたしの代わりに買い出しとかをお願いできちゃったりするっ!?」
『それは……自分でやって』
「ざんねんー!」
「ざんねんーじゃねえっ!」
というか、いきなりその発想に着地するのはおかしいだろ!
しかし、ここで何やら疑問が浮かんだらしく、サツキははてと首を傾げた。
「でも、一番最初に自分から石板へ手を伸ばそうとしたのはおにーちゃんだったよね? ウラヌスさんに止められてたけど、なんでアレはダメで私は褒められるの?」
『カナタは勢い任せ……冷静さが欠けてた。サツキはちゃんと……冷静だった』
「ぐふぁっ」
確かにあの時は焦るあまりに冷静さは欠けていたけど、バッサリと一刀両断されると凹むわぁ。
ガクリと肩を落とす俺の姿を見て、サツキは何とも憎たらしい顔でニヤニヤ笑う。
「うへへへ、おにーちゃん。私、クールビューティーだってさ!」
「そんなコト誰も言ってねえ!」
だが、俺も正直なところ一つ気になる事はある。
「……なあフルル。サツキを助けてくれるのは凄く嬉しいんだけど、俺らは何十年も生きるんだ。そんなに長い間ずっと付き添って、負担にならないか?」
俺の問いに対し、フルルはキョトンとした顔で首を傾げる。
『そんなにって……どこが? 人間の命は……短い。全然……余裕っち』
余裕っちって……。
「それにフルルがずっとサツキに連れ添うのなら、ハルルは今後どうするんだ。神殿の代わりになる建物も探す予定だったろ?」
『そりゃもちろん私も一緒に行くに決まってるっすよ! 新居探しも中止っす!』
ハルルはそう言いながらフルルの手を引くと、姉妹揃って慣れた様子でサツキのフードにスポッと飛び込んで二人頭を覗かせた。
それを横目で見ていたサツキはキラリと目を輝かせ、両手を斜め上に突き上げる謎のポーズで構えながらキリッとした表情で叫んだ。
「双子の妖精を従えし、フェアリーテイマーサツキちゃん、爆・誕!!」
『爆誕……いい響き』
「さいですか」
何だか釈然とはしないものの、本人達が納得しているようなので、これで一件落着~……なのかなぁ。
◇◇
そんなこんなで話が一段落ついた頃、今まで放心状態で固まっていたウラヌスがハッと正気に戻ると、神々の塔の一件について重大な疑問を口にした。
「石板に書かれていた内容が確かならば、結界の強度や持続時間が術者の魔力に応じて変動する……つまり、今この国の結界は、君の妹が保有していた魔力に相当する強度なのでは?」
「あっ!」
確かにウラヌスの言う通りだ。
結界が魔力量に依存するのだから、もしかして非常にマズイ状況なのではなかろうか。
「エレナっ。サツキの魔力がどれくらいあったか分かる?」
『詳細までは分かりませんが、今までが天職未定義ですからね。恐らくフロスト王国の全てを護るほどの力はとても……』
言い方や表情から察するところ、ほとんど耐久力が無いに等しいのだろう。
そもそも、強い魔力を持つ者が結界を張らなければ意味が無いのだから――あっ!
「……そういう事かっ!!!」
『か、カナタさん、どうされましたっ!?』
――モンスターが多数出現する多階層の塔。
――極めて優れた剣技でなければ突破できない第五階層。
――そして"術者の犠牲を前提"とした第六階層。
神々の塔の最上階層へ到達するには、極めて高い能力が要求される。
勇者カネミツ率いる大陸の勇者パーティですら第三階層で断念する程なのだから、そこらの冒険者や傭兵程度では全く太刀打ちできないのは火を見るより明らかだ。
それゆえ、俺は当初この依頼は「ウラヌスと姫を結婚させるための出来レース」だと思っていた。
だが、その実態は……!!
「フルル、急いでフロスト城へ戻ってくれ! 真相が分かるかもしれない!!」






