052-本当の姿
『我が名はユキマル。この先に進みたくば我と剣で勝負せよ!』
「剣で勝負……ってことは、単に戦うだけじゃなくて剣だけで決闘したいって事?」
『うむ、いかにも』
うーん、ゴースト相手ならエレナの聖属性スキルが有利なのだけど、相手が条件付きで挑んでくるなら仕方ない。
ユキマルの挑戦を受け、ウラヌスはやれやれといった表情で手をひらひらと振った。
「ご指名とあらば、俺が行くしか無いだろう」
そう言って前へ出たウラヌスを見て、ユキマルは満足げに笑みを浮かべる。
『それではお手合わせ願おう、若き剣士よ』
二人の剣士が互いに向き合うと、戦いの前にユキマルが深く頭を前に倒した。
「それは?」
『我が故郷で、一流の剣技を持つ者への敬意を表す礼儀である』
「ははは、良い風習だな。一流と言ってもらえて光栄だ」
ウラヌスもユキマルと同じように頭を深く下げ、それから双方が頭を上げると互いに剣の切っ先を向け合った。
辺りに緊張が漂い、空気が静まりかえる。
『いざ尋常に……勝負!!』
直後、鎧姿の老体からは想像出来ない程の速さでユキマルが一撃を放つ!
が、ウラヌスはそれを予測していたのか剣で弾き返すと、表情一つ変えず目の前の相手を真っ直ぐに見据えた。
立て続けに剣技を繰り出すユキマルに対しウラヌスは的確に刃の切っ先で裁きつつ、すぐさまカウンター狙いの横薙ぎを入れる!
……が、ユキマルはそれをひらりとかわす。
『やるではないか』
「ふっ、まだまだこれから!」
それから互いに一歩も譲らずの接戦が繰り広げられ、鋼同士が強くぶつかる音が広いフロア内に響く。
相手から一流の剣技を持つ者と賞されただけあって、ウラヌスの剣さばきは見事だった。
「すごー……」
戦闘慣れしていないサツキやユピテルの目には恐らく、文字通り「目にも留まらぬ早業」が見えているに違いない。
俺だって、かつてカネミツ達と共に神々の塔へ来た頃の強さであれば、こうやって冷静に動きを見る事すら出来なかっただろう。
しかし、だからこそ……今の状況が良くないという事も分かる。
『カナタさん、これは……』
「ああ、ちょっとマズいな」
エレナがいち早く察したようだが、少しずつウラヌスが圧され始めた。
剣の腕は互いに五分五分ではあるものの、ゴーストであるユキマルが霊力の許す限りほぼ無制限に動き続けられるのに対し、ウラヌスはごく普通の人間だ。
それゆえに、戦いが長引けば長引く程にウラヌスが不利になるのは自明の理であった。
俺とエレナが心配そうに見つめる中、ついにウラヌスが体勢を崩すと……
『竜斬剣!』
「ぐうっ!!」
その隙を逃すまいとユキマルが放ったソードスキルをどうにか受け止めたウラヌスは、そのまま吹き飛ばれて床を転がる。
受け身は成功したようだが、蓄積されたダメージと疲労によってその身体は既に限界に達している事は、火を見るより明らかであった。
そんなウラヌスの姿を見て、ユピテルが怪訝な顔でぼそりと呟いた。
『どうしてウラヌスは何もスキルを使わないんだい? 勇者だったら、対悪魔や対アンデッドスキルの一つくらいあると思うんだけど』
「っ!!!」
ユピテルの問いかけに皆が首を傾げている中、一人だけ泣きそうな顔でウラヌスを凝視している人物がいた。
その事に気づいたエレナは、真剣な表情でじっと彼女……ククルの目を見つめると『ふぅ……』と小さな溜め息を吐いた。
『スキルを使ってしまうと、ウラヌスさんが"勇者ではない"と私達に知られてしまうから……ですよね?』
「ーーーーっ!!!!」
クルルが怯えた様子でビクッと震える姿に、エレナは少し困り顔になりつつも彼女に向かって微笑みかけた。
『大丈夫。私達の事は気にせず、ウラヌスさんに"全力"を出してもらってください。彼の本当の実力ならば……』
「うぅ………」
不安そうな表情でクルルの視線の先には、少し困り顔で彼女を見つめるウラヌスの姿。
そしてクルルは奥歯をグッと噛みしめると、何かを決心した様子で叫んだ。
「ウラヌスお願い……勝って!!」
クルルの言葉を受けたウラヌスは、今にも倒れそうな程に満身創痍であるにも関わらず、楽しそうにワハハと豪快に笑った。
「俺は最初から負けるつもりなんて微塵も無いさ!!」
『ムッ!?』
ウラヌスはアイスソードの切っ先を下に向けながら右腕を引き、脇構えで剣を強く握りしめる。
それから全神経を両腕に集中すると、初めて俺達の目の前でスキルを発動した。
「クリティカルブースト、オーバーアシスト!!!」
文言と共に、ウラヌスのアイスソードから青い光が放たれる。
それを見ていたユキマルは、ウラヌスの意図を察したのかクククと笑う。
『なるほど、その勝負……受けてやろう。クリティカルブースト、オーバーアシスト』
ユキマルも全く同じ言葉を呟くと、刃から赤色の光がゆらりと浮かび上がった。
『か、カナタにーちゃん、あの技は……っ!?』
今、二人が使ったスキルは、一つ目が武器威力の上昇。
二つ目がその倍率を瞬間的に引き上げる増強スキルだ。
そして、これらはどちらも勇者が"習得できない"スキルだ。
……この世界には様々な天職が存在する。
魔法使いであれば火や水などの自然現象を操作できるし、シーフは錠前を破ったり相手を足止めするなど、各職ごとに様々なスキルを用いる事ができるようになっている。
しかし、数多くある天職の中で唯一「剣技以外に一切のスキルが習得できない」という、凄まじくストイックな天職がある。
その名は――……剣士!!
【簡易ステータス表示】
レベル:33
名前:ウラヌス
職業:剣士
内容:人
性別:男
属性:無
年齢:17
「ソードスマイト!!!」『幻影斬!!!』
ギィィィンッッッ!!!
二人の剣士が瞬きをする間も無く、互いの技を繰り出しながら交差する!
「…………」
『…………』
ウラヌスとユキマルは両者ともに背を向けたまま。
それからしばらくして、ウラヌスが口を開いた。
「別に、俺の勝負に乗る必要は無かったと思うんだがな」
『なあに。あそこで逃げては武士の名折れであろう』
ユキマルがそう答えた直後、彼の剣はパキンと軽い音を立てて刃が床に落ちた。
その様子を少し寂しげに見つめたユキマルは、折れた愛刀をそっと床に置いてから、ドシンとその場にあぐらをかく。
そして、座ったまま右手を振り上げると第五階層の中央に光が差し込み、クリスタルの階段が現れた。
『若き剣士よ。ゆくがよい、この先にお主達の望むものがある』
「……次はまた二十年後か?」
『どうだかな』
ユキマルは鼻で笑いながら適当に答えると、満足そうな顔でキラキラと光となって消えていった。
「……さてと、お待たせクルル。ちゃんと勝ってきたよ」
「うぅ……うわーーーーーーんっ!!!」
感極まってしまったのか、クルルはウラヌスに抱きつくと子供のようにわんわんと泣き出してしまった。
二人の姿に皆がしんみりとする中、サツキが何かに気づいたのか、はてと首を傾げた。
「……あれ? ウラヌスが剣士って事は、この国に"白の勇者"は居ないの?」
「あー……」
俺はエレナに目を向けたものの、案の定、エレナも少し困り顔になっていた。
二人でどうしたものかと悩んでいると、今まで泣きじゃくっていたクルルが目を擦りながらサツキの前にやってきて、ペコリと頭を下げた。
「今まで騙していてごめんなさい」
「???」
「……私が、白の勇者クルルです」