040-港町アクアリアの精霊
【聖王歴128年 緑の月 21日】
< 港町アクアリア >
ついに一同は港町アクアリアに到着。
しかし……
「うぅ……目眩が……っ」
俺の記録にあった通り、マリネラが高熱を出して倒れてしまった!
「くそっ! このままじゃ前回と同じ――」
『アンチドート! ヒール!』
即座にエレナが状態異常解除スキルを発動させ、あっと言う間にマリネラの容態が回復した。
「……え、えーっと」
「あ、ありがとうございますエレナ様……」
『行きましょう! 犯人のところにっ!』
エレナが皆を引き連れて先頭を突っ走るという珍しすぎる状況に困惑しつつ、俺は御者さんに報酬の支払いを済ませる。
『私にケンカ売るだけでは飽きたらず、精霊でありながら人様に呪いを放つとは言語道断! 徹底的にこらしめてやりましょう!!』
いつもなら真っ先に平和的解決に向かうはずのエレナが、まさかのケンカ腰という状況に困惑しながらも、皆でその後ろをついて走る。
そして、真っ直ぐに泉へとやって来ーー……
『アイシングピラー!!!』
ドッガアアアアアアアアーーーーー!!
泉のド真ん中に巨大な氷柱がぶっ刺さり、凄まじい水しぶきが上がった。
『コールドミストッ!!』
ビュオォォォォーーーーーー……
水しぶきがそのままの形で凍結し、まるで氷のオブジェのように~……って、なんだこれ!?
『いきますよぉ! トドメのぉぉーー……』
「ストップストップストーーップ!! つーか、やりすぎっ!!」
『えっ、まだエターナル・ブリザード・ノヴァが……』
「それ、イフリートを倒したヤツーーっ!!!」
『えー……』
残念そうにしょんぼりするエレナに軽くチョップを入れつつ、俺達は前衛的な氷のオブジェ……じゃなくて、変わり果てた姿になった泉へと目を向けた。
『エレナねーちゃん、もしかして最初のやつで泉の精霊を倒しちゃったんじゃ?』
ユピテルの呟きに若干不安になりながら泉を眺めていると、氷の下の方からドンドンと氷を叩く音が聞こえてきた。
「よかった! 生きてたぁっ!」
『そこですねっ! 後はカナタさんのライトニングダガーでトドメをッ!!』
「しないからっ!!」
俺は氷をサクサクと彫って丸い形にくり抜くと、隙間から女の子を引っ張り上げた。
薄水色の髪はエレナに似ているものの、体格はサツキよりもずっと小柄で、顔つきも少し幼げな感じだ。
『ひ……ぅ……ぇ……ぅ……』
まるで捨てられた子犬のようにぶるぶると震えているのは寒さが原因なのか、それとも俺の後ろから鬼の形相で睨んでいるおねーさんのせいなのか。
「えーっと、大丈夫かい?」
なるべく怖がらせないように優しい口調で話しかけると、泉の精霊は俺に抱きついてわんわんと泣き出してしまった。
『びええええーーー! 怖かったよおおおーー!! 寒かったよおおおーーーーっ!!!』
『おのれ、今度はカナタさんに抱きつくとは許すまじ!!』
「そろそろ突っ込むの疲れてきたから、ちょっと黙っててくれるかな……」
◇◇
――というわけで、エレナに一方的にボコられた泉の精霊は、何故か地面に正座したままシュンとしている。
俺がかつて見た世界では一切聞く耳をもたずに襲ってきた子とは思えないほどに弱々しい姿は、まるで別人 (別精霊?)のようだ。
ひとまず俺達全員の自己紹介を終えると、観念した様子で精霊が口を開いた。
『わたしの名前はスイメイ。港町アクアリアの泉の精霊なの。マリネラの事は……この子が幼い頃から知ってる。わたしの目は、遠くを見渡せる力があるから、マリネラの事、ずっと見てた』
スイメイと名乗る精霊の言葉に、俺達は顔を見合わせた。
「あのさ、今回の一件で君がどこからどこまで関与してたか教えてくれないか?」
スイメイは怯えながらエレナをチラリと見ると……観念した様子で全てを語り始めた。
『わたしが仕掛けたのは、通りすがりの男に軽度な魅了の魔法をかけてマリネラに話しかけるよう仕向けた事。それと、水の精霊のおねーさんに惚れるよう、マリネラに全力で魅了をかけ続けた事、それだけ』
「な、なんでそんな事を……???」
あまりにも意味不明すぎる行動に皆が困惑していると、スイメイはぼそりと呟いた。
『羨ましかったの……』
「羨ましかった???」
俺の問いかけにコクリと頷く。
『わたしは元々、泉で身を休める旅人の心を癒す歌の精霊。泉の周りには人が集まり、それがやがて港町アクアリアとなった』
スイメイは何かを懐かしむように、遠くを眺めている。
彼女もまたエレナと同じく、ずっと独りで泉を護ってきたのだろうか。
『そんなある日、ひとりの女の子が泉にやってきて、泉の前で大声で歌い出してビックリ。これが下手のなんの』
「ぐふっ」
マリネラが精神的ダメージを受けたらしく、おかしな悲鳴を上げた。
『どうやら子ども達の間で流行ってる噂で、泉に向かって歌うと上手になるとか言われてたらしくて、その子は来る日も来る日も毎日歌いに来ちゃって』
「ううぅぅぅ~~」
顔を真っ赤にしながら頭を抱えるマリネラの反応から察するに、その子どもの正体は……。
『……でもね、その子はホントに歌が上手になっちゃった。それどころか歌姫と呼ばれるまでに成長し、いつしか泉にも来なくなり、どんどん有名になっていっちゃったの』
「……」
『私はずーっと遠くから見てたけど、何だか羨ましいというか、妬ましくなっちゃって。それが並々ならぬ努力の成果だと分かってるのにね。それでもアクアリアをずっと見守り続けたわたしを差し置いて有名になっていく君を見て、ちょっと嫉妬しちゃった』
『それで、通りすがりの男を魔法で操ってマリネラさんを襲わせた、と?』
エレナの冷淡な言葉に、スイメイは首をブンブンと横に振る。
『ご、誤解なの! ちょっと脅かそうと思っただけで、危害を加えるつもりは無かったんだっ! ……でも、怖がらせちゃったのはゴメンね。あの日の夜、マリネラがひとりでベッドで泣いてるのを見て、ホント申し訳なくて……』
さらっとプライバシー完全無視で盗み見してる事を宣言しているのが非常に気になるけど、とりあえず黙っておこう。
『だけど、せめて恐怖を和らげてあげたくてね。旅の間にでも楽しいひとときを~って思って、そこにいる精霊のおねーさんにムラムラするようにマリネラに魅了をかけたの』
「えーっと、子供もいるんで、もうちょっと言葉を選んでもらえます?」
俺が少し苦言を吐いたものの、スイメイは意味がわからないといった様子でキョトンとしている。
どうやら、その辺のデリカシーの知識はあまり無いようだ。
『わたしの狙い通り、マリネラは精霊のおねーさんにゾッコン! 恍惚の表情で絡む様……良いもの見れたな~』
『イラッ……こほんっ。でも、どうしてマリネラさんが絡む対象を私にしたんです? 私達の中なら、カナタさんが一番カッコイイと思うのですが……。あっ、でもでも、絶対そんなの許しませんけどっ!!』
『エレナねーちゃん、必死だな』
そんな様子を見て、スイメイはやれやれといった顔で首を横に振った。
『美女と美女のロマンスの方が魅力的。男は要らないの』
泉の周辺の空気が固まった。
『「はい?」』
少し間を置いて、俺とエレナが同時に間の抜けた声を上げるのを見て、スイメイはマリネラに抱きつきながら再び宣言した。
『マリネラがどこの馬の骨とも知れない男とイチャつくなんて、絶対許さないの!』
スイメイの謎の宣言に、再び周囲の空気が固まる。
「えーっと。……君は男性が嫌いなのかな?」
『ううん別に。でも、マリネラには君とかそこの少年みたいな地味な子は合わないと思う』
「『地味……』」
『カナタさん。やっぱりエターナル・ブリザード・ノヴァ使っちゃ駄目です?』
「ダメ」
内心ちょっと落ち込んでいる俺を尻目に、スイメイは再びマリネラにギュッと抱きつくと、涙目で叫んだ。
『わたし、変な男とイチャつくマリネラを見たら正気を保てないと思うっ!』
「正気を保てない……」
『もしそんな男がわたしの前にやってきたら、有無を言わさず暴れちゃうかもっ!』
「有無を言わさず……」
【今すぐ止めるようにと泉の精霊に交渉を申し出たものの、有無を言わさず魔法による先制攻撃を受けたため、やむなく交戦】
俺は旅の記録の一文を見て微妙に頭が痛くなりつつも、一応は気になる事を確認しておくことにした。
「スイメイは、俺達がここに来るまでに遭遇した山賊と、ひったくりと、反体制派について何か知ってる?」
『知らない。あんなにトラブルが立て続けで起こるなんて、君達ツイてないなーって思いながら見てた』
「アクアリアに着いたマリネラが倒れたのは……」
『長旅で疲れてたのかな? でも、そこの精霊のおねーさんがすぐ治してくれて、ホッとしたの。でもでもでも、その後いきなり襲われてすごく怖かったぁー! おねーさん、なんであんなにキレてるのか、わたし意味わかんないの』
「『……』」
なんだこれ。
パズルのピースは揃っていくものの、あまりにも状況がトンデモ過ぎて頭がついてこない。
『カナタにーちゃん、オイラ全く状況がわかんないんだけど、今回のコレどういう話なの?』
「う、うーん……」
今までの話を要約すると、かつて俺が見た世界では、人気者になっていく歌姫マリネラに嫉妬したスイメイのイタズラをきっかけに、マリネラが勇者カネミツに一目惚れしてしまったのだと思われる。
そして、それを見て怒り狂ったスイメイが勇者パーティに呪いをかけたせいでさらにマリネラとカネミツの仲が深まり、余計に話をこじらせた果てに戦闘になり、ここの泉を吹き飛ばすわスイメイを討伐してしまうわと、救いの無い結末になった……。
『なんてひどい……完全に自業自得ですけど』
「そうなんだけどなぁ」
ところが今回は、スイメイが意図的にマリネラをムラムラ……もとい発情させ、マリネラの恐怖を和らげつつ、マリネラとエレナの絡みを盗み見してたスイメイも満足♪ ……という、これはこれで別の意味でひどい話だったわけだ。
それにしても、呪いにかかってもいないのにトラブルにはしっかり巻き込まれたし、やはりこの世界には「避けられない運命」みたいなモノはあるのかもしれない。
「とりあえず、マリネラさんを無事に送り届ける事ができたし、スイメイがちょっかいをかけてきた理由も分かったし、これにて一件落着かなぁ?」
「待ってください!」
「!?」
突然マリネラが真剣な顔で叫んだかと思いきや、スイメイの両肩をガシッと掴んだ。
「あなた、歌に自信あるのよね?」
『えっ? えっ?』
困惑する表情のスイメイを見て、マリネラはニヤリと笑った。