038-エレナ様と召使い達
【聖王歴128年 緑の月 18日】
「改めまして御挨拶を。私の名前はマリネラ、旅の歌い手をしている者です」
翌日、再び俺達の部屋にやってきたマリネラは丁寧な挨拶を済ませると、何故かエレナの隣に座った。
「本来ならば今日には聖王都を発ち、故郷である西の港町アクアリアへ向かう予定だったのですが、どうにも恐ろしくて……。ですが、あなた様の強さに感動しましたっ! 是非とも私の護衛を御願いできませんかっ!!」
マリネラはそう言うと、ひしっ! とエレナの手を握った。
何故か、手を握りながら今にも頬ずりしそうなくらい顔を寄せているけども。
『ち、ちちちち、近いですっ! 圧が凄いですーっ!』
「その蒼い瞳も、薄水色の髪も、とても綺麗……。まるで宝石みたい。本当に美しいです。ずっと眺めていたいくらい……ぽっ」
『あ、ありがとうございます……それはちょっと嬉しいかも』
だんだん押し負けていくエレナの様子に、チビッコ達はふむふむと頷いている。
「おにーちゃん。エレナさんに迫る時は、あんな感じグイグイ行くと良いみたいだよ」
『エレナねーちゃんって、少し強引にされる方がときめくタイプなんだな』
「なるほどなー」
『冷静に分析してないで、助けてください~~~っ!!』
◇◇
てなわけで、明日の出発に備えて買い出しに来たわけだが……
「なるほど、カネミツの居たポジションがそのままエレナになっちゃうのなー」
唖然としながら呟く俺の目線の先には、マリネラが頬を染めながらエレナに抱きついている姿があった。
カネミツの時はやたらムカついたのだけど、なぜかエレナとマリネラなら許せてしまう自分が居て、なんだかサツキの事を悪く言えねえなぁ。
それに、こんな顔 (;´~`)になっているエレナを見るのもなかなか新鮮で、少しだけ微笑ましくもある。
そんな事を思いながらチラリとサツキに目をやると……
「イイネ! すごくイイネっ! ちょーイイネっ!!」
いや、コイツは上級者すぎてやっぱダメだ。
エレナとマリネラを見て「げへへへ」とか変な笑いを浮かべているサツキの姿に、ユピテルも完全にドン引きである。
「ねえエレナさん。このまま二人で南街へ行きません? 良いお店があるんですよ~」
『あ、あの、旅に必要な買い物をしないといけませんから……』
「そんなの、召使い達にやらせておけば良いではないですか~」
……えーーっと。
「ねえ、おにーちゃん。召使いって誰を指してると思う?」
「達って言ってるくらいだし、俺ら三人全員じゃね」
『エレナねーちゃん、ついに三人も召使いを従えるようになっちまったか~』
『えーんっ! 変な考察してないで助けてくださいってばーーっ!!』
【聖王歴128年 緑の月 19日】
というわけで、予定通りマリネラの護衛をする事になった俺達は、長らく滞在した聖王都プラテナを離れ、一路、港町アクアリアへ出発。
そして山道に入ってしばらく経った頃、俺のパッシブスキル「危機感知」が反応した。
「御者さん、ちょっと馬車を停めてくれ」
「あの、どうかしたのですか?」
不安そうにエレナに抱きついたまま問いかけてくるマリネラを見て苦笑しつつ、俺は馬車を降りながらエレナにいつものアレをお願いした。
「山賊の位置は分かる?」
『んー……左手の岩陰に1人、少し小高い崖の上に弓を持ったのが1人、もっと奥には5……いや、6人います』
「ありがとうエレナ。んで、ユピテルは崖の上のアーチャーは見えるか?」
『当然っ。アイツの弓だけを射抜いてビビらせてやるさ!』
「オッケー。それじゃ、ユピテルが矢を射ると同時に俺が突っ込むから、エレナは援護をよろしく」
『はい!』
「???」
俺達が着々と戦闘準備をする姿に、マリネラは不思議そうにキョトンとしている。
「それじゃ、行くぜ!」
◇◇
さんぞくたちを やっつけた!
という天啓が聞こえたような気がしつつ、俺達は再び馬車へと戻った。
「はわー……」
案の定、マリネラ放心状態になっていて、思わず笑ってしまった。
ちなみにサツキは一通り殺陣を見て満足したのか、馬車のお馬さんを撫でてくつろいでいた。
さて、この度の戦いによってエレナだけでなく俺やユピテルも護衛として有力であると証明したわけだが、果たしてマリネラの反応は……?
「薄暗い森の中なのに全て敵の位置を把握し、的確に召使い達に指示をこなすなんて……すばらしい指揮ですエレナ様!!」
『へ???』
なんてこったい。
エレナを司令塔だと勘違いされてしまったらしく、そのうえ呼び方まで「エレナ様」になってしまった。
「ハァハァ……。やはりあなた様こそ私の運命の人オオオフォォーー……!」
『め、目が怖いですマリネラさん! カナタさんも見てないで助けてくださいぃーーっ!!』
【聖王歴128年 緑の月 20日】
翌日、馬車を乗り継ぐ為に中継地となる村へと立ち寄った。
この村では物乞いのふりをした引ったくりに遭うはずなので、それらしきヤツを探したところ、道端でこちらをジロジロと見ている怪しい少年を発見。
「影縫い!」
てなわけで、毎度おなじみの一発を少年の影に向けて放ち、足止めしておいた。
これで引ったくり事件を未然に防げるであろう。
そして、俺達がそいつの目の前を通ると……
「うっ……くっ!」
ボロ布を被った物乞いの少年が立ち上がろうとするも、俺の投げた木串に影を縛られて動けない。
そして、座ったままポロポロと涙をこぼして泣き始めた。
「うう、腹が減りすぎて動けなくなっちまったんかなぁ。オラが死んじまったら病気のおっかあが……。誰か、助けてくれえ……!」
『っ!?』
エレナが慌てた様子で駆け寄って影に刺さった木串を引き抜くと、困惑した様子の少年に話しかけた。
『私は回復魔法を使えます! 病気のお母さんを助けられるかもしれませんっ』
「ほ、本当かっ!?」
そのまま少年に案内されて向かった先には小さなボロ家があり、そこにはやせ細り横たわる女性の姿があった。
エレナは目を細めながら容態を確認すると、安心した様子で両手をかざして魔法を唱えはじめた。
『これなら私のスキルでも大丈夫。……アンチドート!!』
ふわりと緑色の光が女性の身体を包むと、黒色の靄が吹き出して宙へ離散した。
毒素が消え去り、みるみるうちに血色が良くなってゆく。
そして母親はゆっくり目を開けると、涙を流しながら我が子を抱きしめたのだった。
◇◇
「病に倒れた貧しい母子を救うなんて……エレナ様はもしかして女神なのではありませんか? ああっ、私の身も心も全て捧げますぅぅぅーーーっ!!」
『ひゃあっ! なんで脱ごうとしてるんですかーーーっ!?』
これはもうだめだー。
「ついに自らの身体まで捧げて崇拝し始めちゃったよ……。このまま行くと変な宗教作られちゃうかもね」
『エレナねーちゃんも災難だなあ』
『ひーんっ! どうしてこんな事にぃぃーーーっ!』