033-宝剣ライトニングダガー
「レベル差……はははっ! 全く、アタシとした事が今回は大ポカだらけだ!!」
アナイスは自嘲気味に叫ぶと、床を強く蹴り天井近くまで飛び上がった。
その直後、さっきまで彼女が居た場所には細い鉄串が刺さっていた。
言うまでもなくカナタが「影縫い」のために放ったものだ。
「不意打ちで影縫いとは、さすが同業!」
「同業って言うんじゃねえ!」
怒るカナタに対しアナイスはニヤリと笑うと、壁から壁へと飛び移りながら投げナイフを繰り出し始めた。
「くっ……!」
カナタはそれらを的確に回避し続けているものの、次の手が出せない。
実はアナイスの動きは影を一定させないための「影縫い対策」であり、同職ゆえに弱点を理解した上で意図的に行っているものだった。
『ウォーターボールっ! フリーズアローっ!!』
エレナも立て続けに低級水属性スキルを放つが、あまりにも変則的なアナイスの動きを捕捉できず、いずれも回避されてしまった。
「ははは! さっきまで威勢良くレベル差がどうとか言ってたのはどうした!」
アナイスを倒すだけで良いのであればエレナには上位魔法が、カナタにはイフリート召喚という奥の手はあるものの、床に伏した人達を巻き込んでしまう危険性が高い。
しかもイフリート召喚に至っては封印してから一度も呼び出した事が無いため、その威力がどれほどのモノなのか想像もつかない。
「そんじゃ、そろそろここらでお暇させて頂くとしますかね」
「させるかっ!」
アナイスがこの場を離脱しようと高く跳ぶと、それを先回りするようにカナタが前に飛び出した。
このカナタとかいう男、どうやら冒険者としては腕は立つようだが、人間と戦った経験はほとんど無いらしく、壁を飛び回る自分に翻弄される姿はひどく滑稽だ。
そんな事を思っていたアナイスの脳裏に一つの邪心がよぎった。
――ここでライトニングダガーの斬り試しをやっちまっても良いんじゃないか?
『カナタさん!!』
アナイスから放たれる殺気の変化にいち早く気づいたエレナが叫んだ。
直後、アナイスは逃亡しようとしていた軌道を変えてカナタの頭上へと跳ぶと、帯刀していたライトニングダガーを右手で抜いて振り下ろした。
「死ねェーーーー!!」
それがアナイスにとって「生涯で最大の大ポカ」だとも気づかずに――。
キィィィィンッ!!!
広間に金属同士が強くぶつかる音が響き、アナイスの右手に握られたライトニングダガーはカナタの頭上で静止していた。
「ライトニングダガーを……受け止めた、だと……?」
――宝剣ライトニングダガーは、使用者の能力に応じて切れ味が増す。
――使い手によってはミスリルやオリハルコンすらも切り裂く。
それはアナイスが自らカナタへ伝えた事だ。
しかも、自らの振るうライトニングダガーは、とてつもない強度を誇る宝物庫の扉ですら容易く切り裂いていた。
それを……この男は受け止めた?
唖然としながらカナタの手元に目をやったアナイスは、彼の握るそれを見て絶句した。
「き、貴様! いったい何故それを……ぐあァっ……!!!」
カナタはアナイスの問いに答える事無く拳を突き上げると、アナイスの腹部へ一撃を叩き込んだ。
アナイスは痛みの衝撃で気を失い、ドサリと音を立てて床に倒れる。
「はぁ……。やっぱ悪党だって言っても、女の人に手ぇ上げるってのは嫌なもんだな」
カナタは気まずそうにアナイスを一瞥しつつ、自分の右手を見て呟いた。
【エピローグ】
幸いにもアナイスの麻痺毒霧に致死性は無かったらしく、しばらくしてライナス殿下や他の兵士達も目を覚ました。
俺はすぐにライナス殿下に駆け寄りライトニングダガーを返却したのだが、それを見て殿下は困惑の表情を浮かべていた。
……仕方あるまい、だって目の前にはライトニングダガーが『二本』あるのだから……。
「世界にひとつしか無いとされる宝剣が二つとは、一体どういうことだ? 片方はずいぶんと使い込まれているようだが……」
ライナス殿下の問いに対し、俺は観念して事実を伝える事にした。
「実は、このライトニングダガーもこの宝物庫から持ち出されたモノなんです」
「何だとっ!?」
常闇の大地へ向かうため「死の洞窟」を突破する事になった勇者パーティは、出発直前に勇者特権をフル活用して世界中にあるレアアイテムを集めまくったのだが、ライトニングダガーもその一つだった。
勇者特権のおかげで、正義のためであれば宝物庫から武器を持ちだしてもお咎めは無いものの、正直なところ後ろめたさが無いといえば嘘になる。
「なので、今まで散々使っておいて何ですけど、返却させて頂ければと……」
俺が申し訳なさそうにライナス殿下に伝えると……殿下は豪快に笑った。
「わははははっ! お前はおかしな事を言うのだな!!」
「???」
「そもそも、既に"本物がここにある"というのに、贋作を並べて保管する馬鹿者がどこにいる? しかもそんなに実戦で使われてボロボロになってしまっては芸術的価値もゼロだ」
「え、えーっと、それはどういう……?」
困惑する俺を見てライナス殿下は再び笑うと、古ぼけたライトニングダガーを手に取り、俺の右手に握らせた
「持って行くがいい。今回の怪盗ルフィン事件の解決と……少し遅くなったが、我が妹プリシアを救ってくれた礼だ」
「殿下……っ! ありがとうございます!!」
俺はライトニングダガーを握りしめると、腰の鞘にしまってから深々と頭を下げた。
だが、そんなやり取りをしている最中、我が愚妹がとんでもない一言をぶっ放した。
「殿下ってことは……ライナス殿下は"プリシアちゃん"のおにーちゃん?」
「プリシアちゃんっ!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、サツキのそれは大国のお姫様の呼称として大変マズい!
だが、ライナス殿下は少し驚きつつもサツキに向かって優しい口調で問いかけた。
「君がプリシアをそう呼ぶのは、何か理由があるのかな?」
「へ? プリシアちゃんがあたしをサツキちゃんって名前で呼ぶことになって、じゃあ私はプリシアちゃんって呼ぶね~って話になったんだけど……もしかして駄目?」
うん、すごく駄目だねーっ!
というか、昨日俺達が宝物庫の警備をしている裏で一体なにがあったんだ!?
愚昧の爆弾発言にオロオロしている俺を尻目に、ライナス殿下は首を横に振ると、サツキの頭を軽く撫でながら再び豪快に笑った。
「我が妹は少々世間知らずなところもあるが、今後とも仲良くしてやってくれ」
「うんっ!」
というわけで兄妹ともども、ライナス殿下の寛大なご厚意のおかげで難なく事が済んで、俺はほっと胸をなで下ろした。
そして、ウチのバカ妹にはキッチリと対王室マナーを叩き込んでおこうと決心したのであった。