026-弱者
【聖王歴128年 青の月 38日 深夜】
『これより、ユピテルの処刑を執り行う』
村の中央に柱が突き立てられ、その上には縛られたユピテルの姿があった。
ずいぶんと粗末な作りではあるが、これがエルフ村における「処刑台」らしい。
『かの者は炎の精霊イフリートの封印を解き、さらに封印の指輪を村から持ち去った罪により、裁きを受けるものとする!』
『見つけた時点で封印は解かれてたんだ。村の皆だって、オイラみたいな落ちこぼれがそんな事できっこないって知ってるだろ!』
長老の宣言に対し、ユピテルは抗議の声を上げるが、村のエルフ達は何も答えようとしない。
『弓、構え!!』
エルフ弓手が掛け声に合わせてショートボウを引き絞ると、他のエルフ達は顔を伏せて惨状から目を逸らした。
まるで、この場において自分だけは無関係であると言うかのように……。
『ちくしょー! なんでだよーーっ!!』
『放て!!』
ビィンッ!!!
極限まで強く張られた弦に射られ、矢は真っ直ぐに夜の闇を貫いてゆく!
あまりの恐ろしさに村の皆が目を瞑り耳を塞ぎ、夜の村に静寂が訪れた。
『……』
……だが、あまりにも静かすぎる。
ユピテルの悲鳴どころか、矢の中る音すら聞こえないなんて。
村の者達が疑問に思い、重いまぶたをゆっくり開くと……放ったはずの矢は、ユピテルの目の前で氷に包まれて静止していた。
『こ、これは一体……!?』
【鑑定結果】
名称:猛毒の矢
説明:主に暗殺者が用いる、ショートボウ用消耗アイテム。
効果:即死(確率大)
「やっと見つけたぜアーチャー野郎! てめえがガラスを割った犯人だな!!」
『なっ!?』
突然現れた俺達の姿を見て、エルフ村の連中がざわめく。
『我が村に無断で立ち入るとは、おのれ人間め許さぬぞ!!』
「うるせえ! てめえに言いたい事は山ほどあるけど、まずは割ったガラス代を払いやがれ!!」
怒りの形相で怒鳴る俺にエルフの長老はたじたじになりながらも、チラリとエルフ弓手へと視線を向けた。
弓手はその意図を察してか、すぐに矢をつがえて弓を構える!
……が、首にロングソードが突きつけられると、震えながら地面に膝をついて両手を挙げた。
「正義を愛する僕としては、こういう悪役っぽい登場はあまり好まないんだけどね」
『勇者カネミツ! 貴様いったい、どうやってあの小屋から出たっ!?』
予想通りの反応にやれやれと両手を広げて苦笑するカネミツだったが、処刑台に縛られたユピテルを見て、嫌悪感を露わに村長を睨みつけた。
「悪役っぽい登場は好きじゃないけど……こういう外道は大嫌いだ。反吐が出る」
『くっ! ……お前達、自分達が何をしているのか分かっているのか!!』
「寄ってたかって濡れ衣の子供を処刑しようとしてた連中に言われてもなぁ」
俺のぼやきが聞こえたのか、エルフの長老は怒りながらユピテルを指差して叫んだ。
『今アレを殺らねば、炎の精霊イフリートが村を焼き尽くすのだぞ! 我々の計画を台無しにするつもりかっ!!』
『……なるほど、それが狙いですか』
感情を一切感じさせない絶対零度の声が村に響き、エルフ達は小さな悲鳴を上げた。
長老が恐る恐る目を向けた先には、白いローブに身を包んだエレナが居た。
『罪無き少年を捕らえ、村の災厄たる炎の精霊と共に始末する……。このような狂気が誰にも止められる事なく実行に移されてしまった事が大変残念です』
『おのれ、貴様は何者だっ!!』
図星を突かれた村長は怒りの形相で怒鳴るものの、フードを外したエレナの姿に、村長だけでなくエルフの村民全員が絶句した。
そこに居たのは薄水色の長い髪に蒼い目をもつ、人ならざるもの……精霊だったのだから。
『私は水の精霊エレナ。森と共に生き、自然と平和を愛するエルフの民ともあろう者達が、この体たらく……恥を知りなさい!』
『黙れ黙れ黙れッ!! かつてこの村は炎の精霊イフリートによって蹂躙され、多くの犠牲者を出したのだぞ! それを小童一人の命で救えるのだ! 部外者からいくら罵られようとも、村を護る為に最善を尽くす我らを誰が非難など出来るものか!!』
エルフの長の言葉に対し、カネミツが文句を言いたそうに奥歯をギリリと噛みしめる。
そして、彼が苦言を口にしようとしたその時、頭上から声が響いた。
『だったら、どうしてオイラを騙すような真似をしたのさ!』
『っ!!』
『それなら、最初から正直に言っててくれれば良かったじゃないか!! オイラ、怖くて辛くて、それでも皆の事を思って、頑張って遠くに逃げたのに……うぅ……』
頭上で嗚咽を漏らすユピテルの姿に、村人達は困惑している。
未だに状況を理解していない鈍感な連中に対し、ついに堪忍袋の緒が切れたカネミツが近くの木桶を蹴飛ばして叫んだ。
「いつまでも黙ってないで何か言ったらどうなんだ! この子は最初から被害が自分だけで済むよう、全ての罪を背負い込んで頑張ってたんだぞ! それも、自分を見殺しにした村人全員を助けるためにっ!!!」
村人達は、まるで時間が止まってしまったかのように、その場に立ち尽くす。
カネミツに言われた事で、ついに自分達が何をしていたのかを自覚したのだろう。
そして気づいたのだろう……ユピテルを生贄にして自分達だけが助かろうとした罪の重さに。
「なあ、村長さん。アンタらにとっては炎の精霊イフリートは決して抗えない災厄なのかもしれないけど、俺らの国の連中が集まればきっと倒せるからさ。もう一度イフリートを封印し直して、ユピテルの呪いを解いてやってくれないか?」
俺が解決策を持ちかけると、村長は首を……横に振りやがった!!
「なんでだよっ! まだ分かんねーのかよ!!」
『違うっ! 貴様の言おうとしている事は理解している!』
「だったら、どうしてっ!!」
『……この村に、イフリートを封印できる術者が居らぬのだ』
「え……?」
言葉の意味を一瞬理解出来なかった。
それから、村長は事の真相を語り始めた。
『イフリートを召喚したのも、指輪に封印したのも、全て我が村の祖先であった。そしてかつての惨劇の後、我が村では高度な魔術を禁忌とした。再び悲劇が起こらぬよう、森で暮らし身を守るのに必要最低限の魔法以外の習得を禁じたのだ。争い事を再び起こさぬよう、身の丈に合わぬ力を持たぬよう……』
「じゃあイフリートの封印が解けたのは……まさかっ!」
『祖先のかけた封印が弱まったのが理由だ。ゆえに、イフリートが再び復活すれば……全てが終わる』
村長が力なく呟いた直後、村の中を凄まじい熱風が吹き荒れた!
その発生源に目を向けると、そこには処刑台に縛られたユピテルの姿だけ。
だが、彼を縛っていた綱は煤となり、やがて熱風が炎を纏い始めた。
『……終わりの、始まりだ』
村長は絶望の表情で炎の中心を眺めている。
そして、ユピテル……いや、炎の精霊イフリートは村を見渡すと、ニヤリと不敵に嗤った。