013-見たかった笑顔
【聖王歴128年 青の月 23日】
ついに運命の日がやってきた。
俺達三人が朝から魔法学校へ向かったところ、偶然にも勇者カネミツと校長が立ち話をしているところに遭遇したのだが、そこにシャロンの姿は……無い。
「この度は期待に応えられず、本当に申し訳ありません」
「いえいえ。あんな幼い子供を過酷な冒険に誘おうとした僕が浅はかだっただけですよ」
カネミツはそう言うと、少し名残惜しそうに学校に目を向けて溜め息を一つ。
「ですが、彼女はいつかきっと世の人々を導く偉大な賢者になるでしょう。色々と気苦労が絶えないとは思いますが、あの子が魔導の道を踏み外さぬよう支えてあげてください」
「ええ、もちろんですとも」
校長との会話を終えたカネミツははそのままの足で冒険者ギルドへと向かって行った。
「ということはっ!」
『もしかして!』
俺達は駆け足で研究棟へと向かい……というか、エレナが単独で突っ走っていった。
それからシャロンの研究室のドアをノック……というかガンガン叩いていた。
さすがのサツキも少々引いている。
「え、えーっと……エレナさん、それはちょっと、どうなのかなー……」
『シャロンさん、居ますかっ! 居ませんかっ!?』
それから数秒と経たないうちに部屋の奥からドドドドッと走る音が聞こえたかと思うや否や、勢いよくドアが開かれた。
『あっ、おはようござ~~あいたーーっ!!』
そしてエレナの脳天にジャンピングチョップが炸裂した。
「朝から騒がしいっ!!! あと、周りの部屋の迷惑になるからドアをバンバン叩くのもヤメなさいっ!!! ぶっ殺すわよっ!!!」
『ひえーーー、ごめんなさーーーーい!』
思いきり怒られてシュンとなるエレナの姿に苦笑しつつ、俺は改めてシャロンの前に立った。
「よう、おはようさん」
「ハァハァ……おはよう。っていうか、朝っぱらから何か用?」
「何か用と言われると特に無いんだけどな。……それより、そっちのお二人さんこそ、どうしたんだ?」
研究室の中にある古ぼけた椅子にちょこんと座っている「落ちこぼれ下級生二人組」について俺が問うと、シャロンはぶっきらぼうに答えた。
「私の講義を受けた後、二人で復習したら分からなかった場所が自力で解けるようになって嬉しかったんですって。別にその報告だけならいつでもいいのに、朝っぱらから寮の私の部屋にまで押しかけてきたのよ? 非常識すぎでしょ!」
シャロンに苦言を吐かれ、メランダとキャシーは申し訳なさそうにペコペコと頭を下げる。
「だって、キャシーがどうしても行きたいって~……」
「あーしもわかんねーんすよっ! なんか夜明け前に目が覚めちゃって、今すぐにお礼を言わないと、一生言えないままシャロンちゃんセンパイがどっか行っちまいそーな気がしたんすっ!!」
「あはは、そんなわけないじゃん~!」
二人とも笑いながらそんな話をしていたが、それを聞いたシャロンは目を見開いて驚いていた。
もちろん、俺達三人も。
「おにーちゃん、あの子……ヤバくない?」
「とんでもねー逸材だったりして」
『予知夢は……神の領域ですね』
三人は思わずゴクリと息を飲んだ。
「と、ところでメランダさんとキャシーさんは今後どうするのかな?」
俺の問いかけに、下級生二人組は少しはにかみながらシャロンの方へ向いた。
「さっき先輩にもお願いしたんだけど、ここでしばらく学ばせてもらおうかな~って」
「あーしの目標は、万年赤点からの脱出! ……あイタっ!」
あまりにも低すぎる目標に、シャロンは無言でキャシーをチョップしていた。
「とりあえず私が卒業するまでには、二人とも真っ当に~……できれば良いんだけどね。残念ながら、私の力をもってしてもこの二人の馬鹿っぷりを必ず更生させるって断言できないわ。こんなに己の力不足を感じたのは生まれて初めてよ……」
「が~~ん!」
「ひどくねー!?」
ぶちぶちと文句を垂れるおバカ後輩コンビに両手でチョップを入れつつ、シャロンは再びくるりと振り返った。
「んで。アンタ達こそ、次にどこへ向かうつもり?」
いきなりシャロンから質問を受けて、俺達は顔を見合わせた。
「俺らが旅してるって、シャロンに話したっけ?」
「あのねぇ。初対面であなた言ってたじゃない、エレナさんが世の中を見て回りたがってる~って。なのに魔法学園の見学だけで帰っちゃったら、そんなの旅じゃなくて観光でしょ」
そりゃごもっとも。
俺は机に地図を広げてエメラシティに指を乗せ、それを下に向けて滑らせた。
「次は聖王都プラテナに向かおうと思ってるんだ。しばらくはそこで滞在かな」
「あら、だったら私の実家に手紙を届けてもらえると助かるのだけど、良いかしら?」
「えっ!?」
勇者パーティで2年間も一緒に旅してたのに、聖王都にシャロンの実家があるなんて初耳ですけどーーっ!?
それを口に出したい気持ちをぐっと堪えつつ平常心で返す。
「ああ、それじゃ手紙を書き終えるまで待っておくから、出来たら呼んでくれ」
「ええ、助かるわ。……ホント、ありがとうっ!」
お礼を言いながら、天真爛漫にシャロンは笑った。
――時間の無駄よ。私に話しかけないで頂戴。
シャロンが心を押し殺して俺に向かってそう吐き捨てた時、彼女はもしかしてずっと心のどこかで助けを求めていたのではないだろうか。
そんな彼女を救えなかった俺自身も、ずっと心残りで……。
だけど、今度は間違えなかった。
今度こそ知る事が出来た。
……この子は、こんな素敵な顔で笑えるんだって。
――そして、俺の目に涙がボロボロとこぼれた。
「あれ……?」
「え、えええ……お礼を言われて泣くとかドン引きだわ……。ちょっと妹さん、アンタ普段どれだけお兄さんに酷いこと言ってるわけ?」
「人聞き悪いコト言わないでっ! ちょっと、おにーちゃんっ!? 私の名誉に関わるんだから、ちゃんと弁明してよーーーっ!!」
俺は騒ぐサツキを軽くあしらいつつ服の袖で涙を拭おうとすると……ハンカチを持った細い手が俺の目元にそっと触れた。
「ん、エレナ?」
『良かったです、本当に……』
嬉しそうに微笑むエレナ。
そんな彼女の目からも、綺麗な涙の粒がこぼれた。
―― 第二章 魔法使いの少女シャロン true end.