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Episode2 自然の摂理の上で




「そろそろ、この居るだけで気が滅入ってくる森、抜けられたりできないものか…」


 そう独り言をこぼしたカナデは、木々を掻き分けながらも、この鬱蒼とした森からの脱出を試みようと、3時間もの間、散策を続けていた。

 そんな彼は、運動好きな健康的な青年……ではなく、暇さえあれば本を読み耽っているような、まさしくインドア派であったが故に、疲労の溜まり具合も早いものだった。

 

「ふぅ〜、ちょっと休憩するか。」


 腕で額の汗を拭ったカナデは、膝から崩れ落ちるようにその場に座り込む。


「にしても、喉は乾いたし、お腹も空いてきたし……せめて川とか木の実とか、そういうのを見つけられないと普通に死にかねんわこれ。」


 木に背を預けて、体を休ませながらも、疲弊からなのか、平時ではそこまで出ない独り言を呟き続けるカナデ。


「何かないもんかね〜。」


 そんな、体を動かすのが億劫な彼は、首だけを動かして、軽く周囲を観察した。

 確認してみれば、相も変わらず鬱蒼と生い茂る木々が視界に入るのみで、川や木の実は疎か、山菜らしきものまで見当たらない。

 ただ一つだけ、食料に出来そうなものがあるとすれば──、


「あんなの、食べていいのか悪いのか、素人には判断つかんわ…」


 木々の根本にまばらに生えた、毒々しい赤い見た目をした──キノコだった。

 いくら本が好きなカナデではあっても、どのキノコが食べられて、どのキノコに毒が含まれていて食べてはいけないのか、などということはわかるはずもなく…


「…はぁ」


 カナデは、そんな食料確保もままならない現状に、嘆息を漏らした。


 そうやって、カナデが大きなため息をついていると、不意に。


 ──ガサガサ


 この森中を支配する静寂を破るように、枝を掻き分ける音が耳に飛び込んできた。

 カナデは慌てて立ち上がり、背を預けていた木の後ろに身を隠す。


(こんなところに居るのなんて、多分ヤバい猛獣とかの可能性の方が高いんだろうけど……でも、もし人なら助けてもらえるかもしれない…)


 そうやって淡い期待を持ちながらも、カナデは音の聞こえる茂みに視線をやり続けた。

 そしてしばらくして、その茂みの中から飛び出して来たのは──、


「…えっ?」


 白髪のロングヘアーに、“惹き付けられる両眼”を持った、恐らく10歳そこそこの儚げな雰囲気をした、可愛らしい少女だった。

 そんな場違いな者の登場に、望んでいた人間の登場ではあったのだが、カナデは一瞬、思考停止した。

 もし仮に、こんな森で人に合うことがあるのならば、それは恐らく男性で、猟師さんとかそういう職業の方だろうと漠然と予想を立てていたからだ。

 しかしカナデは直ぐに、驚いている場合じゃなかったと、(かぶり)を振って立ち直る。


「あの…」


 そしてカナデは、木の後ろからゆっくりと出て、驚かせないように、少女に慎重に声をかけた。

 そうして、


「……大丈夫か?」


 と、続けて少女を憂う言葉を投げかける。


 なぜ彼がそのような言葉を使ったのかと言えば、

 少女は疲弊した様子で、肩で息をしていたからだ。

 そんな彼女の服は、あちこちが破けていたりしており、そんな様相にカナデは、“何故かの理由はわからないが、恐らくこの鬱蒼とした森を無我夢中で駆け抜けた為だろう”と、そう推測した。

 そんな、カナデの問いを受けた少女は、


「……人?…なんでこんな所に?…ッ!」


 問いに答えるでもなく、心底不思議そうな表情を浮かべていた。

 そうしてから突然、思い出したかのように、少女は“ハッ”とした表情へと顔色を変えて、


「直ぐにこの場所から離れてくださいっ!」


 緊迫した面持ちでカナデに、そう呼びかけた。


 いきなり様子の変わった少女に、面食らったカナデが、その理由を問おうとした、


 その時──、




 ウオオォゥーン



 ──遠吠えが辺りに響きわたった。


 それを聞きとると、少女は顔色をさらに悪くして、


「早く逃げてくださいっ!」


 尚もカナデに、この場から離れるよう強く諭す。


 そんな彼女の必死な様子に、“なかなかまずい事になってるみたいだと”カナデはなんとなく、少女の置かれている状況を察した。

 そうして、


「君はどうするんだ!」


 カナデは、少女の言葉を聞いて逃げたりはせずに、問いかける。


 カナデとしては、自身の推測が正しければ、少女を置いて逃げ出す訳にはいかなかったからだ。


(彼女の状況から見れば恐らく)


 息を切らしていたこと、服がボロボロであったこと、それらの事を踏まえれば、恐らく少女は先程の遠吠えの何者かから逃げているのではないだろうかと。

 カナデは十中八九それで間違いないだろうと、そう予想建てていた。


 そんな彼女の行動の中で、カナデの琴線に強く触れたものがあった。

 それは──、


(でも、そんな絶体絶命の状況なのに…)


 そう彼女は、そんな危機的状況にも拘わらず、助けを乞うでもなく、巻き込まないようにする為か、必死の形相で見ず知らずの他人である自分を、この場から離れさせようとしていたことだった。

 

(なぁ、どう思うよ?そんなこと、普通できないだろ。)


 “待ち受ける悲惨な未来が想像できて、それでも自分は彼女と同じ行動を取れるのか”と、カナデは己にそう問いかけた──、そうして決める。


「ッ!…私はいいから逃げてくださいっ!」


 カナデの問いに、変わらずの言葉を発する少女。

 そんな少女は体を小刻みに震わせながらも、カナデが追われないようにする為か、カナデが逃げるまではこの場から動く気がないようだった。


 そんな事をしている間に、遂には茂みを掻き分けて、こちらに向かってくる音が聞こえ始める。


「俺はちょっと、あの遠吠えの主に用事があってな。悪いがここから逃げ出すことは出来ない。」


「え?用事?」


 そんなカナデの予想外の言葉に、少女は思わず聞き返す。


「君はここに用がないなら、早くこの場から離れたほうがいい。」


「……でも、あなたは…」


 言い淀んだ少女は“ある理由”からカナデが恐らく、戦える人間ではないだろうと予想していた。

 “彼の言い分も、おそらく私が逃げた時に負い目を感じさせないようにする為ではないか”と。


 そうこうして、少女が逡巡する様子を見せていると──、


「来たな。」



 遂に茂みをかき分けて、遠吠えの主が姿を現す。


(おいおい、なんだこのデカさは)


 カナデが心の内でそう悪態をついたものの正体は、

 ──1体の狼であった。

 その狼の体長、体高はカナデの知見にあるものの、倍はあろうかという巨大な体躯を誇っている。


(……でも、やらなきゃならない時って、あるもんだろうが!)


 カナデは気圧された自分に、心の内でそう叱咤を入れてから、狼を見据えた。

 狼はよだれを垂らしながらも、二人から10mほど離れた所で二人の方へと光る眼を向けている。

 そんな狼の様子からは、まるで声が聞こえて来るかのようだった。

 “どちらから食ってやろうか”と。


 その中で、カナデは狼の方へと一歩前へ出た。 

 “俺の方から来いよ”と挑発するかのように。


 そんなカナデの様子を見て取って、少女は、


「ま、待ってくださいっ!あなたからは“魔力”が感じられません……それでどうやって戦おうと言うんですか!」


 鬼気迫った様子で、カナデに静止の言葉を投げかける。

 そんな少女の言葉を受けて、“魔力、なるほど。本当におかしな所に来てしまったみたいだ”と、カナデは感慨に耽ってから。



「魔力だかなんだか、知らないが。任せておいてくれよ。」

 


 少女を安心させようと、少し強気な言葉を発する。



 ───そうして、彼はその文言を言葉にした。







【 虚構の扉よ──開け 】



 



 

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