【 月下の抱擁 】
魔の巣穴と呼ばれるその部屋に、暗闇がじわりと広がっていた。頼りのない、揺らめく蝋燭の灯火が、漆黒のフードに顔を覆う者たちの影を、部屋の壁に踊らせている。
そんな室内を、唯一の小窓から差し込む青白い月の光が、不気味な静けさで満たしていた。
黒装束に身を包む彼らの面持ちは神妙なものであり、部屋には緊迫した雰囲気が漂っている。
「我らが直面する選択は重大だ。既に時は満ちてしまった。組織内に於いても個々の信念が衝突する今、我々は如何にすべきか。」
静寂を破るように、重々しい、低い声が暗晦な室内に響き渡る。
其々の思惑が混ざり合い、絡まり合い、暗闇の中で運命の歯車が静かに動き始めていた。
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狡猾な風が、衰微しながらも家屋の隙間を通り抜け、内に居るものに、少々の肌寒さを感じさせる。部屋の中を吹き抜けるその風は、まるで運命の不可避性を囁くかのように、その者の心をざわめかせた。
「…嫌な風ね。」
その者は窓辺に立ち、深い空を彷徨う月の光を浴びていた。視線は一心に月へと固定され、その眼差しは遥かなる彼方へと飛び立って、まるで月の神秘を欲し、旅路に出たかのようだった。
そんな、窓辺で孤独に佇むその者の姿は、やるせない哀愁を湛えていた。
徐に、その者が月に向かって手を伸ばす、
すると──、
“きら” と、胸元の何かが、月の光に照らされて煌めいた。
その者は月へと伸ばしていた手を、緩慢に胸元へと持っていく、そうして銀色の光を放つ、精巧な彫刻のなされたペンダントを優しく撫で付けた。何度か彫刻に手を添わせてから、それを顔前へと持っていく。
その者はペンダントを物憂げに見つめて──、
それの“扉”をそっと開いた。
開けてみれば、小さな宇宙のような様相を持っているそれは、ロケットペンダントであった。
ペンダントの内は、濃紺色を基調としており、星々に見える小さな光がペンダントの中を散らばって、中央にはまるで時計のように、複数の針が弧を描いて“チクタク”と時を刻んでいる。
「もう…こんなに経ったのね。」
その者は沁み沁みとした様子で、ただそれだけ言葉を漏らすと、ペンダントを優しく両手で包み込み祈るような姿勢で、そっと、胸元に寄せて抱きしめた。
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