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Episode13 差し伸べられた手は優しげな顔で





「これはっ、エヴァレット中将閣下!」


 そう言った若者は、一人の中年の男性に向かい背筋を正し、敬礼をしていた。


「おぉ、確か君は、ダナン君だったかな。殊勝な心掛けだね、こんな朝早くから教会に赴くとは。」


「いえ、中将閣下こそ。」


 そう言って若者ダナンは頭を下げた。


「あぁ、私はこんな歳になっても子に恵まれぬでな。…まぁ、神頼みと言うわけだ。」


 彼は、軽く苦笑いしながらそう言った。

 そして、少し遠い目をしながら、それまであった夜の静けさを劈くように、朝日が眩しく輝く、まだ少し白みがかった空を見上げる。


「……まぁ、そろそろ養子を迎えるという事も、考えなければならないであろうがな」


 そして彼は誰に言うでもなく、そう小さく呟いたのだった。





_________





「おがぁさん、おどぉざん……だれ…がぁ…」


 私は大声で泣き続けた。

 だけど、そうやって泣き叫んでも、お父さんやお母さんだけじゃなく、だれ一人として私の前には現れてくれなかった。

 あのお父さんの優しげな目で、あのお母さんの優しげな声で、もう一度、抱きしめて欲しかった。

 安心させて欲しかった。


 嘘であって欲しかった。

 気の迷いであって欲しかった。

 そもそも、現実であって欲しくはなかった。

 私は信じたくなかった。

 私に向けたお父さんのあの暗い目も、お母さんのあの言葉も、現実の事だとは思いたくなかった。


 夢であってほしい。


 私はそう願った。心の底からそう願った。


 そんな強い思いを持ったまま、私はまた泣き疲れて意識を落とした。






  

──────



   





 目が覚めても何も変わらなかった。そこはどこともわからない知らない街の路地裏だった。


 それから私は必死だった。


 必死にお父さん、お母さんを探したのだ。


 けど、自分の住んでいた村の名前すら知らなかった私は、私の居た村がどこにあるのか、それすらわからないまま時間がたっていった。

 そうしていると、すぐにそんな事をしている余裕もなくなった。

 お腹がすいたのだ。この場所に来る前にも全然食べてなかったから、すぐにそんな事になってしまった。

 私は生きるために、食べても死ななそうな物なら何でも食べた。

 吐きそうになるのをおさえて、無理やり口の中に押し込んだことがいっぱいあった。



 街の人に頼ろうとした事もあったけど、それをしたのは最初だけだった。


「食べ物を、食べ物を恵んでくれませんか。お願いします。」


「やだよ、もう。うちだって食べてくのに精一杯なんだよ!あんたみたいな誰とも知らないガキに食わせてやれるもんはないよ!さっさとどっか行きな!」


 そう言ってドアが勢いよく閉じられた。

 毎回こうやって追い返されてしまうのだ。


「もー、気味が悪い。あんなのに彷徨かれたら気が滅入ってしょうがないわ。」


 そして閉じられたドアの向こうから聞こえる私への悪口。





────────







 この場所に来てから時間がたって、ちょっとずつ思うようになったのだ。

 迎えに来そうな感じもない今を見て、わかるようになったのだ。


 お父さんのあの目も、お母さんのあの言葉も“本当”の事だったのだと。

 

「分かってたの…本当は分かってたの、最初から。でも、でも゛ね゛……」


 我慢できなかった。あの日と同じように、涙があふれてあふれて、腕で何回ふいてもあふれてしまって止まらなかった。


「やっばり゛、しんじだぐ、しんじだぐながっだの、わ゛だしは、ゔっ、な゛んで、ごう゛なっだのがみざま゛…ゔっ、だれがぁ、だれ゛がぁ」


 そうやっていくら泣いて叫んでも、誰かが差しのべてくれる手なんて絶対に来ない…


 私はそう考えて、少しずつに声を上げるのも嫌になって、その場所には私のすすり泣く音だけがひびいた。



 ポツポツ


 ポツポツポツ



「……づめ…たぃ」



 いきなり、私が悲しんでいるのと同じみたいに、ポツポツと雨が降ってきた。


「……もう…わだし、むりだよ。…………ぎっと、ごのせかい゛に、がみざまなん゛て──、」


 そうやって言い切ろうとしたら、とがった何かが私のぼやけた目に写った。

 それは、雨に打たれて楽器のような高い音を出している、ガラスのかけらだった。


「…あ゛れで……あ゛れを、」


 私は思った

 あれを、首に刺しちゃえば、楽になるんだろうかって

 私はゆっくりと、そのガラス片をひろって

 自分の首に押し当てた

 


 そうして、私は強く目をつむって───、


 大きく勢いをつけて、首元に刺し込んだ。



 


 ───だけど、





「……え゛?」



 確かに、刺した感覚があったはずなのに、痛みが来なくて、

 いったい何が起きたのかと、私は恐る恐るまぶたを開いた


 するとそこには──、






 ガラス片を手で受け止めて血を流す人がいた。


 その人は痛いだろうに、そんな表情は少しも見せずに、私に優しい微笑みを向けてくる。



「ごめんな。」


 顔も、声さえも知らないその人は、何故かいきなりそう謝ると、雨に打たれて、冷たくなり、うずくまっていた私を…



 “優しく両腕で抱きしめ、優しく包み込んだ”




 とてもとても温かかった


 久しぶりの温もりだった


 なぜだか、その温かさがここちよくって


 なぜだか、涙があふれてくる


 状況なんて、なんにも良くなっていないはずなのに


 なんだかもう…



「大変、だったね。」


「ぁ…」


 “きっともう、何もかも大丈夫”と、そう思ってしまうくらいに。


 とても優しい久しぶりの人の温もりは、本当に本当に心地よくって、温かくって。


 私はあふれ出す涙にさからわずに泣き続けた。


 その全てを理解して、受け入れてくれるみたいな言葉に、もっと声を上げて





 その人は

 大丈夫?とか

 ご両親は?とか

 そんなありきたりな言葉じゃなくて

 その人は



【 その人は。アラステア・エヴァレットは。私の父は。優しげな顔でただそれだけ言って、泣き続ける私をそっと抱きしめ続けてくれたんだ。 】







町民たちがイルを助けてくれなかった理由としては、この時代、自分達の事だけで精一杯と言う理由も確かにありますが、やはり、イルがオッドアイを隠していなかった事が主たる原因になります。

そして、アラステアがイルに対して、最初に謝罪した理由としては、この地は彼の領地であり、彼が民衆を大切に思う心優しき領主だからです。


お読みいただきありがとうございました。

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