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赤い月が見ている  作者: 日向あおい
第五話 風にのせて
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(12)

 ◆◇

 

 

 さらさらと、朗らかな音を奏でる流水は、天高くのぼった月を映し込み、閉じ込めている。

 水面で反射した月明かりは、美しい宝石のように光輝き、獣の顔を照らしていた。

 首筋や足から止め処なくあふれる体液は、ついに川へと流れ込み、水鏡の月を赤黒く染めていく。

 ふわりと風が舞い上がった。

 大きな桜は枝を揺らし、葉の歌声が囁くように獣に降り注ぐ。

 

 獣はゆっくり目を閉じた。

 

 あの人は、もうすぐここへ現れるはずだから、もうすこし待っていよう。

 必ず来るはずだから。

 

 でも、あの人は、なんというだろう。

 言いつけを守れなかった自分に、がっかりするだろうか。

 皆を一緒に連れてくるといったのに、自分ひとりで、のこのこ来てしまった。

 

 けれど、あの方が殿様に任せておけば大丈夫だと教えてくれたんだ。

 もう、あとは殿様が、必ず村の皆を助けてくれるからと。

 

 獣は急激な眠気に襲われた。

 

 なぜだろう。

 このまま眠ってしまいたい。

 でも、もうすぐあの人がくるから。

 

 あの人の笑顔を、もう一度見たいんだ……。

 

 ──おまえの名は、今日から鷲太だ。勇ましく、自由にどこまでも飛んでいけるように──。

 

 そう……あの方に僕が翼をあげるんだ……。僕の翼を……。

 

 

 ザワワ……。

 

 再び、夜風が桜木を揺らしたのと同時に、獣は動かなくなった。

 その顔はとても穏やかで、楽しげな夢を見ているかのように。

 月だけに見守られながら……。

 

 すると不思議なことが起きた。

 獣の体から、無数の光の玉のようなものが飛び出してきたのだ。青白く輝く、指先ほどの小さな光は、風に揺らめくようにして天へと上っていく。まるで最後の宴を催すように華やかに、命の喜びに満ちていた。

 かつて、このような命の終わりを目にした人たちは、蛍と見間違えたに違いない。なんと幻想的な光景だろうか。

 

 中に一つだけ、人目を盗むかのように、こっそりと別の方向へと浮遊していく光玉があった。

 そして、その光は迷うことなく、桜の幹へと、吸い込まれていく。 その様子に、他の光たちは気づく様子もない。

 最後の光の玉が、獣から飛び出した時だった。獣のいた場所には、小さな小さな白猫が傷だらけとなって息絶えていた。

 よく見ると、その光だけ他のものと色が違う。形状も球体ではなく、鮮血のように赤く燃える、まるでの蝋燭の炎のようにも見えた。

 炎は、その白猫と別れを惜しむように、暖かな光を放ちながら、額近くを漂った。

 そして突如、猛スピードで西の方へと飛び去ってしまった。

 

 つぎには、河原は何事もなかったように、日常を取り戻した。



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