(12)
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さらさらと、朗らかな音を奏でる流水は、天高くのぼった月を映し込み、閉じ込めている。
水面で反射した月明かりは、美しい宝石のように光輝き、獣の顔を照らしていた。
首筋や足から止め処なくあふれる体液は、ついに川へと流れ込み、水鏡の月を赤黒く染めていく。
ふわりと風が舞い上がった。
大きな桜は枝を揺らし、葉の歌声が囁くように獣に降り注ぐ。
獣はゆっくり目を閉じた。
あの人は、もうすぐここへ現れるはずだから、もうすこし待っていよう。
必ず来るはずだから。
でも、あの人は、なんというだろう。
言いつけを守れなかった自分に、がっかりするだろうか。
皆を一緒に連れてくるといったのに、自分ひとりで、のこのこ来てしまった。
けれど、あの方が殿様に任せておけば大丈夫だと教えてくれたんだ。
もう、あとは殿様が、必ず村の皆を助けてくれるからと。
獣は急激な眠気に襲われた。
なぜだろう。
このまま眠ってしまいたい。
でも、もうすぐあの人がくるから。
あの人の笑顔を、もう一度見たいんだ……。
──おまえの名は、今日から鷲太だ。勇ましく、自由にどこまでも飛んでいけるように──。
そう……あの方に僕が翼をあげるんだ……。僕の翼を……。
ザワワ……。
再び、夜風が桜木を揺らしたのと同時に、獣は動かなくなった。
その顔はとても穏やかで、楽しげな夢を見ているかのように。
月だけに見守られながら……。
すると不思議なことが起きた。
獣の体から、無数の光の玉のようなものが飛び出してきたのだ。青白く輝く、指先ほどの小さな光は、風に揺らめくようにして天へと上っていく。まるで最後の宴を催すように華やかに、命の喜びに満ちていた。
かつて、このような命の終わりを目にした人たちは、蛍と見間違えたに違いない。なんと幻想的な光景だろうか。
中に一つだけ、人目を盗むかのように、こっそりと別の方向へと浮遊していく光玉があった。
そして、その光は迷うことなく、桜の幹へと、吸い込まれていく。 その様子に、他の光たちは気づく様子もない。
最後の光の玉が、獣から飛び出した時だった。獣のいた場所には、小さな小さな白猫が傷だらけとなって息絶えていた。
よく見ると、その光だけ他のものと色が違う。形状も球体ではなく、鮮血のように赤く燃える、まるでの蝋燭の炎のようにも見えた。
炎は、その白猫と別れを惜しむように、暖かな光を放ちながら、額近くを漂った。
そして突如、猛スピードで西の方へと飛び去ってしまった。
つぎには、河原は何事もなかったように、日常を取り戻した。