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赤い月が見ている  作者: 日向あおい
第一話 赤い詩
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3 女狐VS妖気姫

 3 女狐VS妖気姫



 ぱちん。

 ぱちん。 


 一定のリズムで聞こえてくる。扇が開閉される音だ。

 かと思うと、魂がすべて抜け出てしまうのではないかと思うくらい深い深いため息が部屋を漂う。 


「……父上はまだ出かけぬのか」 


 澄んだ水のような声が、暇をもてあました感たっぷりで吐き出された。 その質問に、傍に控えた女官が、否、と短く答えた。 

 すると、よりいっそう深い深いどこまでも深いため息が再び部屋中を覆う。 南向きの明るい部屋なのに、どんよりと暗いのは気のせいだろうか。 


「父上も、行くならとっとと行けばよろしかろうに。何もモタモタ、ノタノタ、ぐずぐず、じたばたと……」 


 何度聞いても、見目麗しく、高貴な姫の言葉とは思えない。 

 女官はもう、完全にお手上げだった。どう扱っていいかわからないのだ。女官長には、“片時も傍を離れてはならない”ときつく何度も何度も念を押された。  


 しかし──。  


 女官は、思わずため息をついてしまった。 

 とたんに、姫はそのため息を同意と捕らえたらしく、嬉々とした返事が返ってきた。 


「そうであろう? そちもそう思うであろう?」 

「は、はあ」 


 もうやけくそだった。 


(誰か来て。私一人で姫を見ているのは無理よ) 


 女官は祈るように、部屋の入り口を見た。 

 すると、かたん、とその入り口の妻戸が押し開けられる音が聞こえた。女官にとっても、姫にとっても、天の救いのように感じられた。 


 が、現れた人物に二人は同時に心の中で悲鳴をあげた。 


(お、お方様!!) 


 女官は慌ててひれ伏す。姫も、優雅な身のこなしでさっと立ち上がり、上座を譲った。そして、誰もが見とれる上品なしぐさで、義母に頭を下げた。








一姫いちのひめ。変わりはありませんか」 


 母は、扇で口元を隠しながら、姫に声をかけた。その声は抑揚がなく、一切の感情を感じられない。

 しかし、姫はにこりと微笑み、母と同じように扇で口元を隠しながら、返答した。 


「ご心配ありがとうございます。母上もお変わりございませんか」 


 親子であり、同じ屋敷にあったとしても、毎日顔を見合すことは無い。母は屋敷の北に部屋が設けられ、そこからめったに出てこない。姫も、自分の部屋からはめったに外にでない。……ことになっている。


「一姫に、今日はお話があってまいりました」 


 母は、機械的に話をする気のようだ。姫は、それでもまったくかまわない。かまわないが、この人が嫌いだった。


 大嫌いだ。  


 この母も自分のことを好いてない。それは全身でびしびしと、物心ついた時から感じていた。  

 それが証拠に、この母は姫のことを、一姫と呼ぶ。これは一番目の姫という意味で、名前ではない。姫はこの人が、自分の名を呼んだのを生まれてこの方聞いたことが無いのだ。 


(もったいぶってないで、さっさと話せばよいものを) 


 姫もそんなことを思っているなどと表には一切ださない。 

 そもそも、この女性は、弟たちの母ではあるが自分の実の母ではない。  


 父、良兼は、京都から姫の母と共にこの上総に赴任したが、すぐに地元の権力者、源護(みなもとのまもる)の姫を正妻に向かいいれた。それが、この女性だった。その後、姫の実母は亡くなってしまう。 

 姫にしてみれば、実母の座を押しやって正妻に納まり、挙句、母が亡くなった後はいよいよ姫までも邪険に扱われ、幼き頃から憎む要素しか見当たらない人物だった。 


(いったい何だというの) 


 姫の心の中のいらだち様といったら表現に尽くしがたいものがある。 


「一姫もそろそろ、お年頃。わたくしの父がとても一姫を気にかけておいでです」 

「お気遣い痛み入ります」 


 姫はわざとらしく、にこりと微笑み、深々と頭を下げて見せた。内心でははらわたが煮えくり返っていたのだが。 


(余計なお世話だ! だいたい、私は誰にも嫁ぐ気はない!!) 


 口元を扇で覆っているのが幸いし、姫の口が引きつっていることは誰にも分からない。 


「そこで、殿と相談しましたところ、わたくしの弟の、(たすく)に一姫が嫁ぐことになりました。そのつもりで」 


 姫はさすがに二の句が告げなかった。 


 何だって?

 今、この女狐は何て言った? 


 姫が絶句している間に、母はすっと立ち上がり部屋を後にした。そのことに気がつかないほどに、姫は頭が真っ白になっていた。 


(嫁ぐ? 私が? しかも、よりによって、女狐の生家に? それも狸親父の息子に!?) 


 姫は呆然としたまま、その場から動けなかった。 


 その一部始終を、固唾を呑んで見守っていた女官は、その姫の背中から、まるで妖気のようなドス黒い怒りを感じた。そして、誰でもいいから来てくれと懇願した自分の愚かさを心底悔やんだのだった。



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