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赤い月が見ている  作者: 日向あおい
第五話 風にのせて
35/47

(3)

 ◇◆

 

 

 その村にいた全員が、その光の柱に目を奪われていた。自分たちの置かれた、脅威もその時だけは、すっぱり忘れていた。

「……なんだあれは」

 松吉は呆然とつぶやいた。東の空に立ち昇る赤い柱は、そう遠くない森で仁王立ちしているかのようだった。

 脳裏に、森にいるはずの、あどけない少年の笑顔がよぎり、全身があわ立つような感覚に襲われる。

「……鷲太」

 松吉は、ついこぼした。

 松吉の隣に居た鮎太郎には、その小さな声が聞こえたらしい。

 鮎太郎が彼を振り返った。二人の視線が交差する。松吉があの光の柱を見て、真っ先に考えたのは鷲太のことだったが、彼も同じだったらしい。

 心配するな、鷲太なら大丈夫だ、というように、鮎太郎がそっと松吉の肩に手を置いた。松吉は、それを受けて、深くうなずいた。

 村のどの人にも愛されていた息子。一緒にすごした日々は、わずかであったが、それでも自慢の息子にはかわりない。

 頭のいい子だから、きっと何があってもうまく逃げて、元気に戻ってくるに違いないのだ。

 松吉はもう一度だけ東の空を見上げた。

 息子を信じよう。

 あの子が信じる、命がけで守ろうとしている人を信じよう。

(だいたい、あの若さまが嘘をつけるタマか?)

 松吉から自然と笑みがこぼれた。

 泥だらけになっても、日に焼けても、白い歯を見せて朗らかに笑う青年のどこに偽りがあったというのだ。

 嘘が言える性質(たち)ではないのは、自分がよく知っているじゃないか。

 それなのに、さっき突然現れた、得体のしれない、しかも明らかに村を害する存在であるあの男を信じるというのか。

 まったく自分もどうかしている。

 松吉の瞳に、わずかではあるが、明るい光がともったように見えた。が、すぐさま水をさされることになる。

「何がおかしい」

 松吉の顔から、すっと笑顔が消えた。

 得体の知れない男──扶は、薄気味悪い笑顔をたたえ、松吉を見下ろしている。森の異変などには興味がないようだ。

 それ以上に、興味をそそられるものがこの村にはあると、確信しているのだろうか。

 まったく反れることない視線は、松吉のすべてを見透かすように、一度だけ上下に動いた。

「つれて来い」

 扶が従者に命じて、彼のすぐ足元へ松吉を移動させた。片足が不自由だというのに、この上なく乱暴な扱いを受け、松吉はわざとらしく憤慨してみせた。

「何か知っているのだな、お前」 

「何度言ったら済むんですか。森の方へ逃げたのをみた。それ以外にお教えできることは何もありません」

 今度は、足を投げ出し、あぐらをかいて見せた。あんたには屈しない。そう態度で示したのだ。

 扶は、さらに、面白いおもちゃを見るような目つきで、すぐ足元にいる松吉を見下ろした。

「そいつも、だ」

 扶は松吉の後ろを指をさした。松吉はその指の先を目で追う。

 扶の指の先では、鮎太郎が明らかに動揺した顔を松吉に向けた。

 すぐに従者は、二人がかりで鮎太郎を取り囲み、すがるように松吉をうかがう彼の両腕をつかむと、松吉のすぐ隣に座らせた。

 その様子を村人たちが固唾を呑んで見守っている。緊張感と共に、二人を案じる視線が、二人の背中に注がれていく。それが心強く感じた。

「お前たち何かこそこそしていたな。隠し立てすると、いいことはないぞ。すべてを白状すれば、我が配下として取り立ててやってもよい。こいつらの下に付けてやる」

 さも、愉快だといわんばかりに、扶は言った。

 こいつら──扶が顎で指したのは、村を襲った盗賊頭だった。

「!」

 若い鮎太郎の顔にあからさまな怒気が浮かんでいく。扶が自分たちの怒りを煽って、楽しんでいるのは分かっている。だが死んでいった妻子の顔がちらついて、感情が押さえられない。

 松吉はそっと、そんな鮎太郎の腕をつかむ。松吉の手の優しさに、はっとなった鮎太郎がこちらを向いた。松吉の柔らかな視線が鮎太郎の心を包み込んでいく。

 落ち着け。相手の策に乗るな。

 松吉の瞳が、一瞬、強く光った。鮎太郎には家屋の炎が反射して、松吉の目は赤く燃えているようにも見え、鮎太郎は押し黙った。

 二人は、再び扶に向き直った。

(馬鹿にしやがって)

 松吉の中で静かに燃え上がる炎は、とどまるところを知らない。いや、鎮火する方法など、忘れた。    

「よかろう。私の最後の温情も受け入れてもらえないとは、実に残念だが、致しかたあるまい」

 きらり。

 その時、暗闇の中で、扶の目が怪しく光った。

 その光は、赤い光の柱が閃光に変わった瞬間のもので、松吉はその閃光を扶の瞳越しに見たのだ。

 同時に、何かが、松吉の視野をかすめ、足に当たった。

(今……何かが落ちた……?)

 視線を自分のひざに落とし、太ももに突き刺さる刀を目にした瞬間、激痛が松吉の全身の感覚神経を占拠した。

 

「ぎゃあああああーーっ!!」

 

 村中を松吉の悲鳴が駆け抜けた。

 扶が、あぐらをかく松吉の太ももめがけて、己の刀を投げ刺したのだ。

 前触れもなく行われたその非道な行為に、誰もが理解するのに時間を要した。刺された本人ですら! 

「う、うわああっ!!」 

 松吉の隣にいた鮎太郎も、串刺しになっている松吉の太ももを見て、腰を抜かす。その場から逃げ出したい気持ちを何とか押さえ、とどまることに成功した。だが、今にも崩れ落ちそうな自制心の崖の上に立たっている状態。

 少し離れてたところで、二人の様子を見守っていた村人たちも、迫り来る恐怖に我を忘れて、悲鳴を上げた。

 

 殺される! 

 このままでは、全員殺されるっ! 

 助けてくれ! 

 

 叫び、その場から逃げ出した者もいたが、すぐさま扶の従者に捕らえられ、その場で切り殺されていく。

 逃亡者の末路を目の当たりにすることで、その場にいた村人全員は、逃亡の意志を、完全に剥ぎ取られることになった。扶の狙い通りに。

 

 逃げることは許されない。

 村人たちに残された選択肢は────死か、服従か。

 すべては、その二つの選択肢しかないことを、身をもって悟らせるため。

(ど……どこまでイカれた野郎なんだ……)

 松吉は、激痛のあまり、手放しそうな意識をなんとかつなぎとめた。

「……やめろ! ワシに話が……あるんだろうがっ!」

 搾り出すような松吉の声は、村の隅々まで響き渡った。一瞬で、村はしんと静まりかえる。

 しかし、松吉はそれだけ叫んだだけで、めまいを覚える。いつでも意識が飛びそうな状態だった。

「ま、松吉さん!」

 我に返った鮎太郎が、今にも崩れ落ちそうな松吉を察し、自分の肩を貸すようにして寄りかからせた。

「ま、松吉さん大丈夫かっ!」

「ああ……」

「松吉さん……」

 何とか笑顔を見せた松吉だが、額には大量の汗が、次から次へと湧き出てきた。

「ほう。気丈だな。足1本では足りぬか。次は手を切り落とすか」

 扶はうれしそうに、言った。

「や、やめてくれ! それ以上は松吉さんが死んじまう!」

 鮎太郎は、震えた声で訴えた。 

「では、おまえが、知っていることを話せ。ならば、考えよう」

 扶は妖しく笑う。その言葉を待っていた、とばかりに。

 鮎太郎は、ごくりと喉を鳴らした。松吉の顔を覗き込む。

 松吉には、鮎太郎の動揺が手にとるようにわかった。

(だめだ……)

 そう声に出したい。

 あの人を、守らねば。

 息子だって命をかけている。それなのに、自分ばかりが自分可愛さに、あの人を裏切れるわけがない。

「……っ……くっ」

 だが、息をするのがやっと。声が出てこない……。

 肩で息をする松吉を見て、鮎太郎は顔をゆがめる。どうしたらいいんだ。

「松吉さん!」

 松吉は限界だった。徐々に細くなる意識を、完全に手放す覚悟をするしかないのだろうか。

 

 

(鷲太…………お多恵……)

 

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