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赤い月が見ている  作者: 日向あおい
第四話 赤い月が見ている
32/47

(12)


 ◇◆

 

 

 

 突然のことで、何がおこったのかわからなかった。

 

 気がつけば、良兼は猛烈な衝撃波に吹き飛ばされ、馬の上から地面にたたきつけられていた。

 あまりの衝撃波に、空気は大地を揺らしたのだが、自分が落馬した時に受けた衝撃に、全身の感覚神経が占拠され、良兼にはその揺れはまったく認識されなかったようだ。

 

 本能的にとった受身。ごろごろっと地面を転がり、すぐに体制を整えることが出来たが、体中すり傷だらけになった。

 不意打ちであったのに、そこは、どこかの若輩武士とは違う。経験の差と言おうか、修羅を生き抜いてきたからこそ、研ぎすまされた野生と言うか。

 反射神経もまだまだ、とうに四十をすぎた今でも、衰えてはいないようだ。

 

 良兼は体を起こすと、勢いよく背後を振り返り、呆然とする。


「……な、なんだあれは!?」


 先ほどまで、良兼がいたその場所から空高く、天に続く、火柱がそびえ立っていた。

   

 なぜだ。

 今さっき、自分の重臣に子供と謀反人を処罰せよと、命を下したばかり。

 なのに、なぜ!

 どうして、強烈な爆発音と衝撃波が自分を襲うこととなるのだ!

 

 おぼつかない足取りなのは、今、馬から落ちた時に痛めたからではない。

 一歩一歩、そこへ近づくにつれて、だんだん浮かび上がる光景に、さすがの良兼も目を見開いた。


「こ、これは……」


 地面からまっすぐ天に向かって伸びた、真っ赤な光の柱。ただの光の柱ではない。ごうごうと大きな音をたて、燃えさかる柱だ。

 外に出ている顔や手の皮膚が、焼けるように熱い。

 火柱によって、周囲の空気の温度は二百度を超え、そこから激しく、灼熱の上昇気流が吹き荒れていた。

 顔に吹き付ける熱風によって、あっという間に口の中が乾き、ひりひりし出したのを自覚していた。


 良兼は、思わず一歩足を後退させた拍子に、ふらりとめまいを覚え、近くの木に右手を添えた。

 が、手がぬるっとすべる。その暖かな感触に、ぎょっとして、木の幹を見れば、幹には大量の血液が付着していた。

 少し視線を上にずらすと、枝に串刺しになり、息絶えた従者の姿が目に入った。衝撃波で吹き飛ばされた先に、運悪く太い枝があり、串刺しになって絶命したのだろう。

 だが、よくよく見れば、骨と肉の塊と化した従者は、彼だけではない。火柱を中心にして、綺麗に円を描くようにいくつもの遺体が落ちていた。

 全身を強打したのか腕も足もあさっての方を向いている者、炎に飲まれたのか墨と化した者。どれも皆、一瞬で絶命したに違いない。それほど痛ましい遺体で、長く直視はできない。原型が分からないものもある。


 全滅だ。


(戦場よりもひどい有様だな……)


 良兼の額を、冷たい汗が伝っていった。

 自分も、あの時、この場を去っていなかった同じ運命をたどっていたということか。

 そう思うと、肝が冷えた。

 と、その時、良兼の聴覚がわずかに反応した。

 熱波のうなり声の中に、かすかに人のうめき声が混じっていたような気がしたのだ。


(生存者がいるのかっ!?)


 良兼は、自分の耳に神経を集中させた。


「……ううっ……」


 今度ははっきりと聞こえた。

 声は、火柱の向こうから聞こえてくる。


「誰か、生きてるのか!?」


 良兼はじりじりと火柱の方へ近寄ろうとしたが、風圧と熱波でそれ以上近づくことができない。

 しかたなく、円を描くように火柱の反対側へと足を踏み出した。

 一歩一歩、足を進めるうちに、火柱のすぐ横に、一人男がうつぶせで倒れているのが目に入った。そしてそれは良兼を驚愕させた。


(ばかな! なんで、無傷なんだ。やけどもしていない!!)


 良兼が、その男の倒れている場所に行くには、十メートル以上の距離を、熱さと風圧に耐えて進まなくてならない。常人にはとても、近寄ることは出来きないだろう。

 それなのに、そこに転がっている男はどこにも火傷の後もなければ、着ている衣類ですら損傷がないように見える。

 この激しい風も、その男の衣服どころか、髪一本すら動かせていない。

 まるでそこだけ異空間であるようにも見える。その男が見えない壁で守られているかのようだ。


「おいっ!! お前、無事なのか! 生きてるのかっ!?」


 誰でもいい。生きていてほしい。

 良兼は、自分でも気がつかないうちに、そう願っていた。



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