(12)
◇◆
突然のことで、何がおこったのかわからなかった。
気がつけば、良兼は猛烈な衝撃波に吹き飛ばされ、馬の上から地面にたたきつけられていた。
あまりの衝撃波に、空気は大地を揺らしたのだが、自分が落馬した時に受けた衝撃に、全身の感覚神経が占拠され、良兼にはその揺れはまったく認識されなかったようだ。
本能的にとった受身。ごろごろっと地面を転がり、すぐに体制を整えることが出来たが、体中すり傷だらけになった。
不意打ちであったのに、そこは、どこかの若輩武士とは違う。経験の差と言おうか、修羅を生き抜いてきたからこそ、研ぎすまされた野生と言うか。
反射神経もまだまだ、とうに四十をすぎた今でも、衰えてはいないようだ。
良兼は体を起こすと、勢いよく背後を振り返り、呆然とする。
「……な、なんだあれは!?」
先ほどまで、良兼がいたその場所から空高く、天に続く、火柱がそびえ立っていた。
なぜだ。
今さっき、自分の重臣に子供と謀反人を処罰せよと、命を下したばかり。
なのに、なぜ!
どうして、強烈な爆発音と衝撃波が自分を襲うこととなるのだ!
おぼつかない足取りなのは、今、馬から落ちた時に痛めたからではない。
一歩一歩、そこへ近づくにつれて、だんだん浮かび上がる光景に、さすがの良兼も目を見開いた。
「こ、これは……」
地面からまっすぐ天に向かって伸びた、真っ赤な光の柱。ただの光の柱ではない。ごうごうと大きな音をたて、燃えさかる柱だ。
外に出ている顔や手の皮膚が、焼けるように熱い。
火柱によって、周囲の空気の温度は二百度を超え、そこから激しく、灼熱の上昇気流が吹き荒れていた。
顔に吹き付ける熱風によって、あっという間に口の中が乾き、ひりひりし出したのを自覚していた。
良兼は、思わず一歩足を後退させた拍子に、ふらりとめまいを覚え、近くの木に右手を添えた。
が、手がぬるっとすべる。その暖かな感触に、ぎょっとして、木の幹を見れば、幹には大量の血液が付着していた。
少し視線を上にずらすと、枝に串刺しになり、息絶えた従者の姿が目に入った。衝撃波で吹き飛ばされた先に、運悪く太い枝があり、串刺しになって絶命したのだろう。
だが、よくよく見れば、骨と肉の塊と化した従者は、彼だけではない。火柱を中心にして、綺麗に円を描くようにいくつもの遺体が落ちていた。
全身を強打したのか腕も足もあさっての方を向いている者、炎に飲まれたのか墨と化した者。どれも皆、一瞬で絶命したに違いない。それほど痛ましい遺体で、長く直視はできない。原型が分からないものもある。
全滅だ。
(戦場よりもひどい有様だな……)
良兼の額を、冷たい汗が伝っていった。
自分も、あの時、この場を去っていなかった同じ運命をたどっていたということか。
そう思うと、肝が冷えた。
と、その時、良兼の聴覚がわずかに反応した。
熱波のうなり声の中に、かすかに人のうめき声が混じっていたような気がしたのだ。
(生存者がいるのかっ!?)
良兼は、自分の耳に神経を集中させた。
「……ううっ……」
今度ははっきりと聞こえた。
声は、火柱の向こうから聞こえてくる。
「誰か、生きてるのか!?」
良兼はじりじりと火柱の方へ近寄ろうとしたが、風圧と熱波でそれ以上近づくことができない。
しかたなく、円を描くように火柱の反対側へと足を踏み出した。
一歩一歩、足を進めるうちに、火柱のすぐ横に、一人男がうつぶせで倒れているのが目に入った。そしてそれは良兼を驚愕させた。
(ばかな! なんで、無傷なんだ。やけどもしていない!!)
良兼が、その男の倒れている場所に行くには、十メートル以上の距離を、熱さと風圧に耐えて進まなくてならない。常人にはとても、近寄ることは出来きないだろう。
それなのに、そこに転がっている男はどこにも火傷の後もなければ、着ている衣類ですら損傷がないように見える。
この激しい風も、その男の衣服どころか、髪一本すら動かせていない。
まるでそこだけ異空間であるようにも見える。その男が見えない壁で守られているかのようだ。
「おいっ!! お前、無事なのか! 生きてるのかっ!?」
誰でもいい。生きていてほしい。
良兼は、自分でも気がつかないうちに、そう願っていた。