(7)
◇◆
鷹雄と鷲太が村を出てからほどなく、屋敷でも準備を整えた兵士たちが尚子の捜索を開始したところだった。
屋敷の最高権力者、平良兼の命を受けた、腕自慢の男たちが我先にと屋敷から走りでていく。その追手の中には、良尚が日ごろから見回っていた近隣の村々の住人も多く含まれていた。むろん、松吉の村の住人の姿は一つもない。
手柄を立てて、良兼に取り立ててもらいたい。褒美を手にしたい。小さな差はあっても、大方そのような思惑が村人を動かしているのだ。それも、恩義のある良尚と尚子が同一人物であることを知らないということが大きい。
彼らは、屋敷の姫が夜襲に会い誘拐された、としか認識がない。この姫が彼らの良く知る、あの笑顔の可愛らしい若者であると知れば、命に代えても取りかえそうと意気込んで捜索に参加したに違いなかった。
そんな捜索隊の姿を、険しい顔で見つめる人物こそ、この屋敷の主、良兼である。
「義父上殿」
屋敷の中から姿を現した客人に、良兼の顔が自然とこわばった。
「ああ、扶殿か……」
「私も捜索に加わりましょう。未来の妻の大事ですからね」
「……それは心強い」
笑顔の扶にならい、良兼も微笑む。
(何をたくらんでる?)
表情には出さずに、良兼がそう思案をめぐらせていた時だった。
「申し上げます」
中年の男が良兼の前へと駆け込んできた。重臣の一人、市原次郎和兼であった。
「姫様らしき人物を見かけたとの報告を受けました」
「なに!」
「隣村の男たちが、姫を乗せた馬が森のほうへ逃げていくのを目撃したとのことです」
「……森?」
良兼の眉間にしわが刻まれる。
森があるのは、将門の所領、下総の国とは逆の方向。
(どういうことだ……?)
尚子をさらったのは夜盗だったのか?
本当に将門は死んだのか?
しかし、それには解せないことがある。
あの藤乃が夜盗を尚子の部屋へ引き入れたという。そのようなこと、藤乃がするだろうか。
尚子を自分の孫娘のように、大切に慈しんできた藤乃だ。尚子のためなら、命を投げ打っても惜しくは無いというほどに。
その藤乃が、尚子の身を危険にさらすなんて考えられない。
すると、どれが真実なのか。
藤乃の手引きした夜盗が、尚子を拉致した。その後、藤乃が扶に無礼打ちにあった。
(果たして……)
良兼は、隣で立ち静かにことの成り行きを見つめる客人を、ちらりと盗み見る。
どっちにしても、この男の吐いた言葉の中をすべて信じる気には到底なれそうも無い。良兼から深いため息がこぼれた。
「それは本当に尚子なのだろうな?」
「村人の話によりますと、高価な紅の着物が見えたとのことです」
「……紅か。確かに尚子のに違いない」
「何かご懸念でも?」
「……いや、よい。して、夜盗の数は?」
「それほど多くは無いようです。しかし、女官が手引きしたのならば、数名で事足りますゆえ、うまくいけば朝まで気づかれずに、海の上まで逃げられると踏んだものと思われます」
「うむ」
たしかに、つじつまは合う。だが、それは本当に夜盗なら、の話だ。
(いかんな。どうしても、あの男が死んだとは思えん。殺しても死なんようなあの良将の息子だ)
いつの間にか良兼の顔に不適な笑みが浮かんでいた。
良兼は不思議と気分が高揚していたのだ。が、すぐさま隣の扶から水をさされることとなった。
「では、私がその隣村の近辺を捜索することにしましょう」
「いや……もう、その村の近辺にはいないだろうよ」
「その村人たちがかくまっているなんてことも、あるかもしれませんよ──尚姫と私の婚姻を快く思わない人物の命で、ね」
今度は扶が良兼に向かって、にやりと笑ってみせた。それを見た市原和兼が、反射的に声を荒げた。主を馬鹿にされて黙ってはいられない。
「無礼であろう! いくら源殿でも、言っていいことと悪いことがありましょう!」
「和兼、控えよ」
「しかし!」
「控えよ」
家臣を静止ながらも、良兼の胸の中で一気に湧き上がった怒りは収まらない。だが、良兼がそれを表に出すことは決してしない。するつもりもなかった。
良兼は、冷ややかに告げた。
「何を疑っておるのかは知らぬが、こちらはまったく身に覚えのないこと。しかし、確かめたいことがあるというならば、好きにするがよい」
「お許しいただき、かたじけない。では」
「……」
良兼はほどなく、さっさと自分の兵を連れて屋敷を後にする扶の姿を目にすることとなった。