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赤い月が見ている  作者: 日向あおい
第四話 赤い月が見ている
23/47

(3)

 ◇◆

 

 

 

 部屋の外に控える女官の悲鳴で良兼の安眠は妨げられた。反射的に半身を起こす。

 それとほぼ同時に何者かが無遠慮に寝室へと侵入し、目の前に仁王立ちした。


(刺客か!?)


 恨みを買うには、身に覚えがありすぎた。寝込みを襲われるのはこれが初めてではない。とっさに、枕元に置いてある刀に手を伸ばす。

 が、やっと頭に血がめぐってきた良兼は、眉間にしわを寄せる。

 本当に刺客なのか? 刺客なら、こっそり来るものだ。わざわざ、標的を起こす暗殺者などいない。

 わけが分からず、自分を見下ろす影を睨み返した。


「良兼殿。どうやら、女官の躾がなっていないようですよ」

「……扶殿か?」

「夜分に申し訳ない。だが、お知らせした方が良いかと思ってね」


 闇の中に、扶の白い歯だけが薄気味悪く浮かび上がる。異様な空気をまとう扶の姿に、自然と良兼の眉間のしわが深くなる。

 こんな男だったか?

 戦場において、血の匂いにやられておかしくなる者を何人も目にしてきた。

 だが、それとも何かが違う。肌が感じる危険。


「私が処分しておきましたよ。ほら」


 扶が紐か何かで吊るされた、大きな石のような“何か”を、良兼のすぐ横に放った。

 

 ゴト。

 かなり重量を感じる音がした。

 

「…………」

 

 良兼は言葉を失う。薄明かりの中、やっと慣れてきた目は、それが何か十分に判断可能になっていた。

 紐だと思ったものは、ヒトの髪の毛だ。それも長い。そして……白髪まじり。


(まさか……藤乃か!)


 扶は、まだぽたりぽたりと血の滴る老女官の頭部をぶら下げて、良兼の部屋に現れたということか。それは、悲鳴があるわけだ。

 長い付き合いの女官なだけに、さすがの良兼も胸が痛んだ。一方で、首だけになった忠臣を哀れむ心はまだ残っていたのか、と冷静にそんなことを思った。

 それに、尚子を思うと……。

 幼くして母を亡くした娘の母親代わりを勤めていたのは、この藤乃。

 その藤乃のこんな姿を尚子が見たらどれほど胸を痛めるだろう。

 今、尚子は泣いているのだろうか。


「このものは、良兼殿を裏切っていたのですよ」

「……なんだと?」

「この者は、夜盗を姫の部屋へ引き込み、私を殴りつけ、縛り付けたのです」

「まさか、藤乃がそのようなことを……いや、待て。今なんと言った!?」


 夜盗が尚子の部屋に押し入った!?

 良兼は思わず、立ち上がり扶の胸ぐらを掴む。


「夜盗は尚姫を連れ去ったようです」

「何だと!?」

「そして、その夜盗に手を貸していたのがこの女官。まさか、良兼殿の指示ではありますまい? 夜盗に見せかけて、娘を保護し、私を殺そうと企んだ……とか」


 扶はにたりと笑う。

 隙あらば、この国は自分がのっとるぞと言わんばかりのその挑発に、良兼は口元をゆがめた。

 見くびられたものだ。こんな若造に。田舎の豪族風情に。


「冗談にしては、できがわるいな。だが、女官のした非礼はわびる」


 良兼は、扶の胸ぐらを掴んでいた手をはなすと、吐き捨てるようにそう言った。そして、部屋の外へと歩き出す。

 その背中を目で追いながら、扶はくっくっくっと笑った。


「冗談かどうか、楽しみにしていますよ、義父上殿」


 良兼は、背後の扶にちらりと視線を向けたが、すぐに「誰かおらぬか─っ!」と大声を発し、尚子の部屋へと足を向けた。  


(……まさか……あの男の仕業ではないだろうな……)


 死んだと聞かされた。川に落ちたと。

 生きていたのか。

 いや、しかし。生きていたとしても、なぜ戻ってくる。

 わざわざ、この私の怒りをあおるためだけに、戻ってきたのか?

 娘を奪い、宣戦布告のつもりか?


 良兼は、大股で屋敷の西へと一歩一歩近づくにつれ、大きく膨らむ夜盗に対する怒りの中に、確かに、小さな喜びが忍び込んでいるのをはっきりと自覚していた。


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