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赤い月が見ている  作者: 日向あおい
第三話 心の声
14/47

2 覚悟(1)

 

 2 覚悟



 小次郎が、“護衛”と共に屋敷を出た直後だった。

 行く手から仰々しい一行が姿を現した。小次郎一行が馬一頭と7人に対し、相手は馬も人も5倍はゆうにある。すぐに、小次郎にはこれが良尚の言っていた“客”だと分かった。


 小次郎の顔に緊張が走る。

 だんだんと近づいてくると、その顔がはっきりと識別できた。


(源……扶……)


 小次郎は無言で馬を止め、馬から下りて道を譲る。小次郎と一緒にいた男たちもそれにならって道を譲る。

 多勢に無勢ではかなうまい。

 父は最期まで源氏と手を取り合うことは無かった。

 父が“不要”とした男の息子。


(さぞや、嫌われていることだろうよ、こいつら親子には)


 小次郎は静かに頭を下げ、すぐ目の前まで来た男を懸命にたてた──今日のところは、だが。

 

 通り過ぎようとした扶の馬が止まる。


「そなた、確か。佐貫(さぬき)と申したか」


 馬上から澄んだ声がした。


「いかにも。上総介平良兼が家臣、佐貫五郎高重(さぬきごろうたかしげ)にございます。遠路はるばる、ようお越しになられました。殿がお待ちでございます」


 小次郎についてきた伯父の家臣の一人が扶に近づき言葉を返す。

 小次郎の全身の神経に、ぴりっと電気が走る。

 筋肉が緊張する。


 佐貫と名乗った男が、小次郎には聞こえないように扶と数語、言葉を交わす。

 扶が小次郎に視線を再び戻した。


 小次郎は、右足を静かに後ずさりさせた。じゃりの音が大きく響いたように感じる。

 ちらりと、後方へ視線を送ると、二人分はなれたところにいる鷹雄と目があった。


(敵か、それとも──)


 数秒、二人は見つめあう。

 こんなことだろうとは思っていた。だから、鷹雄という男を同行させたのだ。

 が、まさかこんなに多勢を相手にすることになるとは予想してなかった。

 

 この男は、どうするだろう。

 自分に味方すれば、死ぬだろうこの状況で!

 

 しかし、鷹雄の表情からは何も読み取れない。

 まったく、こんな時まで有能な男だ。

 この男がいくら自分を気に入らないとしても。

 この男の世界の中心は──。

 

(──姫さん、信じるぞ!!)

 

 小次郎は、目にも留まらぬ速さで踵を返し、道から木の生い茂る林へと走り出した。

 感づかれると思っていなかった“護衛”たちは、一瞬呆気に取られた後、慌てて腰の刀を抜いて後を追った。5人目の“護衛”である鷹雄も。


「お前たち、手を貸してやれ」


 扶の護衛をしてきた半数以上の男たちが、命令に従い、小次郎の消えた林の中へ身を投じた。


「では、参ろうか」


 扶は、佐貫に微笑みかけた。


「殿が首を長くしてお待ちですぞ」


 佐貫は小次郎の乗ってきた馬に、ひらりとまたがると、屋敷へと引き返していった。

 

 



 

 ◇◆



 

 

 鷲太は膝の上の白猫を撫でながら、そっと視線を投げかけた。


 ぱちん。


 尚姫の手元の扇が閉じてはまた開き、また音を立てて閉じる。

 先ほどから、ずっとあの様子だ。

 ぼんやりと床の一点を見つめたまま、心が遠くにある。


(どうしたんだろう)


 鷲太は小さくため息をついて、膝の上の猫に視線を落とした。


(お前、慰めにいってこいよ)


 鷲太の視線を感じたのか、白猫は顔を上げた。二つの小さな瞳が鷲太を見つめ返す。


『無理よ、私たちにはどうにもならない』


 直接鷲太の心に響くように聞こえる声。

 

(でも、ずっとあの様子だよ。なんか心配なことがあるんだよ)


 猫はあくびをしてから、ふわりとしっぽを動かした。


『あの子はあの男が心配なのよ』

(あの男?)

『あの男』

(……相馬様?)

『知らないわ、名前なんて』

(でも、相馬様はさっき帰ってしまったよ。まだその辺にいるかもしれない!)

『無駄よ』


 白猫は、すっと鷲太を見上げた。

 

(あの男は殺される)

『え!?』


 鷲太の手がびくっとなって、動きを止めた。


(殺されるって、誰に?)

『自分自身に』

(…………全然意味が分からないよ)


 鷲太は肩をすくめて見せた。そして、猫の首根っこを捕まえ自分の目の前に宙ぶらりんにする。


『ちょっと、おろしなさいよ!』

(分かるように説明しないからだ。僕を馬鹿にすると、池に放り投げるぞ)


 一匹と一人は、無言でにらみ合った。

 数秒の後、ふいっと白猫がそっぽを向く。


『わたしにも分からないのよ』


 鷲太はきょとんとした顔をした。


(全部の未来が分かるわけじゃないの?)

『先のことは、決まっていない。決まっているのは今やるべきことだけ』

(はぐらかさないでよ)

『あの子は、このままあの男と離れた方がいいのよ』

(どうして? だってあんなに苦しそうな顔をしている姫様を僕は見たことがないよ)


 鷲太は再び尚姫に視線を移した。

 彼女から笑顔が消える日が来るなんて。

 少なくとも、自分の前では、いつもお日様みたいな笑顔を曇らせることは無かったのに。


(どうしたらいい?)


 鷲太は尚姫を見つめたまま心の中で呟いた。

 白猫は、鷲太の手を離れ、鷲太の小さな肩に音も無く飛び乗る。


『このまま。あの子が早くあの男を忘れるように祈るだけよ……』

(雪白、きみだって姫に拾われたんだろう!? 姫のために何かすべきとは思わないのかい!?)


 鷲太は、肩の上の猫を乱暴に手で振り払った。すとんと猫は優雅に着地する。


『感情を抑えなきゃだめって言ったでしょ』


 白猫の声が厳しく強いものになった。しかし、叱り付けたのは、自分に対する乱暴な扱いについてではないようだった。


『ほら、焦げ臭い』


 確かに、部屋に鷲太が座っていたあたりの床の色が変わってしまっていた。


『大事な姫を焼き殺すつもりなの? わたしにだって限界はあるのよ。いつも側で君の力を抑えることだって出来ない』

(……わかってるよ、ごめん……それにしても、姫様全然気付いてないね、この匂いにも)


 そういわれて、猫が尚姫を振り返る。


『これでいいのよ』

(…………)

『わざわざ、あの男のために命を縮めることは無いわ』


 白猫は鷲太に背を向けたまま、尚姫の方へゆっくり歩き出した。そして、すとんと姫の膝の上へ腰を下ろす。

 さすがに気がついた姫は、弱弱しい笑顔を白猫へ向けた。

 その表情が鷲太の胸に突き刺さる。

 このまま、時間がたてば、尚姫はまた笑ってくれるの?


(……結局、慰めてるじゃないか)


 鷲太は肩をすくめて、ため息をついた。


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