私は17歳!~王太子殿下と私と近衛騎士~
* 前作「私は16歳!~異世界で王太子殿下と婚約中~」の続きです。
前作を読んでいただくと、より人間関係が、わかりやすいと思いますが、今作だけでも、お読みいただけるよう、冒頭に、少し説明(前作あらすじ)を入れています。
私はセリーヌ。17歳。
現在は、この国の王太子妃である。
今から1年半前、16歳の時に、当時婚約者だったレオンハルト王太子殿下との初顔合わせの席で、突然、前世の記憶が甦った私……。異世界転生ってやつね!
前世の私は、夫と息子と東京郊外に暮らす50歳のおばちゃんだった!
その後、前世の息子よりも若い婚約者と、なんだかんだありながらも無事に結婚!
けっこう仲良し夫婦である。
そして、前世の息子にそっくりな近衛騎士ダニエルは、今では王太子妃である私の専属騎士になっている。
息子に似ていろいろ抜けているダニエルが心配で、相変わらず目が離せない。
*****************
最近の私は、ダニエルの花嫁探しに忙しい。
何故だか、レオンハルト王太子殿下も非常に協力的である。
レオン様は結婚前一時、私とダニエルの仲を疑っていたから、ダニエルを早く結婚させてより安心したいのかもしれないが……
もともとダニエルは王太子であるレオン様専属の近衛騎士だった。そのダニエルを結婚後、王太子妃専属近衛騎士として私に付けてくれたのは、他ならぬレオン様だった。
誤解だとはいえ、ダニエルに嫉妬していたくせに私の専属にしてくれるなんて……。
後で知ったが、ダニエルは他はダメダメだが、剣の腕前は近衛騎士団一なのだそうだ。レオン様は、何よりも私の安全を第一に考えてダニエルを護衛に付けてくれたらしい。その事を知った時は素直にうれしかった。レオン様と結婚して良かったと心から思えた。
前世の息子にそっくりなダニエルが自分の手元にいるのは、理屈抜きで嬉しい。たとえダニエルがしょっちゅうポカをしても、私の小言にどこ吹く風でも、やっぱり彼と一緒だと楽しいのだ。
”ダメな子ほど、かわいい”とは、よく言ったものだ。それこそ母性愛だよね。
でも、ダニエルは私の息子ではない。
いつまでも私が心配して守ってあげられるわけではないのだ。
そこで私は、ダニエルの嫁探しを始めた!
いろいろ抜けているダニエルを安心して任せられる、しっかりしたご令嬢を! と思っている。一応、ダニエルの女性の好みも確認したが、
「可愛くて~、胸の大きい娘がいいっす!」
というセクハラもどきの返答であった。王太子妃である私に堂々とこの返事! 不敬だわ!
ダニエルは現在19歳。
本人は特に早く結婚したいわけでもなさそうで、私が嫁探しに奔走していても、どこか他人事のようだ。王太子妃である私のみならず、王太子のレオン様まで協力してくださっているのに!
それでも一応、私に言われるままに何度かお見合いはしている。
「妃殿下~。この間、見合いしたご令嬢は、なんか俺のことバカにしてる感じで嫌です。胸は大きかったっすけど」
なんですってー! 私のかわいいダニエルをバカにしてる!? そんなのこっちからお断りよ! あそこの家には嫌みの一つも言っておいてやろう!
あ~、ホントは母である(違うけど)私がお見合いに同席したいのだけど、さすがに一介の騎士の見合いの場に王太子妃が出ていくわけにもいかない。
ご令嬢を紹介しても、なかなかおいそれと話はまとまらないものね……
この国の近衛騎士団は、基本的に貴族の令息ばかりである。第1騎士団もしかり。第2~第5騎士団には平民も入る事が出来る。平民の男の子にとっては、騎士になるのは立身出世の大チャンス。実績を上げれば騎士爵という(一代限りではあるが)爵位を賜ることもあるのだ。
ダニエルは、近衛騎士で、一応貴族の出身なのだが、地方の男爵家の四男という領地も財産も何も親から受け継ぐもののない立場だ。
近衛騎士の給金は高額なので結婚しても生活に困ることはないのだが、私としてはダニエルの将来を考えて貴族の婿養子に入るのがベストであろうと考えている。
という訳で、男兄弟のいない婿取り希望のご令嬢の中からダニエルを任せられるしっかりした女性をと思っているのだが、なかなか難しいものね……ふぅ
「セリーヌ、どうした? ため息なんかついて」
「レオン様。いえ、なかなかダニエルの縁談が上手くいかないものですから、思案しておりましたの」
「まあ、そんなに焦ることもないだろう。当の本人がのほほんとしているのだしな」
「それがイラッとするのですわ。私がこんなに気を揉んでいるというのに」
「……セリーヌは本当にダニエルのことが気になるのだな」
レオン様は少し寂しそうに微笑んだ。
あれっ? やばい? またダニエルに焼きもちモードになっちゃったかしら?
でも考えてみれば、新婚わずか半年の妻が臣下の嫁探しに一生懸命だなんて、レオン様に申し訳なかったかも。
キラキライケメンだから放っといてもいい、なんてことはないよね。
どんなイケメンでも、新婚の妻が自分より臣下のことばかり考えてたら、やっぱり寂しいよね。
反省……
どうも私は前世の時代からイケメンに対して偏見のようなものが抜けない。
今世の私は公爵令嬢に生まれ容姿もかなりの美人、と恵まれているが、前世では庶民だし、容姿も学歴も平凡な女性だった。恋愛結婚して出産・育児も経験できたし、友達付き合いも上手く出来るタイプだったから、50歳までそれなりに楽しい人生だったと思うけど、イケメンに対しては正直”ケっ”みたいな感情を持っていた。
”親からもらった顔以外に何か努力したことあるんですか?”という意地悪な感情だ。
同じく容姿が良くても、これが女性だとまた違う。美人は美人でいろいろリスクもあって、なかなか大変そうだと思うのだ。
だから私の偏見は男限定だった。”いいよねー。イケメンはやりたい放題で”みたいな。
でも、目の前でしょんぼりする金髪碧眼キラキラ王太子を見ると、さすがの私も”ちょっとかわいそうな事しちゃったな”と思った。
「レオン様……」
が、次の瞬間自分の耳を疑った。
「結婚してから、いろんな有力貴族が『ぜひ、うちの娘を側室に』って薦めて来るんだよ。セリーヌは忙しそうだし、寂しいから側室2~3人作ろうかな」
なんですとー‼
これだからイケメンは嫌いなんだよ‼ やっぱ、顔のいい男は信用ならないね‼
「爆発なさればよろしいわ!」
私は一言、言い放つと、席を立った。
「えっ? ナニ? 爆発?」
驚いた表情のレオン様を置き去りにして、さっさと歩き出す。
私付きの侍女や近衛騎士達が慌てて付いて来る。
私室に戻った私は”イケメン許すまじ!”と全身から黒いオーラが立ち上っていたと思う。
「あの若造め! イケメンで権力があるからっていい気になりやがって!」
お付きの者に聞こえないよう小声で低く呟く。
王太子殿下は21歳。私は17歳なのだが、こちらは50歳のおばちゃんだった前世の記憶持ちなのだ。特に腹が立っている今は”あんの若造!!”という気持ちが湧き上がる。
侍女のエレンが恐る恐る声をかけて来る。
「妃殿下、この後、王妃様とご公務の予定でございます」
そうだったわ。頭に来て忘れるところだった。
「ありがとう、エレン。参りましょう」
当然だが、結婚後、私は王太子妃としての公務を務めている。何もダニエルの嫁探しだけをしているわけではないのだ。
「セリーヌちゃんは本当に大人ね。時々同年代の女性のような気がするわ。一緒に公務を行うのもホントにやりやすくて助かるわ~」
そうおっしゃる王妃様は40代の美魔女である。前世の私よりも少し若い。
こちらの世界は前世の日本に比べるとかなり封建的で、基本的に女性は政治に口出しは出来ない。
でも、王妃様は非常に賢い方で、まずは慈善事業、次に保育・教育行政、その次に医療・保健・介護行政というように、女性が関わってもあまり抵抗されない分野から少しずつ少しずつ取り組まれているのだ。決して声高に行政への女性参加をとなえるのではなく、コツコツ実績を重ね、いつの間にか”その分野なら王妃様”という認識がじわじわ広まるやり方。
その根気と実行力は尊敬に値する。尊敬できる姑って素晴らしい!
私はその王妃様の補助的な公務を行っている。王妃様は自分の後継者として私を育てようとしてくださっているのだ。がんばって期待に応えたいと思うのは当然だろう。
私は、アホのイケメン王太子殿下の件を忘れるべく、公務に打ち込んだ。
書類の山が目に見えて減り仕事が一段落したころ、侍女がお茶を運んで来てくれた。
「セリーヌちゃん、お茶にしましょう」
「はい、王妃様」
「最近、レオンハルトとはどう? 仲良くしてる?」
「ほほほ。もちろんですわ」
いくらレオン様に対して頭に来ていても、王妃様に言いつけるのは愚策である。
レオン様が何をしても、王妃様にとっては、かわいいかわいい息子なのだ。
どんなに王妃様が賢い方であっても、日頃とても公平な感性をお持ちの方であっても、何がどう転んでも母親は絶対に息子の味方なのである。
前世で一人息子を25歳まで育てた私には分かる。
母親に息子の愚痴や悪口を言えば、その瞬間、言った者は母親から間違いなく敵認定される。
私は微笑みを絶やさずに言った。
「レオン様はいつもお優しくて思いやり深くて私は幸せ者ですわ。おほほ」
「……そう。それは何よりね」
王妃様の目がキラリと光った気がしたが、見ない振りをした。
「ほほほほほ」
「おほほほほほほ」
今日の公務が終了した。……疲れた……
その日から、私はレオン様と口をきかなくなった。
公の場では如何にも仲睦まじい夫婦を演じ、プライベートでは完全無視! レオン様もそんな私に腹を立てたのか、あちらからも話しかけて来ない。
私達にはそれぞれ専属の侍女、従者、近衛騎士達が常に相当数付いているので、プライべートと言っても2人きりではない。
王太子夫妻のピリピリとした険悪な雰囲気は、お付きの者達のメンタルをかなり蝕んでしまったと思う。本当に申し訳ない。
でも、私はレオン様と話すのは……
「あー、ホントに無理!」
私は私室のテーブルに突っ伏した。
どうしてくれよう! あの金髪イケメン野郎! もげろ! 禿げろ!
「あの、妃殿下……」
遠慮がちな声がする。侍女のエレンだ。
「生意気を申しますが、王太子殿下の先だっての側室云々のご発言はご冗談だと思いますよ。ご結婚後半年間、ずっと妃殿下のお側にお仕えしておりますが、王太子殿下は本当に妃殿下を大事になさっていると思います」
若いわね~エレン……いや、私と1つ違いの16歳だっけ。
「エレン。イケメンは信用しちゃダメよ! エレンは中身の素敵な男性を見つけて幸せになるのよ!」
パタッ……また突っ伏す私……
「妃殿下……」
困り顔のエレン。ごめんね。若い子が一生懸命励まそうとしてくれたのに、私ってばダメなおばちゃんで。17歳だけど。
私付きの侍女は総勢30人ほどいる。そのうち10人は、実家であるエンヤー公爵家から結婚の際に連れて来た侍女。他の20人は、王宮勤めの侍女で、王太子妃専属として配属された者達である。
エレンは王宮勤めの侍女である。
王宮の侍女はほとんどが貴族だ。貴族令嬢が行儀見習いを兼ねて働いているのである。
王宮にいた事で婚姻にも箔がつくし人脈作りにもなるので、令嬢を王宮侍女にしたがる貴族は多い。
エレンはコラヤー伯爵家の長女である。
とてもしっかりしていて頭のいい子なので、一瞬ダニエルの結婚相手として考えたのだが、家族構成を調べたところ兄がいるとのことで諦めた。
残念。あくまで私はダニエルが婿入りできる家を探しているのだ。
**********
レオン様を無視し始めて1週間が経った。
私は王妃様と公務を行う為、王妃様の執務室に向かっている途中だった。
「そういえば、中庭の花が見頃になっていると聞いたわ。せっかくだから見て行きましょう」
時間に余裕があったので、思いついた私はお付きの者を伴って中庭を散策がてら横切って行くことにした。
私の後ろには侍女が3人続き、その周りに近衛騎士5人が付いている。
「まぁ、綺麗ね~」
と呑気に私が花を愛でていると……
「きゃぁー!?」
右斜め後ろから女性の悲鳴が聞こえたかと思うと、次にザッバーン‼ と派手な水音がした!?
「なにっ!?」
驚いた私が振り返ると……
池に倒れこんでいる侍女のエレンの姿があった。
えっ!? なにっ? どうしたの? エレン、大丈夫!?
びっくりしていると、青い顔をしたダニエルが池に入って、ずぶ濡れのエレンを抱き上げた。
これは大変だ!
「ダニエル! エレンをすぐに部屋に運んで! ヒューイとアンは2人に付いて行って手助けしてあげて! 医者を呼んでエレンを診せるように!」
ダニエルはエレンを横抱きにしたまま、ものすごい勢いで走り出し、私が指示をした近衛騎士ヒューイと侍女のアンも急いでその後を追った。
「一体どうしたの?」
4人の後ろ姿を見送りながら私が問うと、残った騎士達が言いにくそうに口を開いた。
「ダニエルが前を歩いていたエレン嬢にぶつかったみたいです。そのはずみでエレン嬢が池に……」
「はっ!?」
ダニエルかーい‼
「どうしてぶつかるのよ?」
「ダニエルは周囲を警戒して、前をよく見ずに歩いていたのだと」
そりゃあね。護衛だからね。周囲を警戒しながら歩くのは分かる。
でも、だからって前を歩いてる侍女にぶつかって池に落としちゃうなんて有り得ないわ‼
はぁ~、ダニエル。相変わらず、やってくれるわねー。
エレンがケガをしていなければいいけれど……
王妃様の執務室に着いた。
「遅れて申し訳ございません」
「珍しいわね。セリーヌちゃんが時間に遅れるなんて。お付きの侍女も近衛騎士も人数が少ないようだけど、何かあったのかしら?」
「はい。ここに来る途中、中庭でアクシデントがありまして。申し訳ございません。すぐに公務に取り掛かります」
執務を始めて2時間が経った頃、近衛騎士ヒューイが私の元に戻って来てこちらに目礼すると、執務室の入り口に立ち王妃様付きの騎士と並んで警備についた。
すぐにでもエレンの様子を聞きたいけれど、ここは王妃様の執務室で、今は王妃様も私も執務中。この場面で勝手に私がヒューイに話しかけることは出来ない。
しかし、王妃様は戻って来たヒューイをちらと見ると、しばらくして仕事をストップしてくださった。
「一旦、休憩にしましょう。セリーヌちゃん。戻って来た騎士から報告を受けてかまわなくてよ」
「はい。ありがとうございます。ヒューイ、こちらに来て報告を。」
「はい」
「エレンは大丈夫? ケガをしているの?」
「いえ。医者に診せましたが大きなケガはありません。擦り傷が少し、という程度です」
「そう。良かった。今は? ちゃんと休んでいるのかしら?」
「はい。部屋で休んでおります。医者からは、念の為丸1日は安静にするようにと指示がありました。アン嬢とダニエルが付き添っております」
「わかりました。無事で良かったわ」
「それで、その……。少し、王宮の中で騒ぎになってしまいまして……」
「騒ぎ?」
「はい。ダニエルが血相を変えて、ずぶ濡れのエレン嬢を抱いたまま王宮の中を走りましたので、たくさんの人々に目撃されてしまったのですが、目撃した者達が『王太子妃殿下がおケガをされたらしい!』と騒ぎ始めてしまいまして……」
「えっ!? 私がケガ?」
「はい。よく見れば衣装も侍女の物ですし、別人だとわかると思うのですが、何せエレン嬢は全身ずぶ濡れですし、ダニエルがすごいスピードで走ったものですから。ダニエルの慌てぶりを見て、妃殿下がおケガをされたと誤解した者が多くいたようです」
「はぁ……なるほど」
確かに、そう思い込む者は多かっただろう。
ダニエルが私専属の近衛騎士であることは、王宮中の人間が知っている。そのダニエルが血相を変えて若い女性を横抱きにして走っていれば、私の身に何か起こった! と思うのはむしろ自然なことだ。
「その間違いを王宮中で訂正して回っていたので、戻るのが遅くなりました。申し訳ございません」
「良かった。私は無事だと触れて回ってくれたのね。ご苦労様でした」
「はっ」
すぐにヒューイが打ち消してくれたのなら、間違った噂も広がらないだろう。
とにかく、エレンにケガがなくて良かった。私は胸をなでおろした。
嫁入り前の伯爵令嬢にケガなんてさせたら、申し訳なさ過ぎるわ。
あ、でも、ダニエルについては処罰をしなければいけないわね。
周囲の者は、日頃私がダニエルをかわいがっている事を知っている。だからこそ、こういう時に甘い処分をしてはダニエルの為にならない。
謹慎1ヵ月くらいが妥当かしら? 近衛騎士団の団長にも話を通した方がいいわね。
その時だ。
「セリーヌ! セリーヌ! どこにいる!?」
執務室の外から大きな声が聞こえて来る。
聞き覚えのある男性の声……って、レオン様じゃん! 何事?
そして、王妃様の執務室であるにもかかわらず、ノックもなしにいきなり扉が開けられた!
「セリーヌ! セリーヌ! 大丈夫か?! ケガをしているのにこんな所で何をしている!?」
部屋に飛び込んで来たレオン様は、大声で叫びながら私に抱きついて来た。
えーっ!? 何?! どうしたの!?
「母上! ケガをしているセリーヌに無理矢理仕事をさせるなど! 鬼ですか! なんて酷いお方だ!」
すさまじい勘違いだわ!
「セリーヌ! セリーヌ! 医者の手当ては受けたのか? 今すぐ部屋に戻ろう! 歩けるか? 私が抱いて行こう」
私を抱き上げるレオン様。
これがホントのお姫様抱っこね~って、ちがーう‼
「レオン様! レオン様! 落ち着いてください! 降ろしてくださいませ! 私は無事です! ケガなどしておりませんわ!」
「……へっ!?」
「ホントに? ホントにケガしてないのか?」
「本当ですわ。レオン様は間違った噂をお聞きになったのでしょう。事故に遭ったのは侍女のエレンです。そしてエレンも、擦り傷程度で無事でございます」
「……ホントに?」
「本当ですわ」
「はぁ~。良かった……」
そう呟くと、レオン様は私を抱き上げたまま、突然ボロボロと涙を流し始めた。
えっ? 泣く? 泣いちゃうの?
「良かった。ホントに……。セリーヌが無事で良かった……」
号泣するレオン様を見て、あっけに取られる一同……。
あまりのことに誰も声を発しない。レオン様は滂沱の涙を流し続けている。
しばらくして、王妃様が口を開いた。
「レオンハルト! 母に謝罪しなさい」
「えっ?」
「貴方、さっき私のことを『鬼』だと責めたのよ! 謝罪を求めます!」
「は、母上……も、申し訳ありません。気が動転していて……その……とんでもないことを口走りました。申し訳ございません」
王妃様は、心底あきれたようにため息をつかれた。
「レオンハルト。そんなにセリーヌちゃんが大切なら、ちゃんと仲直りしなさい。あなた達、もう1週間も口をきいていないそうじゃない。影から報告が来てるわよ。その原因が貴方の側室云々というバカげた発言だということもね」
影から報告? 私達夫婦には王妃様の影が付けられているの? イヤーン! 怖い! 何もかも筒抜けかーい!? 王宮ってやっぱり怖いところなのねー‼
レオン様は、抱き込んだままの私の顔をのぞき込むと、
「あ、あれは、本気で言ったわけではない。セリーヌに構って欲しくてつい言ってしまって……その……悪かった」だってさ。
構って欲しくて……ってか?
ふふふ……。泣き過ぎてボロボロのレオン様。イケメンが台無しね。いい気味だわ。
でも……
可愛い! 可愛過ぎる!
「ふふ……うふふふふふ……」
「セリーヌ?」
「レオン様、仲直りいたしましょう」
「……!? うんっ‼」
レオン様は何度もコクコク頷いた。
その夜、ようやく落ち着いたレオン様とゆっくり話をすることができた。
「――――で、血相を変えたダニエルが、血まみれのセリーヌを抱いて王宮の中を走ってたって聞いて、もう動転してしまって膝はガクガク震えるしサーッと血の気が引いていくのが自分で分かったよ。慌てて私室に行ってみてもセリーヌの姿はないし、何だかもう頭の中が真っ白になって、セリーヌの名を呼びながら王宮中を駆けずり回って探したんだ」
「それは、また……」
私は絶句してしまった。
なんという情けない姿を王宮中に晒してしまったのでしょう。このキラキライケメン殿下は……
それにしても、今「血まみれのセリーヌ」って言った?
多分、「ずぶ濡れ」→「血まみれ」に変化したんだね。
まさに伝言ゲーム状態。だいたいこういう時は、話が酷い方向に大きくなっていくものだけど。
どうやらレオン様は、最終的に1番酷い内容に膨れ上がった噂を聞いてしまったらしい。
「レオン様。ずいぶんと格好悪いところを皆に見せてしまいましたわね。でも、私を心配してくださってありがとうございました」
「セリーヌを心配して探し回ったことを格好悪いなんて思っていないよ。私はセリーヌを心から愛しているのだから。全然、恥ずかしくない」
ひぇ~‼ 聞いてる方が恥ずかしいわ‼
その夜、レオン様は私にしがみついたまま眠り、一晩中離れなかった……ぐぇ、苦しいってば!
************
1ヵ月後、謹慎処分の解けたダニエルが私の元に挨拶に来た。
「妃殿下。この度は申し訳ありませんでした。今日から復帰して護衛に付きます」
「ダニエル。エレンが無事だったから良かったものの、もう2度とあのような事故がないよう、よく周りを見て落ち着いて仕事をなさいね」
「はい!」
さすがに謹慎明けすぐにお見合いを再開させるわけにもいかないし、ダニエルの花嫁探しは一旦休止することにしよう。仕方がないわ。
「ダニエル。こういう状況だから、しばらく貴方の花嫁探しは休止にするわね」
「あの、その件でしたら、休止じゃなくて中止にしてもらえますか? もう俺、嫁探しはしません」
「えっ?」
「あの……俺、好きな女性が出来て、最近交際を始めたので」
「なんですって!? 聞いてないわよ!」
「言ってませんから」
「ダニエル! 貴方、謹慎中に何してたの!? 謹慎中に恋人作るとか不謹慎でしょうが!」
「すみません……」
「で、誰なの? 相手は誰なの? 言いなさいよ!」
「その……エレン嬢です」
「エレン?! って、あのエレン?」
「はい」
「はぁ~!? 自分が突き飛ばして池に落とした令嬢と付き合うとかアリなの?」
「いや、突き飛ばしたわけじゃなくて、ぶつかったんです。まー、運命だったんすかねー」
どんな運命だよ‼
その日の午後。
「エレン。少し話があるの」
「はい。妃殿下」
「ダニエルとお付き合いしてるって本当なの?」
「えっ? ……はい」
恥ずかしそうに俯くエレン。
本当なんだ……ダニエルの妄想じゃなかったのね。
「エレン……。ダニエルはあんな子だけど、根はいい子だから。いろいろ抜けていて頼りないとは思うけど、エレンが助けてあげて。どうか、よろしくお願いします」
完全に母の気持ちで、思わず頭を下げてしまった私。
「妃殿下? お顔をお上げください!」
慌てるエレン。
そうだよね。そんなことで王太子妃が頭を下げるなんて、びっくりだよね。
「……妃殿下は本当にダニエル様を慈しんでおられるのですね。私、妃殿下に誓ってダニエル様を大切にいたします」
「ありがとう。エレンなら安心してあの子を任せられるわ。ねぇ、エレンはダニエルのどこが好きなの?」
「ダニエル様は、お優しくて男らしい素敵な男性です。私、本当にお慕い申しあげております」
「まぁ。ふふふ」
「私の父が、家格の違いを理由になかなか結婚を認めてくれないのですが、私、絶対にあきらめません」
「お父上に反対されてるの?」
「はい。『男爵家の者が我がコラヤー伯爵家に婿入りするなど相応しくない』と」
「婿入り? 確かエレンにはお兄さんがいたわよね?」
「それが……。うちの兄は2年前に『冒険者になる‼』と、家督継承権を放棄して旅に出てしまい、その後音信不通でして……。私が婿を取って伯爵家を継ぐ予定なのです」
なんですとー!? なんてイタイお兄さんだ! ちなみにこの世界には、魔法も無ければ魔物もいないからね!
いやいや、でも、ダニエルにとっては好都合だわ!
私の当初の目論見通り、婿入りできるではないか!
ふふふふふ……
「エレン。貴女のお父上に、この結婚認めていただくわよ!」
「え……っ?」
「私に考えがあるのよ。おほほほほ! ほ~ほっほっほっほっ!」
私は高笑いをした。
エレンがどん引きしていた……。
「――というわけで、お力をお貸しください。レオン様!」
「うん。もちろん協力は惜しまないよ。ダニエルの結婚の為だものね」
「ありがとうございます!」
「私が正式にダニエルの後見人になって、その旨を書状にしたためてコラヤー伯爵に届けよう。王太子が後見人としてついている男との婚姻に、反対などできないからね」
「レオン様。ありがとうございます。コラヤー伯爵は良くも悪くも貴族らしい貴族ですから、王太子殿下が後見人とあらば、きっと大喜びでダニエルを婿として迎え入れるでしょう!」
「そうだな。それでセリーヌが喜んでくれるなら、私も嬉しいよ」
こうして、レオン様の王太子としての権力を思い切り使って、無事にダニエルとエレンの結婚が決まり、正式に婚約が調った。
やったー‼ 嬉しい‼
エレンはしっかりしたいい子だし、伯爵家に婿入りは出来るし、文句なし! 実にめでたい!
何より、ダニエルとエレンはお互い想い合っているのだ。
貴族の結婚は政略結婚が当たり前。そんな中で、恋愛結婚をするダニエルとエレンは本当に幸せ者だと思う。
うん、お母さんは嬉しいよ!
「2人の婚約をそれほどまで喜ぶなんて。セリーヌは、本当にダニエルのことを男としてではなく”好き”なんだな」
レオン様が、ややあきれた様な口調で言う。
「ダニエルを男性として見たことなどありませんわ。そういった”好き”ではなく、全然別の愛おしさなのです」
まさか、前世の息子に似てるから愛おしいなんて言えないけどね……。
「うーん。私には今ひとつ理解できないが、でもセリーヌを見ているとこういう愛情もあるのだな……と」
「おほほほ。それも愛。これも愛。ですわ」
「はっ!?」
「いえ、何でもございません。ほほほ」
「私とセリーヌは、幼い頃に親が決めた政略結婚だったろう。やっぱりセリーヌは、エレンみたいに恋愛結婚がしたかった?」
「私はレオン様と結婚して幸せですわ。レオン様はご不満でも?」
「まさか! 私はセリーヌを愛しているからね!」
「ほほほ。そう言いながら側室を作ったりして~」
レオン様は、目を見開いて首をぶんぶん横に振った。
「ちがっ……そんなこと……っく。もう、その話は勘弁してくれ!」
「ほほほ。冗談ですわよ」
「セリーヌ……」
そっと私の肩を抱き寄せ、髪に口付けるレオン様。
いやいや、お付きの者達が生暖かい目で見てるからやめてください。ついでに王妃様の影も、きっとどこかで見ているからやめてください。
人前プレイの趣味とかありませんから‼
もうすぐレオン様は22歳。私は18歳になる。
ずっと2人で……いえ、そろそろ、新しい家族も迎えたいですわね。
終わり
おまけ
ダニエルとエレンの結婚式当日。
教会での式が無事に終わり、エレンの実家・コラヤー伯爵家にて披露宴が始まった。
コラヤー伯爵「王太子殿下、妃殿下。本日は誠にありがとうございます。まさかお2人にご出席いただけるとは。身に余る光栄にございます」
殿下「私はダニエルの後見人であるから当然のことだ。伯爵、ダニエルをよろしく頼むぞ」
伯爵「ははっ」
セリーヌ「ダニエルは、王太子妃専属の近衛騎士の中でも私が特別に目をかけている騎士です。ゆめゆめお忘れなきように。ダニエルのことを、くれぐれもよろしくお願い致しますわよ」
伯爵「ははっ」
殿下「ははは。セリーヌは本当にダニエルを可愛がっているからなー。先程の式の時も、まるでダニエルの母のように感激して泣いていたのだぞ。万が一、ダニエルをないがしろにしているなどという噂を聞いたら、ただでは済まさないだろうなー」
セリーヌ「ほほほ。イヤですわ、殿下ったら。ただでは済まさないなんて、まるで私が伯爵家に何かするみたいではありませんか」
殿下「ははははは」
セリーヌ「おほほほほ」
2人して、圧をかけまくる王太子夫妻……
脂汗をかくコラヤー伯爵……
やや、置いて。
伯爵「……。ダニエル殿は我がコラヤー伯爵家にとって自慢の婿にございます故、一族挙げて大事にいたしまする。王太子殿下ご夫妻におかれましては、何卒これからもコラヤー伯爵家をお引き立て賜りますよう、宜しくお願い致します」
ふふ……満点回答ですわ、コラヤー伯爵! ダニエルをよろしくね!
とにもかくにも、ダニエル! エレン! 幸せになるのよー!!




