81話 贅沢な夢を着たモラリスト
人を敬う気持ちはサッカーでは邪魔だ。厚かましくどんどん前に出ていけ。何も怖がるな、敬意を払い過ぎるな、遠慮を捨てろ。カルピン
邪悪な笑みを浮かべた内村が何かを伝えながらボールを司に渡す。
司は何事も無かったかのようにセンターサークルから再開を行う。
(すげぇな。あの闇落ちした内村相手に平常心とか、すげぇメンタルだわ)
見れば森山なんか、可哀そうなくらいにビビってるし…。
ボール持ってきた後輩に、普通にお辞儀とかするのホント止めて欲しいとは思うが、今日の内村なら仕方がないのかもしれない…。
まぁ、客観的な見方ではあるが、試合展開の方の心配はほとんどしていない。
正確には、する必要が無いと言った方が良いのかもしれない。
少しポジションを前目に取るために、エリアの外に出ようとした所で足を止めて振り返る。
次の瞬間、
『ピイィィィィィィ!!』
大きなホイッスルが鳴り、主審がセンターサークルを支持する。
あっという間の同点劇。
簡単な事なんだよ。フィニッシュワークの最後を司がやればいいんだから。
今までは、最後の2つか3つを司を経由しないでも出来るように、ってバイタルから司が斜めにやっていた。
それを縦に入るようにするだけ。
こう言ってはなんだが、三連覇を目指す強豪で、しかも控え組多いとはいえ代表揃えたDF陣をたった一人で毎日の様にズタボロにしてきた奴だぞ?
いくらシミュレートしてきたって本物を目の前にして、本気出した司の相手出来るヤツなんかいるわけないじゃないか…。
いたとしたら、とっくに代表で沖野とスタメン争ってるっていうか、奪うだろ、それは。
そしてあっという間の同点劇に呆然とする富良都に、わざわざボールを手渡ししながら帰ってくる内村。
慣らしを終えた『T-BOX』の本格的なお披露目が、今まさに始まろうとしていた。
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~仙台育亮ベンチ~
「切れ!切れ!ゲームをするな!!」
仙台育亮の監督三上が、今日何度目かの怒号を上げる。
あまりに早く変わりすぎる状況に、なんら具体策を出せず、ただ敵の流れを切らせるような指示しか出せていない。
予想外の相手のフォーメーションから始まり、後手を踏んだが何とか凌いで、少ないチャンスから先制点を取るまでは良かった。
ただ、そのあとすぐに同点にされ、5分もしないうちに逆転を許す羽目に陥ったのだ。
前半も残り数分となった今、最小の点差で後半を迎えられるようにすることだけが、彼に出来る唯一のプランでしかなかった。
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~鹿島南側・ベンチ~
「前半、残り5分切りました。ロスタイムはあっても3分ぐらいだと思います」
ストップウォッチを見ながら、望月が監督である川上に声をかける。
「どうしますか? もう、今なら変更行けると思いますが…」
「後半だな。ここでチャレンジする必要はないな。リードして折り返す、それでいい」
三点目を狙うかどうかの確認にセーフティが選ばれた事に、少しだけ望月は表情に出さずにイラっとする。
(圧倒的に勝つ、とか言ってた割に、この状況でも追加点狙わないとか…。完全に向こう前半は攻撃捨ててるのに…)
最後に勝つことが最優先の指揮者には、前半で勝負を決めさせたい望月の願いは届かなかった。




