9話 日常のリスタート
「Yo! Yo! Yo!
行くぜ2人で朝から病院。仲良く歩いてマジパラダイス!
聞いたぜ俺たちマジ傷心。楠賭けるぜ! ラブラスベガス! イェイェ!」
「……。
森山は何か悪い病気なのか?だいぶ深刻な症状に見えるんだが」
部室に入った瞬間に、ご機嫌に歌い出す森山と引いているみんなのコントラストが浮かび上がる。
「昨日、忘れ物取りに司の家に行くことになっててよ。したら、コイツ暇だから付いてくって。
んで話しながら南米サッカーのゴール集見てたら、なんか『俺に足りないのはラテンのリズムだ』と言い出しやがって、今日からこんな感じなんだよ。こんな事なら連れてかなきゃ良かったな」
西の後悔っぷりが笑える。
「そ、そうか。司は?」
「今川上先生、違った。監督の所に行ってる」
今日の件、報告したかったんだが仕方がない。どこかで話すタイミングもあるだろ。
「いいのか、お前らこのキューセッキン! きっと楠、発情期ー!」
(してねえよ!)
「いいのか、サッカー恋厳禁! モテない奴ども、ユーファッ○ン!!」
淀んだ空気間の中で、ここまでテンションを落とさない事にビックリだ。
そして、こんなやつの名誉も守ろうと意気に感じた俺の立場はどうしてくれる?
「サッカーしに行かねぇ?」
氷高の言葉がシンとした部室に響く。
別に当たり前の言葉が、何故か今だけは凄く名言の様に感じられた。
「そ、そうだな。早くいこうぜ!」
「ほら、楠も?」
みな、慌てた様子で準備を済ませグラウンドへ向かっていく。勿論、俺も。
でも、一つだけ言わなければならないことがあったことを思い出した。
「森山――、ラップは南米じゃなくアメリカだと思うぞ? サンバやボサノヴァ辺りにしとけ?」
「な……なにぃ!?」
「じゃあ、グラウンドで待ってるぞ。早く来いよ?」
森山の反応を見ずにさっさと部室を出る。
うーん、この様式美。やっぱり二級線はこうでないとな。
☆☆☆
ジョグを済ませ準備体操をしてダッシュから基礎メニューへと移るのが基本パターンだ。
その際、森山のテンションがだだ下がりになっているのが少し笑えた。
「どうやったんだ楠? マジ感謝な」
「いいって。大したことはしてないし」
2人組で柔軟をしながら西と話す。
「お前少し変わったよな?」 ぐいーっと背中を押される。
「そ、そうか? 自分ではよくわかんないけど。いでででで。股痛い股痛い!」
「ははは。前より楽しくなった気がする。俺は良いと思うぜ! で、芝浦とは何かあったのか?」
「なんもねーよ。芝浦の親父も医者だから紹介されただけだ。今度は西の番な。ほれ、座れ!」
「そっか。あ、俺はいいや。充分柔らかいし」
「よーし、ダッシュ始めるぞ!!」
司の号令が響き、笑いながら西が行こうとする。
ちっ、逃げられたか。
そんな緩い空気も監督の登場で一気に引き締まる。
川上 巧監督。
現役時代は実業団でサッカーをしており、この鹿島南高校のOBでもある。
実業団といっても只の企業サッカー部ではない。鹿島ワンダーズの前身の住吉重工だ。プロ化する前に怪我で引退したとか聞いている。
ま、だから鹿島と壮行試合なんてイベントも組めるんだろうけど。
大学で教員免許も取得しており、一応体育を担当しているれっきとした教職者でもある。
サッカー部以外の奴からは『たくちゃん』なんて裏で呼ばれている位に優しいイメージがあるらしい。
そんな余所では優しい監督は明日からの八月のテーマを「連動」だと言った。
守備から攻撃への切り替えの話ではなく、ディフェンス陣の全てに対しての意味合いとも付け加えた。なんかすでに嫌な予感だ。
ベースとなる練習内容は5対5の対戦形式にワンサーバーで行う。片方が攻め片方が守る簡単な図式。
サーバーと呼ばれるボールの出し手が参加するのも珍しい事ではない。ここまではいつも似たような事はやっている。
攻撃側はまず中央の司と左の氷高は固定。ツートップも一角は森山が占める。固定3人が疲れないうちは残りの2人を流動的に変える。戦力の試験運用も兼ねているのは明確だ。
ちなみに司は一人で決めきる力を持っているので、こういう場合は流れを作る役目に徹底するのはもはや暗黙の了解だ。
一方守備陣は西と不破のセンターバックも固定。両サイドは流用。ボランチの八神も固定で入れての五人。
キーパーである俺はその後ろに入りコーチングをしながら、シュートされたら止めるといった役割だ。
勿論、俺も一応固定だが、キーパーはそんなに疲れないので適当に交代しよう。
とはいえ実践形式に近い形だな。
司がいるのが一番やっかいだが、そんなに変わった練習でもない気がする。
練習が始まり中央で裁こうとする司に八神が向かう。氷高は相変わらず左サイドに大きく広がっている。
うん。いつもと変わらない気がするけどな、と思った瞬間にピィィィィっと監督の笛が鳴る。
「西! 同時にライン上げろ! ボランチがチェック行ったのにお前ら何チンタラやってんだ!? 八神一人だけにやらせる気かよ!?」
イキナリ説教ですかい。あーコレ戦術系の面倒くさいやつだ。実践形式で慣れるまでちょこちょこ止めてやる奴。
うわぁ、と思いながら後ろを見ると桜井が顔の前で手を左右に振る。
「ムリムリムリムリ」ってやつだ。
「何よそ見してんだ楠! お前もちゃんと指示出せ! 打たれないようにすんのがお前の仕事だろうが!枠内シュート1本につきお前らグラウンド3周だからな! 決められたら、更に2周追加な!」
なにその後付け拷問?
ふとグラウンドの脇で芝浦が両手をギュッと握りしめるジェスチャーに目に入る。
『ファイト』って事かな、やっぱり……。
つーか、そもそもこんな監督いたっけ?アニメではサッカー知りませんみたいな好好爺だったはずだろ?
なんか色々違うとこ多くないか? もっとこう司に引っ張られていくようなストーリー展開だと認識してたんだけど。
その後結局、1時間弱で11本もの枠内シュートに7本のゴールを決められた俺たちは、グラウンド50周は流石に勘弁して貰いディフェンス陣は連帯責任として仲良く10周走る事になった。
ちなみに桜井枠内9本だったが、参戦回数は俺より少なかったはずだ、多分。
こういう時だけ枠に飛ばす森山がマジでムカつく。決めた後に、変な踊りを始めたときはどうしてくれようかと思ったほどだ。
今回は不破が「んが」って言いながら頭突きしたから許してやるけどな。
つか『んが』ってなんだ?
むしろ不破の方が気になってしょうがねえよ。フランケンかお前は?
きっと司の呪いで言語を奪われてしまったに違いない、うん。
☆☆☆
練習後。
司に今日の病院の流れを話をしてたら、明日からシュート練習したいから部活の後、少し付き合ってくれないか、と頼まれた。
頭の中に洋二先生の言葉が浮かんでくる。代表に選ばれることの大きさを実感させられた一件だ。
当然二つ返事で了承だ。主人公のシュート練習を受けること以上のトレーニングなんかないからな。
しかも、おそらくだがこれは選手権でお披露目する必殺シュートの特訓だ。
その誕生の瞬間を俺は味わえるというオマケも付いてくるかもしれない。吹っ飛ばされるのは勘弁だがな。
何というか、今日は楠 要という男のターニングポイントだった様な気がしないでもない。
だったら、目の前に訪れるイベントはすべて消化する位の意気込みが俺にも必要な気がする。
まあ……、とはいえ今日はホント疲れる一日だったのは間違いない。
鹿島との壮行試合までにディフェンス陣の『スライド連動』とやらを形にしなければならないらしいし、新しいフォーメーションとそれの試合中の変更等とかも覚えなきゃならない。何かもう、色々と目白押しだな。
芝浦の親父については取り敢えず置いとこう。しばらくしたら何らかの動きもあるだろうしな。
今日のところはもう帰って休むとするか……。
ラテンのリズムかどうかは分からないけど、南米出身の方や留学していた方ってボールキープの間合いの時とかパスを出すテンポとかで『独特の間』みたいなの持ってる方いますよね。何気ないボールタッチやインサイドパスとかでも、どうしてか時間の流れが遅くなるような感覚。最近そういう人にとんと出会わなくなりました。昔はフットサル場とかでもたまに遭遇したのですが。後ろから見てると凄く楽しいんですよね。次、何すんのかなぁ、ってワクワクさせてくれる。また、そういう方とプレイしたいものです。




