8話 鬼と天使の狭間
俺は洋二先生にボールに向かってのアプローチの際の違和感を説明する。勿論、変と思われるような核心部分は触れない。
「僕は違う人間で楠 要の皮を被った別人なんです」
そんな事言ったら間違いなく違う専門医に送られてしまう事になりかねない。医者と言う職業上、あまり冗談で済まされないような怖さもあるし。偏見だけど。
「あと気のせいかもしれないんですが、基本的にボールは自分の予想通りには来ないです。見極めが甘いってのもあるかとは思うんですが、先を読むスポーツである以上致命的な欠陥であると思っています」
「うんうん。なるほどね」
ハッキリ言えば気のせいではない。ここしかコースないだろ?って感じでも来ないのは当然として、味方に当たってコースが変わるのはまだいい。ディフェンスも必死だしな。バウンドのイレギュラーやらよく分からない回転などで不規則な軌道をたどる事が少なくない。慣性の法則ってのをボールに小一時間聞かせてやりたいレベルでの出来事だって経験済みだ。
「多分、俺は(楠を)持ってない選手なんだと思ってます。安曇や松永君みたいな事は出来ませんし」
「安曇君と松永君ってのは、アンダーで選ばれた時の一緒のキーパーかな?」
「はい。安曇がファーストで松永君がセカンドキーパーです。でも、ここはそんなに差は無いかもしれないです。少なくともサードキーパーの自分に比べれば」
「うんうん。なるほどね」
とりあえず、思い当たる節や自分が持つ楠要というGKの評価的な事を話してみる。洋二先生は、ただ黙って頷きながら話を聞いてくれた。
どれくらい話しただろうか?今度は洋二先生から質問を返される。
「まず、君は楠君の事を同じ世代でどのくらいのレベルのキーパーだと思っている?」
「掃いて捨てる程度だと認識しています。それこそ吹けば飛ぶほどの」
「自分が止められないボールに対して、自分は安曇君や松永君じゃないからしょうがないって思う?」
「……はい。楠要は彼らのようなギフトを持って生まれてきてないですから』
「ギフト?」
作者によって与えられた能力とは流石に言えないよな。でも作者イコール神だと認識すれば、多分同じような意味合いにはなるはずだしな。
「はい。それがさっき話した『持ってない選手』という意味です」
「わかった。そういう事ね。本当に高校生かって思うくらいの分析してるねー。ガキのうちはもう少しはねっ返りぐらいの方が可愛げあると思うぞ。
――まぁ、大体わかった。思った以上に自己評価低いね、君は」
「は、はぁ。そんなつもりは無かったんですけど……」
なんか印象変わってきたぞ?さっきまではすごく軽い感じの先生だったのに。
「いいかい? 楠君!」
「は、はい?」
「甘えてんじゃねーぞ!」
「!?」
ドスの利いた声が部屋中に響き渡る。な、なに急に?つか、怖いんだけど。
「アンダーとはいえ、日の丸に選ばれるほどの男が掃いて捨てるほどいるかよ!?
こっちはいろんなアスリート見てるけど血が出るほど必死に努力しても叶わなかった奴、何人も見てきたんだぞ?そういうやつら前にして『僕、代表に選ばれたけど才能なくてごめんなさい』って言えんのかお前?」
「い、いや。そんなつもりじゃ」
「じゃ、どんなつもりだ?自分は下手くそだけど、自分の上にいる安曇君と松永君以外のキーパーはもっと下手くそだ、って見下してんのか?それとも、まさか俺でも選ばれる代表ってのは大した事ないとか思ってんのか!?」
「それは絶対に違います!確かに俺は代表の序列は一番下だったけど、それでもそこにいれた事は誇りに思ってます」
洋二先生は黙って俺を睨んでる。でも、ここは負けられない。これは楠だけの問題じゃない。
アンダーのチームメイト全員の誇りの問題でもあり、今一緒にサッカーしてる部の仲間との問題でもある。
確かにそれ自身は楠の記憶だ。
でもここ数日、それも一緒に代表に行ったやつはわずかでも関わった奴らは司を始めみんないい奴だった。選ばれたことを後悔したら、一緒にやってきたそいつらへの侮辱だ。そんなことは絶対に許せない。多分だが楠本人だってそう思うだろう。俺は楠の代理人でもあるのだ。
テーブルを挟んでにらみ合う俺とガチムチのおっさん。
つか、なんでこうなった?
目の前の超ケンカ腰のおっさん、医者で後輩の親だろ?おかしいだろ?
「はい。そこまで!」
唐突に芝浦が軽い感じで止めに入る。
「ごめんなさい楠先輩。これ、父のやり方なんです。
最初の段階でわざと怒らせて、反応しなかったら依頼を受けないっていうよく分からないポリシー」
……?
は、はいぃ? なにこの超展開。
ドッキリなの? マジで!? 医者が初対面でカウンセリング相手にドッキリしかけるの? 普通じゃねー!
「な、なるほどね。だから、余計な事前情報入れなかったんだね。不必要に避けてたのはポロっと言わない様にするためだった?」
「すいません。私、話始めちゃうと黙ってる自信なかったので。不愉快にさせてしまったかもしれないです。本当にすみませんでした」
「あぁ、いいよいいよ。別に嫌われてないんだったらそれでいいんだ」
安堵のため息をつく芝浦。
それまで向かいで黙って聞いていた洋二先生も会話に参加してくる。
「ごめんごめん。試して悪かったね。色々と察しが良くて助かるよ。守秘義務があるからあんまり言えないけど、司君だって烈火のごとく怒ったからねー。いやぁホント殺されるかと思った。誰も一度は通る道なの。許してやってよ」
あんたが言うな!と出そうになった言葉を慌てて飲み込む。ていうか司の個人情報漏れだしてんぞ?
なんかこの人と話してると調子狂うな。
「でもね、さっき言った代表の事は多分に本心も含まれてるよ。それは忘れないで欲しいかな。
謙虚は美徳でもある反面、スポーツの世界では邪魔になる事も多い。それに必要以上に自分を下げることは時として他の誰かに対しての侮蔑になる事も知った方がいい。そればかりか君は、自分を選んでくれた人たちに対しても侮辱してる事になりかねないからね」
「……分かりました。注意します」
「あと、ときどき君は変わった言い方をするよね。さっきの質問の中でもあえて君自身を三人称に移したんだけど、全く反応しなかった。まるで、別の人格でもあって第三者と話してるみたいな気になってくる」
「……気のせいじゃないですか?」
「いや、別に責めてるわけじゃないよ。そういう人たまにいるからね。
試合中とそれ以外、オンオフで二重人格かってぐらい切り替えちゃうの。特に成功してる人に多いから治す必要は無いと思うけど、あまり普通に出すと変人かナルシストだと思われるから気をつけてね」
気を付けよう。ホントもう心から。
「あと一つ、いや二つだけ。技術的な事やメンタル的な事とかまた今度話すとして。
怒らせるのは悪いとは思うけど、決してよくわからないポリシーなどでは決してないからね。
スポーツに限らずだけど、なんでも根幹にあるものを刺激されてどうでもいいと思うような奴は大抵成功しない。だから僕はそれを見たい。手を貸す意味があるのかどうか、ね。そういえばいきなり殴りかかってきた代表選手もいたかな。ま、それは置いといて。
怒り方って人それぞれだからどう表現するかはどうでもいいんだけど、大切なのはそれがあるかどうか。感情を出すタイプや静かに燃えるタイプ。楠君は後者かな」
「そのうち、本気で刺されるわよ?」
「大丈夫。この部屋には凶器になりそうなものはトロフィーしかないから」
「あるじゃない!十分危険だし!」
なんだろう。さっきまでの殺伐とした空気はどこへやら。のほほんとした親子漫才に変わったようだ。
「さて、最期にもう一つ。
娘が君の事を嫌っている訳ないじゃないか。こう見えて舞は、君が中学三年の時の大会とかのスクラ――」
「お、お父さん!?」
かぶせ気味の叫び声に洋二先生の声はかき消され、代わりに鈍い音が運ばれる。
バキッ!!
「んが!?」
…
……
………凶器はやはりトロフィーが選ばれた。倒れた洋二先生の奥に凶器を持った犯人が苦笑いしながら立っている。
気付けばホラーサスペンスに舞台が移ったらしい。
洋二先生が何を語ろうとしたのかは定かではないが、めっちゃエグイ角度とスピードでトロフィーは洋二先生の背中を強打したらしい。
致命傷を避ける場所を咄嗟にセレクトする辺りは流石に整形外科の娘だ。
「うごぉぉぉ。け、肩甲骨がぁぁ。い、医者を……、医者を呼んでくれぇ」
「何言ってるのお父さん? 医者ならそこに――、床に這いずり回ってるじゃない?
さ、楠先輩もう部活行きましょ?」
「あ、ああ」
お、鬼だ。本物の鬼がここにいる。
応接間を出て10秒ほど経っただろうか。断末魔の声が院内に響き渡った。
「うがぁぁぁぁ!!お義父さぁぁぁぁん!!!!!」
あ、祖父も医者だったんだっけか。
「なにしてんですか?早くしないと遅れちゃいますよ?」
笑顔で振り返る芝浦の顔に置いてけぼりをくらったポニーテールがたなびく。
何というか……、青春だなぁ。サスペンスだけど。
楠にもこんなドラマがあった事に今までで一番の驚きを覚えながら、芝浦と一緒に学校へと歩いて行った。
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