60話 今も君は少年(青い)夢を抱きしめる
「辛いことがあったときは出来るだけ、その一瞬を耐えてみるべきだ。心の灯を消してしまうと、再点火する作業は生半可ではない。火は小さくなっても良いから、絶対に消してはならない」 ロシアW杯日本代表GK川〇さん
静大付属との試合を終えて二日後。
俺は芝浦先生と鹿島ワンダーズのクラブハウスへと足を運んだ。
高校三年生は『職場見学』という公休を使えるのだ。
「ようこそ。まずはクラブハウスの案内から始めようか?」
「……何やってんの、お前?」
出迎えをしてくれたのは、一昨日静岡に帰ったはずの嶺葉だった。
俺の冷たい反応にも笑顔は全く崩れていない。
「ひどいなぁ。また近いうちにって言ったじゃん」
「言ってたけど――」
「それに最初に会ったときにも、こっちに用があって残るって言ったじゃん?」
「それも言ってたような……」
いやいや。俺が言いたいのはそういう事じゃなくてだな。
なんでお前がここで俺のナビゲーターをしているのかっていう事なんだが……。
「友里君、ちょっと説明して貰っていいかな?」
状態を掴めないでいる俺に洋二先生が助け舟を出してくれた。
「あ、すいません。おじ……、芝浦先生」
嶺葉は軽く頭を下げ、洋二先生の方に向きを変える。
もともとはこの町の住人だったこともあり、やはり旧知の間柄のようだが……。
「……えっーとですね。実は僕、先週ここに内定してるんですよ。発表はもう一人と併せてやりたいみたいなんで、ちょっと保留してるようですけどね」
「うん。で、どうして君が対応してるの?」
「はい。今言った『もう一人』っていうのをですね。たらし込もうと思いまして……。今日は都築さんに言って僕に任せてくれるよう頼んだんです」
最後にスペシャルな笑顔をまき散らす嶺葉。
必要以上にキラキラしてる感じは、まるで少女漫画のキャラクターみたいだ。
「よくわかった。でも、とりあえず都築さんを呼んできてもらえないかな?」
「はい。少しお待ちください」
そう言って嶺葉は奥へと走り去っていった。
「……アイツ、幼児退行してません? 一昨日、試合ん時はもっとしっかりしてたような……?」
「そう? 彼、基本あんな感じでしょ? それかキャプテンとかみんなをまとめる立場だから、頑張ってたんじゃない?」
洋二先生は嶺葉の事に詳しいみたいだ。
やはり、司の様に何らかの形で繋がってるのかもしれない――、なんて憶測は次の言葉であっという間に否定された。
「……友里君はね、甥っ子なんだよ」
「はい?」
「妻の姉の子でね。もう、ちっちゃい時から知ってるよ。人前では『先生」と呼ぶようになったようだけどね」
そう言って苦笑いを浮かべる。
先ほどの言い間違いが思い浮かぶ。
「まさか、僕にも内緒にしてるとはなぁ……。土曜日来たんだよ、ウチに」
「え? マジっすか?」
「うん。外人の子と一緒に来たよ。挨拶に立ち寄っただけだけどね」
「あー、エセイタリアンっすね」
近くのソファーに座り雑談をしていると、都築さんを連れた嶺葉がやってきた。
「いやいや、すいません。来たらすぐ教えてくれるように言っといたんですが……」
「あぁ。それは大丈夫ですよ。来てすぐに呼びに行ってくれましたから」
都築さんと洋二先生とで挨拶が始まる。
「いやぁ、この前はどうも……」
「いやいや、こちらこそ」
大人の会話に弾かれた俺に嶺葉が寄ってきた。
「今日はチームの大御所に頼んでスペシャルなサプライズがあるから楽しみにしててね?」
「いやいや。お前がいただけで、すでに十分なサプライズだよ」
「ホント!? 喜んでもらえたかな?」
「まぁ、知り合いっていうか、嶺葉がいるってだけで心強さは大分違うな」
うんうんと頷く嶺葉。
何やらバックがキラキラし始めた錯覚を覚える。
「じゃあ、契約にする?」
「しません!!」
「そっかぁ……、残念」
ちっとも残念そうでない笑顔で嶺葉が微笑む。
「とりあえず軽くクラブハウスの案内するよ。午後からはトレーニングの説明と少し参加して貰うことになるからね」
「あ、あぁ」
その後、応接室で今日の流れを都築さんに説明してもらう。
まずはクラブの紹介や所有物の説明など。
スタジアムやクラブハウス、トレーニング場などの施設の簡単な説明だ。
プロの生活や年間の大まかなスケジュールなんかは嶺葉の方で説明してくれるらしい。
とりあえずは『プロのサッカークラブ』というモノを体感して欲しいと伝えられた。
「もし分からない事があったら何でも聞きに来ていいからね」
「ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
都築さんと形式的な挨拶を済ませる。
「じゃあ――、嶺葉君。よろしく頼んだよ」
「はい。必ずノッキーをたらし込んで見せます!」
「嶺葉君、言い方言い方……」
「あ、すいません」
嶺葉は都築さんに頭を下げた後、俺を真っすぐに見据える。
そして――、
「勘違いして欲しくないのは、君をたらし込むのは僕じゃなくてこのクラブだ。帰るころにはきっとここが好きになっているはずだ!」
勢いよく言い放つ。
「何の勘違いもしてないけどな」
「好きにならなかったら、シニョーリに君が『エセイタリアン』って言ったのをバラす!」
「脅迫かよ!?」
「来週清水に行ったとき、きっと酷い目に会うだろう。そしたら『もう俺には鹿島しかない!』ってきっとそう思うはずだ」
「そんな消去法みたいな選択は嫌なんだが……」
「冗談だよ、冗談」
そう言うと嶺葉の空気が優しいモノへと変わる。
「さあ、行こうか?」
俺は嶺葉に促がされるまま応接室を出ようとする。
途中――、
洋二先生と都築さんの目が何やら生暖かい様な気がしたのは、
きっと――、
いや、絶対に気のせいだ、と何度も心の中で言い聞かせながら……。
色々、文体とかを研究中です。
ちょっと前とは変わってしまうかもしれませんが、『読みやすさ』とか『伝わりやすさ』を考えてれば、その方がいいのかなぁ、と。試行錯誤が続くとは思いますが、見捨てずにいてくれれば幸いです。




