7話 クリティカルパス
※誤字、文体等の軽微な修正を行いました。
町内にある総合病院に着くと、芝浦はすでに中の待合室で待っていた。
予定よりは多少早く来たんだけど、どうやら待たせてしまったらしい。
「ごめん。待たせたみたいだな」
「……いえ。時間前なので謝る必要はないですよ?」
芝浦は少し言葉を選んで答える。どうにも微妙な距離感がある。
めっちゃ気を使われてるみたいで、ちょっと寂しい。
「それで、楠先輩はこの病院初めてですか?」
「あ、あぁ。普段は近くのところの個人医院で済ませるし」
「分かりました。じゃあ行きましょう」
いやいや、行きましょうって言われても、な?
普通は当たり前に総合窓口とかに行けばいいんじゃないの?
芝浦はなんかATMみたいな機械の前に行ってしまい、慌てて追いかける。
「これで初診の登録をしてください。すると問診の予約が取れて診察場所の案内が出ますから」
「すげえな。いまの病院ってこんななってんのか。サンキュ芝浦。助かるよ」
「べ、別にお礼を言われるほどの事ではないですし」
慌てた様子で顔をプイッて背ける。どうやら可愛いところもあるらしい。
看護師に呼ばれ問診室に通され、脳外科、検査室と順番に送られる。
芝浦といえば、何も言わずただ黙って付いてきている。
俺と医者や看護師との話を何やらメモを取っていたが、彼女から何かを発するという事は最後までなかった。
結果として異常なし。
脳の断面図みたいな写真を見せられて何やら説明をされたが、とどのつまり『問題ないでしょう』という事らしい。
「ありがとうございました」
俺が診察室を出たあと、芝浦は少し遅れて出てきた。
残って何か話してたみたいだが、別に気になるわけでもないしそのまま会計の方へと足を向ける。
あれ?
そういやナントカ先生に診てもらうとかって話はどうしたんだ?
別に大きな病院で診てもらったうちに含まれてたのだろうか?
でもだったら、芝浦が付いてくる必要もないはずだし。
よくわからん。
会計を済ませ病院を出る。
まだ11時前だ。
午後の部活まではまだ時間もあるし、帰ろうとしたら芝浦に怒られた。
「なに帰ろうとしてんです? これからが診察ですよ?」
はい?
だって、さっき問題ないって言われたじゃん。
「案内しますから私に付いていてください」
バスに乗る事20分程度。
その後も会話らしい会話はない。
むしろ話さない方が逆に気まずいんだけど。
でも、流石にこの雰囲気を先に壊そうとするのは結構勇気がいるな。
黙々と歩くことも追加で10分。
たどり着いた先には『芝浦医院』と書いてある。
「え、えと……、まさか芝浦医院って?」
「まさかも何も私の親ですよ。基本は祖父がやってますけど。今日は父に話を通してありますから。付いてきて下さい」
そう言うと芝浦は裏口の方へと案内してくれた。
院内を入り奥の応接間へと通される。
途中、父を呼んで来ると言って芝浦はどこか行ってしまった。
部屋の中を一通り眺めると、沢山の賞状やトロフィーがある。
えてしてこういうモノはゴルフとか何やらで本業に関係ないものが多い。
とはいえ、あまりフラフラ見回ってるときにドアを開けられるのも嫌だしな。
おとなしく座って待つか。
高そうなソファーに腰を下ろし芝浦父の到着を待つ。
5分も経たないうちに、ドアが開けられ待ち人が娘と共に登場する。
「やぁ。お待たせ。舞の父で芝浦洋二といいます。ここで医者をやってるんでよろしくね」
おおよそ娘からは全く想像出来ない軽さだ。
その芝浦洋二と名乗った医者は、俺の対面のソファーに腰を降ろしたが、なぜか芝浦舞は俺の側のソファーへと座る。
見た目的には、40代だろうがガッシリとした体つきはだいぶ鍛えてる事が見てとれる。
ホントに医者かと思うほどの体型だ。
楠の親父のような『the.中年!』の腹ではない。
「えーと、楠君はどうして今日ここに来たかわかってるかな?」
……わかるはずが無い。
結局、司は昨日何も言ってくれなかったし、今日だって芝浦とはほとんど話してない。
そういや司が洋二先生って言ってたのは、この人の事なのだろう。
「全くわかんないです」
「ここに娘と来るまで全然説明なし?」
「余計な情報、入れない方がいいと思って」
娘の追加情報に芝浦父、というか洋二先生が「わかった」と1つ大きく息を吐くと、色々と説明を始めた。
「まず僕の事なんだけど、メインは整形外科なんだけど、仕事柄アスリートの方と会う機会が多くてね。それで勉強してスポーツ医学の方もやってるんだ。今のところ患者さんというか、お客さんはプロでやってる人しかいないんだけどね。あっ、司君がいたか! でも彼も来年からはプロだろうし、まあいいかな」
その後も洋二先生の饒舌な説明は続く。
要するにスポーツ選手の怪我もそうだがメンタル的な部分とかも総合的に診察.改善してパフォーマンスを上げよう、といったモノとの認識で間違いないだろう。
確認した所、概ねそんな所だねと答えが返ってきた。
「それで楠君にはこれから、クリティカルパスというものを実践していってもらう訳だけど聞いたことあるかな?」
クリティカルパス?
どうもこの世界、初めて聞く単語が多すぎる。
「あのー、会心の一撃的なパスですか?俺、そういうのはちょっと……」
「ハハハ。楠君は面白いね」
うーん。
あっさりと流されたということは違ったらしい。
素で笑われてしまった。
ふと隣を見れば芝浦も笑うのを堪えている。
もう……、いっそ笑えばいいと思うの。
「クリティカルパスってのはね、分かりやすく言うと目的に辿り着くための最適なルートを見つけ出す為の手段かな。障害や問題を計算し、それぞれが望むステージに早く到達するためのツールと思ってくれればいい。医療においては、クリニカルパスなんて言うけど君は患者ではないしね」
お、おう。
なんだ、夏休みの予定表みたいなもんなのか?
自慢じゃないが、一度も計画通り終わった記憶がないんだが。
「ともかく一度、楠君が今どういった経緯で困ってるのかを教えてくれないかな?」
洋二先生は急に真面目な顔になり姿勢を正す。
だいぶ遠回りしたが、やっと本来の目的が始まろうとしていた。