43話 まほろば ~真実と現実のあいだ~
『カウボーイ次第かな?」
by ピクシー ※98ワールドカップに向けてユーゴの躍進を問われて。
良く分からない騒ぎを背中に受けながら、俺は芝浦の手を離すこと無くその喧噪から走り去る。
「割とありかも……ね?」
「この場合、八神君が女役なのよね?」
騒ぎも良く分からなければ、耳に届いた言葉も良くわからない。
いや、正直に言えば分かりたくない、と言った方が正しいだろう。
毎日のように顔合わせる奴らのそんなの思い描いた日には、部活拒否症になりかねない事態だ。
少しだけ走って、中庭を曲がるとすぐ先に紺野の後ろ姿が見えた。
ヨロヨロと……、まではいかないがやっぱり彼女には重い荷物だったのだろう。
少し進んでは置いて休むといったペース。
地面に段ボールを置き『ふう』と大きく息を息を吐き出す。
右腕で額の汗を拭う姿が妙に艶やかだ。
「まったく……。無理すんなって。ほら、貸してみ?」
「わぁ?」
簡単に追いついた俺たちが後ろから声を掛けると、紺野は驚きの声を上げた。
「ん? 何だよ、びっくりするから急に大きな声出すなよ?」
「いやいや? 驚いたのこっちだから! 急に後ろから声かけられたら普通驚くでしょ?」
……たしかに。そういやこの前、監督にやられたばっかだったわ。
『で、なんで? どうしたの?』と不思議がる紺野にさっきの惨状を説明する。
盗撮魔が現れた挙げ句、フランケンが眠れる美少年をお姫様だっこして優雅に闊歩していた光景だ。
「あぁー、八神君そっちの方の人に人気あるからねー……」
なんか騒ぎになってきたから逃げ出してきただけなんだから、すっげー知りたくない情報をさらりとぶち込んでくるなよな?
「とろあえず……、ソレ部室に運ぶから貸してみ?」
返事を待つことなく、紺野の足元に置かれた段ボールを持ち上げる。
ありゃ? 結構重いぞ、これ。
「普通に重くない、コレ? マジで一人で運ぼうとしてたの?」
無意識に溢れた疑問に紺野は『あー、いやぁー』と苦笑いを浮かべる。
「どうしてです? 言ってくれれば私も運んだのに」
俺と芝浦の質問攻撃に紺野は少し下を向いて考えた後、
「あーあ。せっかく気ぃ使ったのになー」
と、今までで一番大きな溜息を吐き出した。
☆☆☆
荷物を持つ俺と、隣で談笑する芝浦と紺野。
県大会決勝以降、何気によく見られる光景だ。
見慣れた感に馴染んできたと思ってしまうことは、贅沢なマンネリなのかもしれない。
「じゃあ、部室開けるねー」
紺野の声とともに、ガラガラと砂と土の摩擦音を立てながら扉がスライドする。
「あっ……」
「えっ!? 」
紺野の絶句の後に運ばれてくる気まずい空気。
……部室の中には変態がいた。
パンツ一丁で両手をピンと横に伸ばし、右足で片足立ちをしている森山。
先ほどの力の無い声はコイツが発したものだろう。
つかお前、なんつー格好してんだよ?
それ、たしかギ〇ュー特戦隊の……。
あのポーズは多分だが、青いハリケーンさんのモノだったような。
「な、なにやってるの森山? 事と次第によっては監督呼んでくるんだけど……」
「ち、違う! 俺は単に全国で目立つポーズを考えてただけで何もやましい事は!」
……だろうな。
それの元ネタさえ知ってれば、パンツ一丁以外は別に変な所はない、とは思う。
ま、男子高校生が一人の時にやることか、と聞かれたら何とも答えづらいけども。
「アンタ……、ガチの変態だったの? マイッチ! カナカナの後ろに隠れて!」
紺野の目が敵対心を含んだモノに変わっていき、芝浦は俺の後ろに身を潜める。
「く、楠? 助けてくれ! お前に隊長のポーズ譲るから! ホントは司にやって貰いたかったんだけど」
……い、いらねぇ。
お前は高校生活における危機的状況を、そんなポーズの使用権で切り抜けるつもりなのか?
ホント……、お前アホの子だったんだなぁ……。
とはいえ、大会前にこんな面倒くせえ騒ぎ起こされても超迷惑だし。
それにコイツ、今部室の掃除っていう懲罰中だろ?
マジで望月に退部させられてしまう可能性すらあるんじゃないの?
はぁ。
マジでしょうがない男だな、コイツは。
「紺野? アレはある漫画の登場人物のマネだと思う。おそらくドラ〇ンボールごっこでもしていたんだろう……、一人で」
「え……?」
俺の言葉に紺野は、俺と森山を交互に見返す。
「変態的思考も持ち合わせてるのも事実だろうが、幸いなことに実行力は伴っていない。いわば、ただ残念な男」
「ちょ!? 楠、お前何言って?」
「紺野? ドアを開けた瞬間にコイツがパンイチで威嚇するような格好をしていたことは、コイツの落ち度だ。でもコイツは変質者では無く、ただのアホな子なんだ。許してやって欲しい」
森山の訴えは無視する。
つかいつまで特戦隊のポーズで固まってんだよ?
さっさと服着ろよ、馬鹿なの? 変質者で通報されたいの?
「お、俺はただ全国でゴール決めた後のパフォーマンスを考えていただけなのに……」
多少、落ち込んだ森山の声が聞こえてくる。
いや『お前掃除しろ』って言われたんだよね?
全然やってないだろ、コレ?
「はぁ。もういいわ」
呆れたように紺野の溜息が漏れる。
「な、なんでこんな事に……」
森山も溜息をつきながら、足下に置いてあった本を拾う。
おそらくゴールを決めた後の写真なんかを見ていて、決めポーズを思いついたとかなんだろう。
表紙には『94 ワールドカップ ダイジェスト総集編』と書いてある。
見慣れない青いユニフォームの選手達が歓喜の輪を作っている写真だ。
……何だ?
この妙な違和感。
パズルのピースが微妙に違うのに、無理やり嵌め合わせたような……。
『しっくりこない感じ』とでも言えばいいのだろうか。
「ちょっと待て森山? その本見せて」
「あ、ああ」
受け取った雑誌をパラパラと捲って、チャンピオンチーム紹介を見て言葉を失う。
『バルカンの宝石箱 輝石は奇跡へ ユーゴズラビア 初の栄冠!!』
……な、なんでユーゴスラビアが優勝してるの?
確か、この時ってイタリアのエースがPK外して、ブラジルが優勝したんじゃ無かったっけ?
PK失敗の最も有名な例えとして、何度も映像で見た記憶が確かにある。
け、決勝の相手は!?
――イタリア?
2対1でユーゴの勝利。
書き出しは『ステラロッサの妖精 再びイタリアを悪夢に』で始まっている。
多少ポエム調に書かれている文面を目で流し読む。
そのまま、パラパラとページを捲り、大会の流れを乱雑に追い掛ける。
今の楠と前の俺の記憶を同時に遡りながら、事実を確認していく。
俺の記憶とは違う……。
でも、楠のソレとは一致している。
少なくとも『マンデラ効果』などではない事が把握できる。
俺の知っているアニメとも現実とも違う世界……。
今まで多少なりとも指針にしていた方向性をここでも否定された事になる。
完全に独立した世界って考えた方がいいのかもしれないな……。
小出しに感じてきた差違を思い返し、そういう答えに行き着くのは何度目かも分からなくなってきた。
分からない事が怖いと思う事は当たり前だけど、その実、何も変わってないんだよなぁ……。
結局、アニメでも楠の将来ってよく分からないのが本当の所だ。
状況的に言っても、未確認から未判明になったぐらいで大した違いは無い。
逆に考えれば、アニメより悪くなることってむしろ難易度高くないか?
存在をなくす以上のバッドエンディングってそうそうないだろ?
そう考えれば、あまり気にしない方がいいのかもしれない。
「……どうかしました? 何か難しい顔してますけど?」
「何か気になる事でも事でもあった?」
芝浦と紺野に同時に声を掛けられる。
どうも少しの間、呆然としていたらしい。
やっぱりこの世界は変だ。
……でも、今ここにある世界は変じゃない。
そんな矛盾を抱えたままだけど……、
「いや、何でもない……」
「じゃ、どっか行こーよ?」
「賛成です!」
賑やかな声に導かれるまま――。
そうだよな。今考えても分からない以上、やっぱり楽しめる時は楽しまないと損だしな。
大人しくほうきを持ち出して掃除に取り掛かろうとする森山を置いて、俺たち三人は今来た道へと足を向けた。
頑張れよ、森山!
掃除きちんと終わらせて、一緒に全国行けるといいな……。
あぁ、GWが終わってしまった。お仕事でパソコンカタカタしてたら、そりゃもうあっという間に。




