41話 許されるまでは子供のままで
アンドリー、よく気をつけておくんだよ? 幸せへのバスは人生で一度しかやってこないかもしれないの。それがどのバスでいつ通るかが分かるかで、お前の人生が決まるんだよ。
by シェフ〇ェンコの母親
7個入りで『200鹿』。カッコ税込み3パーセント。
俺の作った自称究極のたこ焼きに付けられた値段である。
単位がおかしいのは、現金の代わりとして文化祭特有の金券制度だからだ。
1円あたり1鹿。
まあ、無難な為替だ。
あとは中途半端な7個にした理由なんだが……、
「先輩! 五角形カット終わりました!」
神津の上機嫌な声がテントに響き渡る。
手には切り刻まれた海苔の欠片がくっつきまくっている。
黒縁眼鏡の奥では、目が『褒めて褒めて』のアピールが凄い。
そうだな。ここはガリーニョさんのあの技を借りるとしよう。
「カミツ? ひとりででき太! カンペキダ!」
右手の人差し指を立てて。素敵にスマイル。
「……?」
……。
どうやら、神津との間に大きなオープンスペースが出来てしまったらしい。
一大事になる前に、今までの流れに修正しよう。
「ゲフンゲフン…。うん、その、なんだ。紺野、貼り付けお願い」
「うむ。お願いされた!」
元気良く紺野が右手を上げる、と同時に勢いよく胸が弾む。
五角形カットされた海苔をマヨネーズを糊代わりにたこ焼きにくっ付けていく、――のだが、正直気になる所はソコじゃない。
もちろん紺野がしているのは、言うまでもなくサッカーボールをイメージしたたこ焼きだ。
だが!
弾む方のボールにしか視線が行かないのは、俺が根っからのキーパーだから。
きっとそうなのだろう。
……そういう事にしておこう。あえて、ね。
☆☆☆
越野が6個詰めした上に、紺野がサッカーボール風のたこ焼きを乗せる。
1個サービスとサッカー部らしさを表現する小細工。
なかなかに手間隙かけたパッケージだと思う。
さて――、
これで集金の為の万全のフォーメーションの完成だ。
内村が準備して、俺が焼く。
焼き終わったものを越野と佐倉がパックに詰めて、トッピングして販売する。
サッカーボールもどきの準備ストックを終えた女子マネ二人は、たこ焼きガールズとして客寄せ中だ。
胸に二つの大きなたこ焼きをプルンプルン揺らしながら接客する紺野。
白いTシャツのせいで、色々と破壊力抜群だ。
それを見てテンションを落とす神津。
さりげなくジャージを羽織ってしまう所がいじらしい。
うん。別にあれを基準にしなくていいと思う。
なんつーか、あれはグラビアみたいなものだろうから。
あとは、つまみ食いする八神とディレイの必要を失い、置物と化した不破か。
まあ、八神はサクラでいいか……。
「なあ、これあげるからあの辺の目立つ所で美味しそうに食べてきなさい」
「ん。ありがと」
タッパーに入れた形の悪い失敗作のたこ焼きを大量に渡す。
それを大事そうに持ってトコトコと歩いていく。
やがて、校門の近くのベンチでたこ焼きを食べ始める八神。
「ちゃんと不破にもあげるんだぞー!」
コクンと頷いた後、不破を手招き。
よし、あの二人はもういいだろう。
☆☆☆
「結構繁盛してんじゃん。ちゃんと練習の成果出てんじゃない?」
目の前には姉ともう一人女性。
ふんわりしたショートソバージュが目を引く。
美少年でも行けそうなほどの中性的な容姿に一瞬目を奪われる。
一瞬、姉の彼氏かと錯覚するところだった。
つか、普通に美人さんだ。
高校にはいない大人の女性って感じで、ちょっと大学時代を思い出す。
つか、どっかで見たことある様な顔だなぁ……。
「大きくなったねぇ、弟君。いつもウチの瞬が世話になってるみたいでありがとね」
そう言って軽くウインクをする美人さん。
ん? 瞬? ウチの瞬、だ、と――?
ま、まさか、八神のねーちゃん?
「で、ウチの弟はどこにいるのかな?」
黙って校門の奥を指さす。
暖かい秋の日差しを受けて、ベンチで幸せそうに眠っている八神。
傍らには番犬代わりの不破が体育座りをして控えている。
ベンチから追い出されたらしく、背中に哀愁が漂っている。
「な、なんで寝てるの?」
「多分……、お腹いっぱいで眠くなったんだと思います」
「……」
「……起こしてきましょうか?」
「幸せそうだしいいわ。そのままにしといてあげて」
結局、姉ーズは二つたこ焼きを買って行ってくれた。
「お買い上げありがとうございまーす!」
俺の声を受けながら去っていく二人。
何気に周囲の視線を集めている。
まあ、目立つわなアリャ。
八神の姉ちゃんは当然だが、ウチのも世間的に見れば美人で通ってるっぽいし。
「だ、誰っすか、今の?」
落ち着け内村。
話で分かっただろ? ソバージュの方は八神の姉で、もう片方は俺の姉だ。
「え? 今の人が楠先輩の姉なんですか……?」
なんだよ、ジロジロ見て。
お前の弟になる気はないからな?
「似てな……、いえ。血が繋がってない可能性とかって……、ないんすか?」
……。
どーゆー意味だよ、それは?
☆☆☆
「うん。旨いじゃないか、コレ!」
「いやぁ、お好み焼きのクオリティにはとてもとても」
「「いやいや」」
そのままニィっと笑う俺と麻野。
職人同士、心が変な感じに伝わった瞬間だ。
周りから見ると、多分気持ち悪い。
その後、お裾分け分のたこ焼きとお好み焼きを持ってキックターゲットに向かう。
たこ焼きも客の入りもひと段落して、内村と越野で十分に回ってきている。
というか、万能な内村は焼きを手伝っているうちに俺より上手になってしまった。
うーん。
俺の存在理由が大きくクリアーされてしまった。
八神と一緒にふて寝しようかとも思ったが、子供がもう一人増えると保護者が本気で悲しむだろうから止めといた。
と、いう訳で――、
紺野と二人、両手一杯のたこ焼きとお好み焼きをテイクアウトして、キックターゲットへと陣中見舞いだ。
「ヤッホー! 差し入れだよー!」
紺野の声に釣られた後は、胸の迫力にセカンドインパクトを受けるまでがお約束だ。
「おお! もしかして来ないのかと思ってたぜ!」
ひと際嬉しそうに寄ってくるのは西だ。
その声に釣られて、他のメンバーも寄ってくる。
氷高と桜井だけはお客さん対応中だ。
ん?
一番うるさいのがいないようだが?
「待てニジリー! 森山がいないぞ?」
「プリン頭って……。アイツなら、部室の掃除してるぞ?」
!?
な、なにゆえ?
「あぁー、ちょっと他校の女子に過剰なお触りしちゃってなぁ……。職員室に連れてって! って少し揉めたんだよ。んで、望月が怒った。後は分かるだろ?」
お、おう。
かいつまんだ様だが、情景が浮かぶほどにリアルすぎる。
そのまま少しお互いの流れを説明しながらのコミュニケーション。
『八神がポンコツなので誰かと交換してくれ』と言ったら、
「分かった分かった。そんな事言わなくても、芝浦そっちに入れてやるから」
と、西がニヤニヤしながら肩を回してきた。
いや、そういう事じゃなくて!
普通に八神と不破が使えねーんだよ。だって寝てんだぞ?
「おーい紺野? 芝浦そっちに回すから、適当に使ってやってくれ。いいよな司?」
……もう、好きにしてくれ。
「ああ。別にいいけど。だったら内村回してくれない?」
「それは駄目だ!!」
「それは駄目!!」
同時に俺と紺野が声を上げる。
そして、次の言葉まで一緒なのもお約束だ。
「変わりに八神をやろう」
「八神君ならあげるけど?」
「……いらないかな、うん。やっぱり大丈夫!」
少し間があったな、司?
酷いな。八神をいらない子扱いするなんて。
あんなにスヤスヤ眠っているというのに。
可哀そうだから、下校まで寝かせておいてあげるしかないじゃないか? 不破と一緒に。
「あのー、よく分からないんですけど……、よろしくお願いします」
控えめに出てきた芝浦を連れて、タコ焼きのテントへと三人で戻っていく。
途中、何気なくグラウンドに目を移す――、
女子生徒に囲まれ、その対応にちょっとめんどくさそうな氷高と、
彼女らが蹴った勢いの無いボールに届かない演出をする桜井がいる。
ただただクルクル回るだけのバレリーノ人形。
桜井が起こした砂埃は、あっという間に秋の風が遠くへと押し流していく。
……。
なあ、桜井。
あの空の極みはいずこであろうなぁ……。
ちょっとだけ、五丈原で切ない言葉を吐いた名軍師になったような気がした……。




