35話 秋のライオン
あの日以来、俺は試合中に殴られても蹴られても構わない、と思うようにした。
by 松○ 成立
エンカウント直後の出会い頭の一発。
理解する間もなくおまけの追撃も入り2コンボ達成。
いきなりのビンタ二発と蔑んだ姉の目が領域を支配する。
ストップ! ストップ! ストップ!
うずくまる男を叩いてはいけない。
涙ぐむ心をつぶしちゃいけない。
両の手のひらを前にかざし、距離を取るようにアピールする。
『傷が癒えるまで眠らせて』って歌ってなかった?
アレは確か、どの世界のエンディングだった?
「つかアンタ誰? 何でここにいんの? 要の何なの?」
「わ、私と同じマネージャーの先輩です!!」
紺野に対して下からメンチを切ろうとする姉。
それを後ろから抱きつきながら止める芝浦。
「あぁん?」
チンピラですかマイシスター?
流石に目が座ってる姉に距離を詰められて紺野も少し慌て出す。
「いやいやホント! ホントですって?」
必死に弁明する紺野と抱きつく芝浦を引きずりながら尚も詰め寄ろうとする瑞希。
怪我人をそっとしておくという常識は持参してこなかったらしい。
☆☆☆
――同時刻、鹿島スタジアム。
ピッチサイドでは、アナウンサーにマイクを向けられた司がインタビューを受けていた。
「この勝利と優勝……、あとはー、全国への切符ですかね。まずは、ここにいるチームメイトや監督。そしてマネージャー。あとー、応援してくれた観客席のみんなのおかげで勝ち取れたモノだと思っています。両親を含め、支えてくれたみんなにお礼を言いたいです」
『途中、アクシデントやハプニングでメンバーがいなくなるという非常事態もありました』
「まぁ、どんなシチュエーションでも対応できるようにやったきたつもりなんで。不破は――、そこにいるな? 楠もね、きっと今これを見てくれてると思うんで。まずは全員の勝利だということを伝えて、一緒に喜びを分かち合いたいと思います!」
『ありがとうございました。キャプテンの皇司君でした!』
模範的な受け答えが行われ、泣き顔の不破がもみくちゃにされていた……。
『続いては見事ハットトリックを決めた三年生の森山君です!」
☆☆☆
~病院処置室~
俺と紺野の必死の説明で猛獣瑞希の怒りは少しずつ収束を迎えてきていた。
結果として――、
ハイタッチをしようとしたフェイントに騙された俺が全て悪いらしい。
エラシコ並のフェイクだぞ?
騙されないヤツ絶対いないって?
「じゃあ、私は部長さんトコに行って、うちの保険証出してくるわ」
「あ、お姉さん。私も行きます。部長に勝ったの伝えたいし」
一瞬だけ、瑞希が驚いた様な顔を見せた。
さっきの今で、普通に接し始める紺野の空気の読めなさに呆れた感じだろうか。
これで、紺野のパーソナルスペースの無頓着さに気付いて貰えればいいんだけど。
そのまま微妙な距離感のまま、2人は処置室を出て行った。
そして残された俺と芝浦。
少しだけ無言の時間が流れる。
時間が経てば経つほど言葉が重くなるのは分かってはいるんだけどね。
それを芝浦が破るまでにどの位の時間があったんだろう。
実際には、それほど経ってなかったりするんだろうな。
「……鼻の下伸びてました」
うっ。非常事態でしたし……。
「なんか左手がワナワナしてました」
ごめんなさい。
「でも元気そうなので安心しました」
芝浦はさっきまで紺野が座っていたパイプ椅子に腰掛ける。
主な負傷が金的だった事は今は言わないでおこう。
あとで紺野辺りからバレるだろうけど、
あえて今言う必要性はない。
「口には出さないと思いますけど、瑞希さんも凄く心配してたんですよ?」
だからこそ、あそこまで怒った。
まあ逆の立場だったら気持ちも分からないではないか……。
心配して慌てて駆けつけたら、知らないヤツとよろしくやってる。
確かに『ふざけんなよ!』ぐらいは言いたくなるわな。
「とりあえず……、遅くなったんですが優勝おめでとうございます」
そう言って、芝浦がはにかむ。
何と言うか、全員が喜ぶタイミングを逃した感じだ。
それに正直、ベッドの上でおめでとうと言われると複雑な心境にはなる。
勝ってくれたことは嬉しい。優勝したことも嬉しい。
何より次に繋げてくれたことは、感謝以外の言葉が浮かばない。
ただ、最後の瞬間にピッチにいない以上、
自分も『おめでとう』と言う側に回ってしまった様な気がして寂しさを感じる。
「そういえば森山先輩ハットトリックだったようです」
「な、なんだって!?」
そ、それは大事件だ。
サッカー史に残る珍事と言っていい。
俺が負傷退場したのなんて、正直どうでもいい位のビッグニュースだ!
落ち着け! まずは事件性が無い事を警察が調べないと!
きっとブラジルやコロンビアみたいに、家族を誘拐されたとかあったのかもしれない。
相手の9番に点を取らせなければ分かってるだろうな――的な。
……な訳あるか!
いくら何でも賭け事になってるのかさえ怪しい県大会如きでそんな犯罪おかす奴はいないだろう。
いるとしたら……。うん。森山しかいないな、犯人は。
「ま、まあ一応森山に助けてもらった感じになるのかな?」
「一応どころか……。蘇生に成功したレベルで助けてもたらったとは思いますよ? こっち10人で流れもヤバかったですし」
え? 10人? レッドって事?
「不破先輩が退場になりました。裏抜かれて、キーパー抜かれた瞬間後ろから……」
「あー。そりゃ赤いわー。しゃーないな、それは」
その後、芝浦の知っている範囲で試合の状況を教えて貰う。途中からはラジオだったせいで、詳しいところまでは分からなかったみたいだが。
ま、ビデオ撮影していた一年の女子マネもいたしな。後で見せて貰うとしよう。
「あと、何か分からないんですが森山先輩が望月先輩に蹴られてたみたいです」
……なんともコメントしづらい情報だな、ソレは。大方、余計な事言って怒らせたんだろうけど。
問題は桜井だな。
急にあの場に出て3失点。しかも連携ミスや飛び出しの判断ミスがあったみたいだし。不破の退場の流れにも絡んじまった。
勝ったとは言え、落ち込んでないと良いが。
そもそもアップも殆ど無しに実戦に入れられただけでも同情の余地はある。
しかも、ここ最近の試合感も無かった。ましてやT-BOXなんていう連携命のフォーメーションだ。
急に合わせろ、なんて無茶も良いところだ。
逆に悪いことしちゃったな。後で謝っておこう。
そんな話をしていると瑞希と紺野が帰ってきた。
どうやらもう帰って良いらしい。
スタジアムか学校、どちらに向かうか話し合われる。
実際スタジアムではもうセレモニーが終わっている頃だろう。
ならば、行き違いにならないよう学校の方がいいかもしれない。
最終的には学校で解散するだろうし。
姉は両親に報告したいから、とスタジアムに戻ることになった。もう帰った可能性も考えたが、念のためと言うことらしい。
というわけで、俺と芝浦と紺野は部長の車に乗る事になった。
タイミング的には俺たちの方が少し早いかも知れないので、向こうで待つ感じだな。
『加○茶に誘われて~ついド○フ入ったら~セリフ無いのに気付いてそのまま高○ブー』
そんな初代ギター侍の歌が聞こえてくる車。
別れ際に姉・瑞希が普通に謝ってくる。
何でも紺野は部長を見つけるなり『優勝ですよー』と抱きついたらしい。
「あの子、誰にでもあーなんだね。さっきはぶって本当にごめん」
「いいよ。気にしてないから。だから親には言わないで欲しい」
と言うとあっさり和解。
よかったよかった。
元日本代表松永さんが退場処分になってしまった後、控えのキーパーが準備無しで出てトンネルしてしまった事がありました。その時、代わりの選手をそんな目に合わせてしまったことを心から後悔し、自分を許せなかったそうです。少し流れは違いますがキーパーが途中から急に試合に入った場合、大体良い事は少ないです。昔、ジェフの立石選手なんかも壁の指示がファー側が空いていて失点するなど普段やらないようなミスもありました。
徐々に流れに入っていけるフィールドと即パフォーマンスを上げないと失点に繋がるキーパー。大変さが少しでも伝わってくれれば、と思いながら終りとさせて頂きます。
ここまで読んで頂きありがとうございました。もう少し進めたかったのですが、ここで一度小休止させていただきます。やっぱり毎日更新は予定通りにいかない……。ごめんなさい。




