34話 何でもないような事が……幸せ
『4ヶ月? そんなにサッカー出来ないなら手術なんてしない!この傷は神様に与えて貰ったモノだ!』
by カルロス・テ○ス ※顔の熱湯事故の傷をクラブが手術を薦めた際に。
「いや! 大丈夫です!」
まずはハッキリとした否定。それがノーと言える男。俺、楠要だ。
散々拒否したにも関わらず救急車に乗せられ、そのまま訳も分からず病院へと送られてしまったのだ。
『早くスタジアムに戻らないと』と『だったらさっさと診断と処置を終わらせなさい』と看護婦との押し問答が続く。
検査もした。内臓も肋も大丈夫。そんなのは分かってた。だって間にボール入ってたんだもん。鳩尾だったから、一過性の呼吸困難になっただけ。
あと、太ももの打撲? こっちは最初真っ黄色だったのが、段々と内出血で赤紫になってきた。
でもそれも、ほっときゃ治るから特に心配はない。
問題は股間だ。
検査終了後、救急室では無く処置室のベッドに運ばれ横にされている。
『傷があるか看るから脱ぎなさい』という命令に、俺のズボンの最終ラインは絶対に下がらない。
「全身麻酔にしてひん剥きゃ良かったかな?」
……今、サラッと恐ろしいこと言った?
目の前に対峙する男。ネームプレートに越智重雄と書かれているれっきとした医者だ。
見た目は40代くらいで爽やかそうな雰囲気を醸し出している。なんつーか頭も十五夜のお月様みたいで爽やかそうだ。こういう審判イタリアの試合で見たことあるぞ?
後ろでは若い看護婦はニヤニヤして、年配の看護婦がイライラしている。
「あのねー? 救急で来といて看て貰うの嫌とかあり得なくない?」
一瞬『若い女医さんなら有りかな』とか思ったけど、それはそれで逆にハードルが高いという事にも気付いてしまった。
しかもさ? ちょっと憐れまれたり、看て貰ってる最中にビリンデッリしてしまったらと思うと……。
危ない危ない。そんなシチュエーションを思い浮かべたら、ビリンデッリしてしまう!
「後から痛くなったり、将来使い物にならなくなっても知らないよ?」
!? そ、それは困る! 来年モデルや局アナと合コンするのに! (願望)
「そ、そこまで言うんだったら見せてあげなくもないです……」
ツンデレのテンプレみたいなセリフを言ってしまった……。
『別にあなたの為じゃないんだからね』――ええ、その通りです。俺のためです。どうも済みませんでした。
「いや、僕も個人的にはそんなに見たいわけではないんだけど……」
ええ。そうでしょう。そうでしょうとも! 俺は見せたくない。先生も見たくない。でも、見ないと終わらないんでしょ?
でも、せめて若い方の看護婦さんは恥ずかしいんで下がらせて下さい……。
☆☆☆
確認が終り先生と看護婦はすぐに捌けていく。
日曜日だし外来もなく、俺だけしかいないならここに留まる必要も無いのだろう。
ちなみに治療は終わったので、もうお金を払えば帰っていいらしい。
ま、どっちみち部長が戻ってこないと帰れない訳だが……。
「お? どうだった? 諦めて見せてきた?」
医者達の退室と入れ替わりにマネージャーの紺野が俺のベッドの横にやって来る。
パイプ椅子に腰掛けた後、栗色のボブカットを揺らしながら上目遣いで聞いてくる。
うーん。今まで、あまり深く考えたこと無かったけど――、
結構可愛い子多くないか、この世界?
紺野 絵美がどんなモブだったかは知らないが、少なくともヒロイン系の可愛さは十分に持ってると思う。
ちょっと癖っ毛のショートボブにクリッとした大きな瞳。化粧っ気のない健康的な可愛さは十分にスピンオフ作品が出来るほどの魅力が溢れてるように見える。
背は160センチぐらいか……。そして、制服の上からでもハッキリ分かるほどの胸の主張。いやあ、主人公が司じゃなければ十分にヒロイン張れる逸材だ。
そして、この感じからして『男子と気兼ねなく話せる友人』という立ち位置だろうか。いつしか女性としての魅力に気付いて主人公と結ばれる的な……。
――ふむ。ここはやはりアレ言っとくか。
『それ、なんてエロゲ?』
☆☆☆
「年頃の男子高校生にそういう事を聞くんじゃありません! 薬は出るみたいだけどな?」
大きな目を一瞬パッと見開いた後、ニコーッと笑う。うぅ、ビリンデッリ……。
「……で、痛いの? そこ?」
「ん? どこの事? 『そこ』だとちょっとわかんない」
「……ブチョーどこですかぁ? 私、今現在進行形でセクハラ受けてるんですけどぉ?」
「すいませんでした。なんでも誠意を持ってお答えしますので、そういうの止めてもらっていいですか?」
ちなみに部長は事務員の方と支払いや大会での選手保険について相談しているらしい。
その時、懐かしさを感じる『ブゥゥゥゥゥ』というバイブ音が響く。
紺野が小さな機械を取り出して必死に見ている。『ポケベル』だ! 聞いたことはあるけど、生で見るのは初めてかもしんない。
「おっ? 勝ったぞカナカナ! 6対3のゴールラッシュだ!」
そう言って見せてくれたポケベルの画面は『6-3 2142』と表示してある。
「ナニコレ? ワカンナイ? あとカナカナって何?」
「カナカナはカナカナでしょ? それともナメナメがいい?」
「……出来れば要でお願いしたい。――で、6-3は分かった。2142ってなんだ?」
「うー、分かったよカナカナ。2142は『勝ち』って事。か行の1番目とた行の2番目で『か・ち』でしょ?」
お、おぉぉ!! 勝ったのか? 本当なんだな? 許す! もうカナカナでもミーンミーンでも好きに呼べばいい。
つか3点も取られたの? スタッツは……? 分かるわけないか。8文字までの数字しか送れないみたいだし。
……良かったぁぁぁ。
ありがとう、みんな! もう少しだけ、またみんなとサッカー出来る。
「ヘイ? カナカナ?」
紺野が両手を上に挙げてる。ハイタッチの仕草だ。
「お? いいねぇ。ヘイ!」
とやった俺の両手は空を切り態勢が斜めに崩れる。
『うおっ?』っと思った次の瞬間――、
紺野が抱き着いてくる。最初にそれを理解したのが胸の感触だという事は言わないでおこう。
つか、意味が分からない。な、何が起きた? 楠として頑張ってきたご褒美と言うやつデスカ?
「悲しい時は泣いて、嬉しい時はハグする。良かったなーカナカナ? 優勝だよ? おめでとう!」
そう言って俺の肩をポンポンと叩く紺野。
……こ、これはもしかして、俺も手を回してもいいのかな?
ギュッとすれば、もっとわかる事があるかもしれない。胸とか、弾力とか、大きさとか……。
いかん、全部同じだ。アレ? イタタタタタ。お、俺のビリンデッリが痛いぞ?
「カナメー!! 大丈――ぶ……?」
「先輩! 大丈夫で……す、か……?」
――突然の訪問者に時が止まる。
処置室の入り口に立つ二人の人影は、……姉と芝浦だ。
シューーーーン。あ、ビリンデッリじゃなくなった。
つか、紺野離れて? マジで空気が……、ヤバイ。
「ほーう! 元気そうねぇ? 皆に心配かけまくった分際で、病院で女子といちゃつくとはいい度胸してるじゃんか、要ぇ?」
鬼の形相で近づいてくる姉に対し、空気を読まない紺野がゆっくりと俺から離れる。
「舞っち。頼まれた通り『よろしく』しといたよ!」
? よく分からない。なにが『よろしく』なんだ?
「最初に確認させて。怪我は大丈夫なんだね? またサッカー出来るんだね?」
真っ直ぐに目を見据えて尋ねてくる姉。受け止めた後、しっかり頷く……。
バチィィィィーン!!
アレ? 左ほほの衝撃に合わせ、目から火花が散ったような錯覚。マジビンタだ!
い、いや? ちょっと説明させて? 俺にもよくわかんない状況なんだけど……。
だ、誰かいないの? 先生? 部長? 看護婦さーん?
『プレェェェェオォォォォォン!!!』
二発目のビンタが鳴り響く最中、試合継続をアピールする主審の姿が浮かんでは……、星と共に消えた。
楠本人の苦手意識の理由が何となく分かった……気がした。
まだ看護師ではなく、看護婦の時代だったように思います。今では不潔ということで見なくなったキャップも、当時は当たり前にしていましたね。
ナースが『白衣の天使じゃない』と、鬼のメンタルを持つプロ集団だと気付いたのはいつ頃だったろう(遠い目)。
※ストック切れそうです。4月から仕事がアホみたいに忙しくなってしまい時間欠乏症です。ごめんなさい。一度区切りの良いところで溜めに入る予定です。




