32話 守護神のいない風景 (芝浦舞・前編)
主人公が怪我で行動不能の為、初めての視点変更になります。
敵の選手と激突した先輩は、直後不破先輩にも轢かれてピッチ上で倒れた。
慌てて審判がゲームを止めて、チームのみんなが集まっていく。
部長も走り出したので私も遅れないように走って付いていった。
ペナルティキックポイントより少しゴール側。
そこには苦痛の表情を浮かべ倒れこんだ先輩の姿があった。
☆☆☆
全中大会の時と同じ光景が頭に甦る。
――ああ、あの時と一緒だ。この人はいつだってそうだ。
いつもは自信なさげな感じなのに、チームが危険な時だけ勇敢になって体を投げ出していく。
そして、いつもこうして痛い目にあってもがき苦しむ。
何度打ちのめされても、その度に苦笑いしながら自信なさげにゴールを守ろうとする奇特な人。
どうしようもなく目が離せなくて、どうしようもなく守ってあげたくなる存在。
チームのために恐怖を捨て、痛みに耐え、ただひたすらゴールを守ろうと愚直なまでに立ち向かう人。
……昔、つまらないことがキッカケで私は苛めにあってた。
毎日が辛くて辛くてどうしようもなくて――、
全てが嫌になってた時、父に連れられて何の気なしに見せられた中学生のサッカー。
その試合で、強烈なシュートや危険な接触に幾度となく打ち倒される先輩を見て自分が重なって見えた。
それでも、どんなに痛くても辛くても何度でも立ち上がるこの人を見て……。
勇気を貰ったんだ。立ち上がる勇気を。立ち向かう勇気を。
だから……私はあの時――、生きることを選べた!
そしていつか、この人をただ支えてあげたいと思ったんだ。
☆☆☆
みんなの必死な声かけにも先輩は声を出すことが無かった。
『大丈夫か?』と聞かれて、息も絶え絶えに必死に頷く人を見て誰が大丈夫なんて思うんだろう?
せめて泣きそうな顔で首を横に振ってくれれば、私にも何か出来るかもしれないのに……。
でもきっと、この人はそんな事絶対にしないんだろうな。
ゲームドクターとして会場入りしていた父が走ってきて、両手で大きく×を作る。
『試合続行不能』という判断だ。すぐにタンカが運ばれて、先輩は医務室に運ばれていく。
え? 変わっちゃうの? 一度出たらもう戻れないのに?
大丈夫。この人は不死身なんだよ? 何度倒れても、その都度起き上がって戦うヒーローなんだ。
だから、先輩から戦う場所を奪わないで欲しい――、と無責任な考えがよぎって、すぐ振り払う。
分かってる。そんなの私の思い込みだってぐらい――。
等身大に見れば、頼りなさそうで優柔不断で、見た目も氷高先輩や皇先輩に比べると……、あれ? 良いところが無い?
いやいや、そんはずはない。私はずっとこの人を見てきた。私にとって最高のヒーローなんだ。
部長に付いて医務室に行こうとしたら『芝浦はベンチに戻りなさい』と言われた。
なんで?
ベンチ前では桜井先輩がアップもそこそこに交代の準備をしている。
監督に先輩は部長が付いて医務室に向かった事を報告しようとしたら、部長が慌てた様子で走ってきた。
「楠ですが芝浦先生の指示で救急車で病院に送ることになりました。一応内臓の検査もしておいた方が良いって事で。帰りもあるんで私は自分の車で向かいますが、誰か一人、荷物とかもあるので連れて行きたいんですが……」
『私が!』と言ったところで、監督から『いや、紺野行ってくれ』と別のマネージャーの先輩が指名される。
多分、父の絡みなのかも。ゲームドクターとその娘がマネージャーとか面倒くさい大人の事情のせいなのか?
うう。こんな時の為にマネージャーになったというのに……。
「紺野先輩、よろしくお願いします」
紺野先輩は『うん。任せて』とだけ言うと、慌ただしく部長と一緒に去って行った。
☆☆☆
……つまり、私が先輩に出来ることは試合の内容を後でこと細かに報告する事ぐらいか……。
でも、ビデオの撮影も神津さんがやってるし……。うん、困った。何も無い。出来れば私も病院に行きたい所なんだけど……。
なんて思ってたら、あっという間に失点した。
アーリークロスの対応をキーパーと西先輩が譲り合ってしまった形。
イージーな感じに見えたけど、連携が上手く行かなかった感じで、フリーでヘディングされてしまった。
望月先輩がテクニカルエリアに走っていく。
「中盤もっとコンパクトに! 和泉戻り遅い! 八神と内村はディレイでサイドの戻る時間稼いで! あと西と桜井はもっと声出して! お互いに意思を伝達して! 集中よ、集中!!」
あれ? いつの間に指揮官交代したの? と思ったら監督が望月先輩にサムズアップしてる。
あ、伝言させたのか。確かに望月先輩の声やたら通るからなぁ。
「……あれなら心配する事ないわよ?」
戻ってきた望月先輩はベンチの脇に立っていた私に声を掛けてきた。
「あれ……? ですか?」
「楠よ、楠」
――う? バレてる。
「こう見えて付き合い長いからね。4歳位から視界の片隅に存在してたわ――、昆虫みたいに」
……存在してたって。しかも昆虫って。あぁ、私のヒーローが虫にされてしまった。
「いつも司君や松永君の遙か後ろを追い掛けてるような歯牙にも掛けない存在ね。距離は広がってるのに、それでも諦めずに付いてこようとする羽根虫」
……まさかの昆虫より格下げ。どんだけ楠先輩に厳しいのよ?
「でも……アレは逃げたことは無かったはずよ、私の知る限り。司君や松永君みたいな才能をじかで見せられても、絶対に辞めようとしなかった。それだけは賛辞に値するわね。普通なら才能の差を見て諦めるもの」
そ、そうよ! 何度でも立ち向かうから先輩はヒーローなんだ。……少なくとも私にとっては。
「あり得ない事だとは思うけど、もしかしたら楠には見えてるのかもしれないわね。司君や松永君の背中が――。 だから、アレは大丈夫なの。司君を追い掛けようとする人が、あの程度でダメになるわけないわ」
……謎理論ありがとうございました。
「だから、そばで辛気くさい顔しないで。楠が帰ってくる場所を作るためにみんな戦ってんだから、あなたもシャンとしなさい!」
「……あ。すいませんでした!」
そうだ。私たちはチームのマネージャーなんだ。まだピッチで戦っている選手達がいるのに、私はなんて失礼なことを……。
しかも、それをあの望月先輩に教わるなんて――不覚だわ。
それに、一応心配してくれたみたいだしね。後でお礼も言っておこう。
その時に、タッタッタッタと大慌てで紺野先輩が駆け戻ってきたのが見えた。
「監督? 楠先輩なんですが、鹿島総合病院に行くことが決まりました。それで、多分家族の方もスタンドにいるだろうから知らせておいて欲しいって部長から……はぁはぁ」
! あの病院だ。初めて楠先輩と一緒にお出かけした――
「芝浦行きなさい! 貴方なら家族の顔わかるでしょ?」
「はい!」
望月先輩の声に、即走り出す私。監督は無視した。『いや、お前だってわかるじゃん望月?』とか始まったら面倒くさいし。
ベンチ後ろの階段を駆け下りようとするタイミングでけたたましいホイッスルが鳴る。
『ピィィィィィィィ』
ん? ええっ!? PK? しかも不破先輩にレッドカード!?
先輩……どうしよう。
先輩の帰る場所なくなるかもしれません……。




