29話 楠 ピッチに立つ! そう。立っただけだ!
『つまらない試合なんてないよ。だってフットボールは楽しいものでしょ?』
by マ○ドーナ
ウォーミングアップも一通り行い、ミーティングの時間がやってくる。
監督がホワイトボードの前で指示を出す。
外では太鼓や応援の歌も聞こえ始めてきた。
否が応でもテンションが上がってくるのを感じる。
「いいか! 注意するのは敵の左サイドの7番だ。八神、目離すなよ?」
「ん」
コクンと頷く八神。
「こっちの左側の方が間違いなく先に主導権を握る。そうだな氷高?」
当然、とばかりに無言で頷く氷高。
「あとは中で勝負できるFWの9番だけは目を離さなければ問題ない。それは不破と西で捉まえてろ。いいな? 正面ならボランチもフォロー、サイドからなら逆側ちゃんと絞るの忘れるな! まあ、ざっとそんなところだ。あとは普段通りやればいい。むしろ前半で決めてくるぐらいの覚悟で行け! 後半はBOXの試験が出来るぐらいにするのが前半の理想だ。今日の相手は当然だが、鹿島ワンダーズより弱い。ここでの悔しさはここで果たすんだ! いいな!!」
「「ウィッス!!」」
ホーム側、俺たち鹿島南のフィールダー達は真っ赤なユニフォームを身に纏う。キーパーは黄色の長袖シャツに黒のパンツとソックス。
今まで、数えきれない挑戦者を返り討ちにしてきた伝統のドレス。重みは半端ない。
敵に与える威圧感もきっと半端ないんだろう、と思われる。
対する日工は全身白。
基本ファーストは同じ赤だったみたいだが、こちらと被らない様にとセカンド仕様だ。
あと西のスパッツが初めての『えんじ色』なのは触れないでおこう。それ、たしか今朝まで持ってなかったよね?
☆☆☆
『ピィィィィィ!!』
キックオフのホイッスルが鳴り、相手ボールでのゲームが始まる。
同時にホーム側のスタンドから一斉に太鼓や手拍子に合わせ歓声が沸き立つ。
鹿島ワンダーズ名物のチャントロールが鳴り響く。
ま、同じ町内のよしみってヤツで許しておくれ。
リズムに合わせての大合唱。
「「オウオオーオーオ!」」
流石に自分たちに向けられてると思うと鳥肌モンの感動だ。
やるな。応援団と吹奏楽。
こりゃ、意地でも国立でお披露目させたくなるわ。
☆☆☆
前半10分過ぎ。
徐々にポゼッションを高めていく俺たちに対し、左サイドから突破口を作ろうとする相手の構図が段々と鮮明になってくる。
何とかして、7番がリズムを作ろうと低い位置まで戻ってボールを受け取りに行く。
だが、一端はたいた後に前での自由は八神が絶対に許さない。
すでに敵の左サイドの沈黙は始まってきている。
そりゃあ、普段から司とマッチアップしてりゃそうなるわな。
それに、この前なんか『ガリーニョ』や『リオナード』っていうセレソン経験者と90分やり合った訳だし……。
セレソンレベルと比べたら、高校生どころか比肩する日本人なんてプロでもいないだろ。
左を諦めつつある日工はロングシュートや縦パスでの打開を図ろうとしてきた。
ホント悪いんだがそんなのが通用する相手じゃないんだな、うちは。
25メートル以上なら最低110キロは出してもらわないとな。あとは出来るだけ端に飛ばしてくれ。それか超ブレ玉だ。
それぐらいしないと、司に鍛えられた俺の視界や反応からは逃げられないぜい? と、たまには威勢のいいことも言っておきたい。
だって全国行ったら、絶対に言えないから!
ま、実際は内村や不破のチェックもあり、枠内にすら飛んでこないのだが……。
こうやってネガティブ要素を重ねていく事が大事なんだ。
ホントにいいシュート来たら、結構ヤバイかもしれないし。
開始早々から単調な攻めになってきた敵に対し、氷高が『そろそろか』といった感じでボールの要求を強め出す。
ドS野郎の本領発揮だね。司も今日は氷高のフォローに回る。
相手のやりたい事の更にその上。
それをこっちが見せつけることで戦意を奪う。それが最初のミッションだ。
タッチラインぎりぎりでキープを始める氷高。
1人なら抜くし、2人ならわざわざキープした後に散らす。それの繰り返し。
たまに2人でも間から抜いたりと、明らかに技量の差を見せつけながら。
おたくらのメインウェポンより、こっちのオプションの方がずっと上でしょ? と言わんばかりに左サイドを楽しそうに蹂躙する氷高。
あーあー。あんなに楽しそうに笑って。嗜虐性ここに極まれり、って感じだ。
切れ込んでクロスと思わせて中に特攻したり、キープして時間を作りオーバーラップした越野を使ったりとやりたい放題だ。
勿論、それだけ相手のディフェンスをズタズタにしてれば先制点も生まれる。
ギリギリまで深く抉った氷高がライナー性の強いクロスを森山に入れる。
左足のインサイドで合わせようとして失敗したボールは森山の軸足に当たりコースが変わる。
ファー側にいた沢入がそれを拾ってペナルティエリアの中心に優しく落とす。
マークを振り切って走ってくるという司、という敵からしたら絶望的な状況。
慌ててブロックに入ろうと体が浮いたディフェンダーを軽く抜き去り、飛び出してきたキーパーをあざ笑うかのようなループ。
全く無駄のない動きであっさり先制。
なんだろう。全てが『司の為に』、と用意されている様な錯覚を覚えるゴールだ。
もとはと言えば、森山が左からのクロスに対して右足を出しとくだけのシーンを外したのが原因なんだけど。
目に見えて動揺を隠せない日工イレブン。
そりゃそうだろう。
鹿島南に先制されて勝てたチームはこの数年ないのだから。ま、先制したからといって勝ったチームもプロ以外ないけどさ。
ライオン相手に一回噛まれてから反撃するのって出来ると思う?
同じレベルの守備力や攻撃力があれば話は別だろう。でも、明らかに力の劣る生き物だったら?
――動けなくなるまで牙を突き立てられるだけ。
そして左の牙である氷高のあの恍惚に満ちた顔。獲物の味を知った獰猛な猛禽類みたいな目で相手を見てる。
……マジこえーよ。一番敵にしたくない仲間ぶっちぎりだよ。
あれはもうクールとか無口とかの範疇じゃない。サイレントアサシンだ。
流れは一方的になり、2点、3点と追加していく。
俺はと言えば、転がってきたボールを横に流したり、ゴールキックを横に流したり……。
俺がボールに向かって行くと観客席で『動く。アイツ動くぞ!』と言うのは止めてほしい。
そりゃ動くわ! 動くに決まってんだろ?
むしろ動かないキーパーなんて空手をするキーパー並みに激レアだわ!
「はーい!」
大きな掛け声を出して小さくゴールキック。
コロコロとパスを走らせる。
汗だくに走り回る他の選手。
対照的に俺は少し肌寒い。
あーあ。11月も中旬になると日陰は結構さむいなー。
あの屋根無ければあったかいのかなー。
何一つ予想外は起らぬままに、前半終了のホイッスルが鳴り響いた。




