22話以上23話未満 もう少しだけ季節が移ろう前に
家に帰り、部屋で横になりながらスイカバーを囓りつつ雑誌を見る。
至福の時間だ。この何とも言えないチョコチップがたまらない。チープさを感じさせながらも、無くてはならない存在感。
ああ、俺もそんな風になりたいものだ。
そんな夕暮れの安らぎは、帰宅するなりドシッドシッと物音を立てながらの乱入者に破壊される。
ノックも無しに乱暴に開けられたドアの向こうには鬼のような形相をした破壊神、もとい楓が立っている。
そのまま、鞄を乱暴に投げ捨て仁王立ちのまま真っ向から睨んでくる。
「一体どーいうつもり!? よくもまあ、人の部活中に堂々と恋人宣言なんてしてくれちゃって! あの後大変だったんだから! いーい? 納得できる理由言えなかったら、庭のネット今すぐぶち壊すわよ!!」
……。
うわあ。楓も全然違く無かったよ、芝浦……。
取り敢えず一度興奮を抑えさせるのが先決だ。
なるべくゆっくりとした口調で、話を遮らない事と強い否定はしないように心がけていこう。
真実を淡々と伝える。それ以外この暴風は止みそうもない。
「まずは落ち着け……、楓。そもそも恋人宣言なんてしていない。あれはお前が―」
「私がなんだってのよ!? あの両手の丸は何よ? 上手くいきましたアピールなんてして、浮かれすぎなんじゃないの?」
「『上手くいきました』――って。そりゃお前が洋二先生に会えるようコンタクト頼んだから、結果を伝えたんだろ?」
「え?……そうなの?」
初っ端からクリーンヒットだ。
空気が抜けていく風船のように、楓の圧迫感が抜けていくのが分かる。シュウゥゥゥって後ろに効果音が見えるぐらいに明らかな変化を起こしている。
熱しやすく冷めやすいお手軽な性格は分かってればそれなりに扱いやすい。
「他に何があんだよ。芝浦に『今度妹連れて行きたいんだけど許可貰っといて』って頼んだら『多分大丈夫ですよ』って言うからさ。早く教えてやった方がお前も喜ぶかな?って思ってやったんだよ」
「え、マジ? 芝浦先生に会えるの? ――って、いや、そうじゃなくて。
じゃ、じゃあ、あの別れ際のラブラブっぷりは何よ? 離れるのが辛いオーラ出しまくって。同級生の男子部員一人『もう辞めるぅ』とか泣き出して面倒くさかったんだけど?」
「ちょっと待て? 最後のそれ……、俺関係ねーだろ?
つか、そんなオーラ出してないし! ちなみに最後に言ってた連絡ってのは、洋二先生に確認したことを報告しますって事だ。ぜーんぶ、お前との約束の為にやってる事なんだけど?」
ここで大事なのは、自分では無く『全て楓の為』アピールをすることだ。
お兄ちゃんの行動の全ては楓のためを思っての事なんだぞ、という事を言外からも醸し出す。
「じゃあさ、芝浦さんと付き合い始めたとかじゃないの?」
「悪いがそんな報告はしていない。仮にそうだったとして、なんでそんなこと一般公開で報告せにゃならんのだ。俺そんなに目立ちたがり屋じゃないんだけど」
そう言うと楓は、ハッとした顔を見せ何やら考え始める。
「……確かに。兄貴はそんなことするキャラでもなきゃ、度胸もないか……」
「わかってくれたか?」
「私は分かったけど、テニス部の方は分かってくれないかも……」
「あ、なんかそっちは構わないって言ってたぞ? なんだか面倒ごとがあるみたいで『解放されるかも』
ってよく分からない事言ってた」
「……哀れね、松岡。
ま、その事はもういいわ。芝浦先生の件聞かせてよ?」
さっきまでの怒りは何処へやら――。
途中、俺のメンタルをディスったことは触れないでおこう。
すでに楓の中には新しいトピックが出来上がり、完全に興味は移ってしまっているのだから、わざわざぶり返す必要もない。
まだ大した報告では無いが、俺の妹という立場なら一緒に来ても大丈夫だろう、ということ。
一応だが、念のため洋二先生に確認して貰った後、夜にその報告の電話をしてくれることを伝える。
例の面接のテストの件は伝えないでおくのは暗黙のルールだ。
知っている事がバレたら仮に受かった後でも取り消される可能性もある。
そして、何よりそんなカンニングみたいなズルを楓は最も嫌う。
――言わない方が良いし。会う目的も今は聞かない方が良いだろう。理由を聞いてしまったら、ポロッと話してしまうかもしれないし。
なるほど。最初の時の芝浦もこんな感じだったんだろうな、と思うと少しだけ自然に口角が上がる。
「なにニヤニヤしてるの? 気持ち悪い」
「き、気持ち悪いは無いだろ? 俺はお前の事を思ってだな……」
「なに? 私の事思いながらニヤニヤしてたの? もっと気持ち悪いんだけど? ちょっと距離置いた方がいいかしら?」
なんでそうなる……。
否定するのも面倒くさくなり、大きな溜息が漏れる。
楓はそれを見るとフフッと大袈裟に笑い、
「冗談よ。兄貴がにやける理由なんて分かってるわよ。
とりあえず今日はサンキューね。電話、いい返事だったら私にも変わって。お礼言いたいし」
楓は先ほど投げ捨てたバッグを拾い、ドアの方に向かっていく。
去り際に――、
「早く電話来るといいね。……い・と・し・の芝浦さんから」
は? とする俺を見ることも無く、楓は笑いながら出て行った。
☆☆☆
芝浦から電話が来たのは夜、八時を回ろうかとする頃だった。
電話が来るのが分かっている以上、姉に取らせる訳にはいかない。
バイトも無く暇な1日を過ごしたヤツの遊び相手になってしまわないように、俺はリビングにて電話へのポールポジションを確保していた。
ソファーに座りながらも重心は足先だ。ベルが鳴った瞬間に立ち上がれるように準備も万端だ。
「あのさあ、要? 舞ちゃんから電話来るのはもうわかったからさー? そんなにソワソワしない方がいーよ? 青春してるのは分かるけどさ? もう少し男はどっしり構えた方が舞ちゃんも喜ぶと思うのよ」
「!? え、いや? ちが!」
『若いっていいねー』と笑いながら、姉は2階へと行こうとする。
「ち、違うぞ? 俺はただ、姉さんに電話を取られたくないだけでここにいただけだからな?」
「……要? 人はそれを『独占欲』と言うのよ? いやー、まさかうちの弟がこんな感じだったとはねー」
「だから違うって! おい、ちょっと待て?」
瑞希は俺の言い訳を聞くこともなく、スタスタと2階に行ってしまった。
なんだよ? だったらこんなにスタンバる必要ないじゃんかよ?
……
………
ふいに電話のベルが鳴り、気づいた瞬間にすぐに止まる。
!?
慌てて電話に向かうその先で、
「はい。楠です。――、あー、芝浦先生んとこのー。今幾つ? ――、大きくなったわねぇ。
ん、要に用事があるの? ちょっと待っててね。あ、あとでお父さんと遊びにおいで。若い頃はうちの旦那と酒飲んで歩いて大変だったんだから……」
(……か、母さん? まさかそう来るとは思わなかった……)
「あ、要来たから電話変わるわねー。何か電話待ってたみたい。さっきお姉ちゃんにからかわれてたのよ、ふふ」
……『ふふ』じゃない。つーか、本人に言わなくていいだろ?
あー! 早く携帯電話普及しねーかな。もうPHSでもいいからさ……、あ、電波来ねえか、きっと。
メンタルに受けたダメージを回復する手段もなく、ゆっくりと受話器へと向かう。
さっきまでと違い足取りが重くなったのを感じながら受話器へと手を伸ばした。




