2話 俺が俺であるために
『太陽のストライカー』は俺が子供の頃にちょっとだけ流行った漫画である。
偉大な先駆者たちの美味しい所だけを抜き取るような作風が懐古主義の人たちとサッカーブームに乗って、そこそこヒットしたと思う。
最後の方は打ち切り寸前くらいまで人気が落ちたとか言われてたから、よい終わり方はしてないのかもしれないが……。
例えば『俺は戦っていくんだ。この果てしないサッカー道を』的なモンかもしれないし。
最後の頃はあまりにサッカーとかけ離れたシーンもあり、サッカーバトル(笑)などとネットでは揶揄されていた。
人気が低迷したときに、起死回生にぶっちぎってしまったのが原因らしい。
ついにはサッカーファンにも愛想を尽かされたのが止めになったのかもしれない。
俺の知ってる限り、基本的な内容は主人公の『皇 司』が無双するストーリーだ。
脇役も多いが、結局は司や準主役クラスが点を取って、メインのキーパーである『安曇 光輝』が全部止めて勝つという王道ものだ。
サッカーに限らずスポーツ漫画というモノは、必ず何人かチート選手がいる。
そして、それに対抗できるのはやっぱりそういったチート選手のみであり、そのチーターたちの戦いぶりで作品の評価が決まるんだ。
それ以外は、だって?
――決まってるじゃないか。『かませ犬』だよ、俺みたいな……。
「うわぁ」とか「なにぃ」って言いながら鮮やかに倒されるんだ。
別にそうしろ、と決まっているわけじゃない。実力的にそうさせられてしまう世界なんだよ。
無人の保健室でとりあえず横にさせられた俺は、作品に対して色々と考えながら思い巡らす。
だめだ。明るい未来が浮かんでこない……。
どうやらこの世界の楠は、顔面にボールを受けて気絶していたらしい。通りで顔が痛いわけだ。
あ、鼻血出てた。
というか誰もいないの?
夏休みだから保健の先生いないのか? つかマネージャーもいたよな? やっぱり楠程度では放置なのだろうか?
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そんな世界観の中で一応ながらスポ根漫画の賑やかしとして舞台に下ろされた俺は取り敢えず、数日を無難にこなしてみることにした。練習はさっきの件もあるから筋トレや瞬発系のボールを使わないトレーニングにして貰った。
情報収集と今後の対策の為である。サッカー自体はそれなりに知ってはいる。
定期的に大きな大会などがあって、その度にやれ『戦術はどうだ』とか『誰々がどうだ』なんてメディアやネットを騒がすから。ニワカだって見てれば、それなりに詳しくもなる。
だが、ここは『皇 司』を絶対神としたサッカー界だ。
きっと可及的速やかに考えなくてはいけないことも沢山あるだろう。
そのために幾つか分かったことを前提条件としてあげていく。
まず『サッカーを辞める』ってことは出来そうもないらしい。
良く分からないままこの世界に『楠 要』として登場させられてしまった訳だが、どうも幾つか制約があるらしい。
一番気になったのは、元々の『楠 要』が望まないことは選べないということ。
そう。例えばサッカー部を辞めるといったような選択肢がそれに当たる。ちなみにそういった行動を取ろうとすると、強制的にブレーキが掛かる。
例えば顧問に相談に行こうとしたら誰かにずっと掴まり続け辿り着けなかったり、「さぁ、頑張ろうぜ」みたいなテンションでどこからか坊主君が来て連れてかれたりする。
それでも逆らおうとすると、謎の強烈な頭痛が襲ってくることも分かった。無理矢理考え方を矯正されるような感覚。
全てを諦めて、流れに従うことを認めざるを得ない痛み、とでも言えばいいのかな。
「俺、帰宅部になりたい」って言葉を痛みで数回もみ消された所で、観念する羽目になった。
だから、少しだけ今の俺は現実的であり前向きだ。諦めの境地ってやつかもしれない。
練習メニューも今までのに戻して貰った。流れも実際に見てイメトレもした。
早く適応しなければならない理由もある。
主人公の『皇 司』やそのライバルたちは、最期の選手権大会で少しづつ『必殺シュート』を扱い出す。
そこで俺である楠の台詞は確か……、
『ぶへらぁ!?』とか『へぶぅ!』とかだった気がする……。
セリフなのか……、コレ? モヒカンでトゲトゲ肩パッドしてる方達の断末魔の悲鳴じゃねーか!?
そうしてきりもみを打った後、地面にたたき付けられた挙げ句ビタンビタンって2回ぐらい跳ねるのだ。それを一試合で多ければ数セット行うのがデフォだ。スタントマンかよ?
冬の選手権に至っては、それを正月明けのテレビで全国のお茶の間に生放送でお届けしてしまうまでがワンセットだ。
死ぬ――。死んでしまう。肉体や精神的はおろか、社会的にもだ!
そんな殺意の明確な凶器に俺はこの『上向き矢印の付いたグローブ』だけで立ち向かわなければいけないのか……。鍋つかみでライオンの捕獲に挑む様なモノだろう。
正直腕にガトリングガンでも付けておいて、シュートが来たら撃ち落としたい位だ。なんなら相手ごと撃ち殺しても正当防衛で何とかなりそうなモノだが。
鍛えなければならない――。生き抜くために。
いや、選手としてじゃない。命あるモノとしての生存権と基本的人権を守る為の聖なる戦いだ。
そう! 絶対に負けられない戦いがそこにはあるってこういう事なんだろう。
幸いな事に体は頑丈だ。おそらくキーパーとしての能力よりそっちにパラメーターを全振りされた可能性が高いのかもしれないが。
しがない脇役は怪我をする事は許されない。多分、編集者あたりに『そういうのいいんで』と没にされてしまうからだ。
やるだけやってやる!! そして、あわよくばマネージャーとかも落としてやる!
そんなことを考えながら俺はもはや慣れてきた感もあるグラウンドへと向かって行った。
誤字や文体など軽微修正しました。※例:最期⇒最後など。