18話 プロの洗礼
Jリーグの中断期間に行われる地元高校とのファン感謝祭的なイベントの一環。
プロのスタジアムに招待されての壮行試合。
ファンや関係者や家族のみならず、地元企業やスポンサーなども招待しての地域振興イベント。
サッカー以外神社位しか無い田舎のちょっとしたお祭り的な催し。その中の御前試合という扱いだったはずだ。
『流石にプロは本気では来ないだろう』とか『それなりに花を持たせてくれるだろう』的な事を考えていたのは決して俺だけでは無かった。だって俺たちお客さんだもの。
『お互いに優勝目指して頑張ろう』的なセレモニーの為の試合。鹿島市頑張れで市民一体化が目的だ。
しかし、それは試合開始早々ガリーニョによって太平洋へと蹴り捨てられる。
軽いプレーをしたチームメイトを怒鳴りつけ、全員の目の色が変わる。ソルジャーへと覚醒した瞬間だった。
そう。今起きているのは蹂躙であり虐殺だ。
その中でも一番ムキになってるのはガリーニョだ。
今年御年41歳。先ほどセカンドシリーズを終えての現役引退を発表し、今日は前半だけ出場するといって会場が沸いたレジェンドでもある。
圧倒的な威圧感と存在感でピッチ上に君臨しているその姿はまさに神と形容されるのも分かる。分かるんだけどー?
左の攻撃的MFに入ったガリーニョはこっちの右の司とのマッチアップも多い。
その度におちょくられるように司は抜かれる。正直信じられない風景だ。
トラップが乱れた様に見せて、わざとボールをちょっと遠くに置く。誘いにのって足を出せば股下から抜かれ、乗らなければ相対した後に抜かれる。経過は違っても結果は変わらない。
動き自体は鈍重なのに彼がボールを持つと全体のスピードが上がる。一つ一つは難しいこともしていない様に見えるのに誰よりも優雅で確かな技術とセンスを感じさせる。
そんな論理の破綻を『一つの解』によって逆説から証明していく。
――『ガリーニョ』だから。
こっちからするとインチキとしか思えないが、残念ながら力尽くでの答え合せだ。
司がやれられてる以上歯向かう手段は俺たちにはない。
走ってくるFWの足下に寸分狂い無く運ばれてくるボール。FWはタイミングを合わせる必要も無くボールの場所を確認する動作さえもいらない。気がつけば足下に置いてあるような奇跡的なパスを連続で両足のどこからでも配球してくる。
かと思えば、ハンカチ一枚分のスペースがあるかどうかの場所に容赦なくシュートを打ち込んでくる。
引退する選手のプレイなどでは全く無い。
相手に完全に食われた感じで前半を終える。すでに5-0。実際問題よくこれで済んでるな、と思うのが最初の感想だ。
途中から『あ、これ強制敗北イベントだ』って思ったほどだ。
ハーフタイムになっても司はしばらくベンチに戻ってこなかった。なんでもガリーニョに呼び出されたらしい。多分スカウトでもされてるのかもしれない。『僕の後の10番を付ける気はないかい?』とか。
しょうがないので司抜きでのミーティングが開始される。
「相手が相手だからしょうが無いが中盤がやられすぎている。中盤とCBを厚くして中央のブロックを意識するように!」
監督からホワイトボードを使って3-5-2への変更と説明が行われる。
二枚のセンターバックは向こうのツートップを付いて、空いた一枚はスペースとカバーに専念する。
「プロに個で勝てないのは当然だ。一つ一つの局面で常に複数での対応。数的有利を作り出せ。そして誰かが動いたらそのカバーとフォローも忘れるな。やってきたことを思い出せ。『連動』と口うるさく行ってきたのはこういう時の為だぞ!!」
「「はいっ!!」」
俺たちの声がロッカールームに響き渡った直後、司が戻ってきた。
「すいません。遅れました」
「ガリーニョとの面談は終わったのか?」
「はい。ミーティングあるからって切り上げてきました」
おいおい。あのガリーニョに呼ばれて自分から帰ってくるって……。やっぱ大物だわコイツ。『さすが司君』とか言っちゃいそうだな、オイ。
監督からさっき説明した事を再度司にも説明するが、「分かりました」とだけ答え静かに燃えているのが周りも伝わってくる。
多分ガリーニョに葉っぱでも掛けられたんだろう。スポ根野郎特有のオーラすら感じる位だ。
それだよ、それ。やっぱお前はそうでなきゃ!
後半、鹿島はガリーニョは事前の発表通り顔見せ出場(というレベルでは無かったが)を終え、新加入のブラジル人選手やリザーブの選手との入れ替えが行われる。現役ブラジル代表として先のワールドカップにも出場しているビッグネームでもある。
だいぶ贅沢な慣らし運転だな――。
一方、こちらは何とか一矢報いる為に司を中心にテンションを上げる。
このままでは終われない。
奪われた5つの失点を振り返り、どうするべきだったかを何度も繰り返す。
1点目。開始直後、迂闊にラインを上げたその裏のスペースに出され失点。完全にフリーで1対1にされた為、キーパーとしてはノーチャンスか。その前の場面での修正だろう。
2点目。あまりに簡単にやられた為、このままゾーンでいいのか、マンマークにした方が良いのか迷いが生まれた隙に、FW黒川選手にミドルをドーン!
プロにボックス付近でスペース与えちゃマズいという教訓の失点だ。まぁ、コースも良かったし打たれた瞬間に死に体になってた事も反省材料だな。
3点目は、ベタ引きになってエリア付近での足を引っかけてファウル献上。
ガリーニョの直接フリーキックという『伝家の宝刀』でバッサリ。
正直、コレは無理過ぎだろう。駆け引きとかの問題では無い圧倒的な技術の差。
ガリーニョ自身がミスをしなければ、間違いなく彼は狙ったコースに描いた速度と角度で蹴り込んでくる。そこに小細工の入る余地は全く無く、流れ星を見るかのように呆然と立ち尽くすしかない。
元が付くとはいえブラジル代表。そんなセレソンの中でも特別な10番だった人だろ?
しかも、クワトロなんちゃらみたいな大層な肩書きもあって、そのトップに君臨する英雄――。
……ラスボスだよ、この人は。時代がもう少し被ってたら、間違いなく隠しキャラ扱いだよ。
1週目では歯が立たない正真正銘のレジェンドだ。この人のシュートはイベントだと思って諦めよう。
4点目は右サイドを破られ、マイナスへのグラウンダーを合わせられ万事休す。1点目と同じで、ブラジル人のアーリンドだ。これも動けずボールの動きを見ているだけだった。『楠ならアタリマエー』とか言われそうだな。
そして最後は、またもガリーニョだ。
ボックス内の密集地から右アウトサイドに掛けた逃げるようなループ。
ため息が出るような軌跡を描いてポストとバーのスレスレに落ちていく。
『どこにそんなコースあった?』とか『そこに置いてくるの!?』とか色々言いたい事もあるが、それもまぁ『ガリーニョだから』で済む話なんだろう。
とはいえ、いくら何でもやられっぱなしでは帰れない。
多少の爪痕は残してやらねば!来年から企画が無くなっても後輩達にわるいしな。
チームとして1点。個人としては『ネガティブゲート』でブラジル代表を止める。
心の中で密かに強く思いながら、俺は後半のピッチへと足を運んだ。