17話 目指せ!幻影ミラクル型! (後)
第二練習場での遊びか練習か分からないサッカーは終りを告げ、俺は洋二先生の病院へと案内された。
訳も分からないまま連れてこられ、今また訳の分からない会話をしている最中だ。
「試合前の練習とかも見てたけどホントにボールが来ないねえ。プレジャンプとかいう問題だけではない気がしてきたよ。楠君は何かボールに嫌われるような事でもしたのかな?」
「……好かれるような事をした覚えも無いですが、嫌われるような記憶もないっすね」
当たり前だ。いくらなんでもボールという『物』に対して、精神的な嫌がらせなんてする訳無いだろう。
冗談だよ、と洋二先生が笑う。それ以外無いだろうに。
「1本目の最後のプレイは素晴らしかったけどね。あれ、(グローブの)グリップで回転かけてバーに当たらないようにコントロールしたでしょ?咄嗟の判断にしてはベテランみたいな事するなぁ、って感心したよ」
おぉ!キーパー以外で分かってくれる人がいるなんて驚きだ。
ディフレクトする程の威力じゃないときは結構ボールに手が当たった時に巻き込むような回転を掛けて、バーやポストの外に出している。勿論、リバウンドやポストの跳ね返りや巻き込みのリスクを無くすためだ。
今日の場合でいうと、下から上に持ち上げる瞬間にちょっとだけ前方に力を加える。それと同時にグリップの可能な限りバックスピンをかける。そうする事で、バーに当たる事無く安全にゴールの上から逃げることが出来る、という訳だ。土のグラウンドだからグリップが結構試合中に低下したけど、何とか上手くいったと心の中で自画自賛だ。
「それなのに練習では全くボールに触れない」
「んぐ!?」
「そこで提案があるんだけどいいかな?しばらく今日言った駆け引きを可能な限り全てのシチュエーションでやってくれないかな?」
洋二先生の口から恐ろしい提案が出される。それやって二発必中で頭にダメージ食らってんのに、今後もやり続けろと?
「まだ論理的に証明できる事では無いんだけど、多分あるジレンマをキッカーに与えていることは間違いないんだよ。『詳しく説明しろ』って言われれば出来なくも無いけど、まずは体で覚えた方が良いと思うんだ。大丈夫。絶対に後悔はさせない」
何気に半信半疑だ。この人は悪い人では無い。むしろ映像を集めてくれたり膝当てとかくれたりと、どっちかと言うまでも無く良い人だ。でも……。
「ボールが君を避ける。打つ方もあえてそうするから当然といや当然なんだけど、それを最大限に利用するやり方だよ。そして、それをやるにはプレジャンプのマスターもしなければならない。見せかけの誘いを行うために、本当にジャンプ出来ないなんて本末転倒もいいとこだから」
そう言って洋二先生がビデオテープを渡してくれる。『プロの練習を撮影したモノ』と注釈が入る。
あ、やっぱりこの人いい人だ。
「君の持っている力で相手にシュートを外させる。外れない場合はどの方向にでも飛べるスキルを身につける。基本だけど、最も重要な一歩だ。クリティカルパスは最低このレベルを越えてからでないと意味が無い」
「俺の力……ですか?」
そこが一番問題な気がする。はて一体、俺に何の力があるというのか?頭部にボールを引き寄せるのは特技と言っていいのだろうか?
あとは『シュートを外させる』……か。
黒い幻を出したり自分の影で残像作ったりする系だろうか。ゲーム化したら多分きっとエフェクトが格好いいやつだ。幻影ミラクル型の。
あぁ、俺もカットイン欲しいな。そこにちょっと余裕を感じさせる台詞もあれば、なお良い感じだ。『ふっ』とか『アマい!」とかな。
「ダークイリュージョンっすね?」
「……君はたまにわからない事言うことよね? もしかしてアレかい?
技に名前とか付けちゃうタイプ? でもそんな怖そうな名前にならないよ。あえて言うなら……、そうだなぁ。君を否定する門を作りコースを変えさせるから、『ネガティブゲート』って感じかな」
おぉっ!!良い。良いよ、ソレ。俺も技持ちになれるかもしれないの?マジで!?俺を否定するってとこが若干引っかかるけど。
☆☆☆
~妄想中~
「さぁ、残り時間もあと僅か。ドイツ、最後のチャンスをクリシュナーダ君にボールを集めます」と実況が言うわけだ。そんで、電気野郎にボールが渡って俺が西に叫ぶ。
「どけ!コースが見えん!」
……いいねぇいいねぇ。
電気野郎が「舐めやがって」とか言って感電シュートを打つ。そこでまさに『ネガティブゲート』発動ってわけだ。そんで、シュートはあさっての方に飛んでいって試合終了……って、あれ?
俺、何もしてなくっぽくね?少なくとも視聴者には単に電気野郎がミスしただけに見えなくね?つか、観客の誰かが感電したりなんかしたら、そっちに注目されちゃう感じじゃね?
☆☆☆
おかしいな。何だ?この発動者もネガティブな気分にさせる技は……。
「もう話してもいいかな?」
洋二先生がちょっと困った様子で俺を見ている。どうやら、わざわざ俺のトリップを待っていてくれたらしい。あまり度が過ぎると違うお薬出されそうだな。
「いえ。なんかすいませんでした」
「なんか色々イメージしてたみたいだけど、後でしっかり理詰めで説明するから」
ふむ。それもそうか。プロに付くトレーナーだしな。しっかりとした理論がそこにはあるのだろう。スポーツ物の王道だ。
「さっきも軽く言ったけど、これはキッカーの蹴る瞬間にジレンマ……。無限後退を相手に提示するという手法だ。だから、まずはオーソドックスなスタイルの向上を図って欲しい。そうすれば段々と感覚がわかってくるから」
「無限後退?」
「そう。でもまずキーパーは準備とリアクトの基本が大事だ。頭に詰め込むのはそれがある程度出来上がってからにしようか。基本ができていなければ、そういったものは必ずどこかで破綻してしまうからね」
まさかの展開に心の中で小躍りする。
司でさえまだ必殺シュートの手がかりを掴んでないというのに、俺の方が先に具体的なスキルを提示されるなんて。これでは『太陽のガーディアン楠』にタイトル変更する日が来てしまうでは無いか?
「まぁ、プロのキーパーは大なり小なりの駆け引きをしてるから別に君の専売特許ではないけどね?でもそれだって磨き上げれば一つの芸術だ。プロでもそれで飯を食っていける。頑張ろう!」
あ、そうなの?ちょっとガッカリだよ。
みんな使えるけどちょっと強化したバージョンねぇ……。例えるなら超カ○ハメ波といった所か。
まぁ『パンチング』だけよりかは幅が広がるのは確かだ。
それにオリジナルレベルと呼べるほどに昇華させれば、楠イリュージョンになることだってあるかもしれない。多分ないだろうけど。
~~~
選手権の予選は10月の下旬からだ。もう残り2ヶ月になろうとしている。
県予選は無理でも全国大会までには形にしないとな。
俺の記念すべき『ネガティブゲート』の最初の相手は『鹿島ワンダーズ』だ。
プロでも上位、いや普通に優勝常連の相手だ。不足など有るはずが無い。
ふふふ。やってやる。やってやるぞー!!
目指すは『幻影ミラクル型』!格好いいエフェクトと効果音付けて貰うぜ!!
壮行試合をもって長すぎたプロローグは終りの予定です。
本編というか2章の選手権へと舞台を写していく流れになっています。