15話 目指せ!幻影ミラクル型! (前)
「楠君横っ飛びぃ!――だが届かなぁぁぁい!!」
ピロリロリロリロリー……。
脳内実況の後に8ビットマシンのBGMが頭を駆け巡る。
何も掴めないまま地面に落ちる俺に相応しいフレーズだな。実況のマーキーも楽しそうだ。
パサァ、パサァと司のシュートが絶えずゴールに打ち込まれ、その度にピロリロリロリロリ-……。
☆☆☆
んがぁぁぁぁ!!
何だよ。何なんだよ? 毎日毎日ボールに掠りもしねぇじゃねえか!!
大体にして、俺相手に必殺シュートなんか練習する意味あるのか!?
だって必殺技覚える前から決まりまくってんじゃん。国内なら松永以外、普通の『シュート』で問題ねぇよ、お前なら! それに最悪ドリブルで抜いちまうじゃねーか。
「うーん、何か違うなぁ」
司が首をかしげながら呟く。
司……、それは多分、キーパーの力量だと思うんだ。お前がイメージしている安曇やロシアの『ラザエフ君』みたいなのを重ねて貰っちゃ困る。なんつーか、あいつらはスキル持ちだ。俺みたいに『パンチング』一本でエンディングを迎えちゃう奴とは訳が違う。
「楠君、ポジショニング少し前にして貰っていい?司君はもっと斜めに入ってから打つ感じでお願い」
洋二先生からアドバイス、というよりかは提案と言った方がいいか。シチュエーションを色々と変えながらの司の無回転シュートを受けまくる。
普通のブレは起きているが、飛んでいく軌道が気に入らないらしい。気にするな。準決勝辺りでふと打てるから。
「楠君、ちょっと……」
「はい?」
コソコソと洋二先生が俺だけに聞こえるように話しかけてきた。
「あのさ、司君が打つ時にニア切ってるでしょ?その時に若干わざとニア開けてファーに体重掛けるようなフェイント入れて貰っていい?」
なるほど。あえて狭いニアに蹴らせて、それを止めるといった所か。相手が相手だからな。どれほどの効果があるかは分からんが、少なくともリアクトしてのピロリロリロリロリーの今よりは良いかもしれない。
俺から見て、右前から斜めにドリブルで切れ込んでシュートが放たれようとしている。その直前の過程で、左足にグッと力を入れる。勘の良い司なら逆に気付くはずだ。
司の右足から放たれたボールは予想通り右の上隅を目掛けて飛んでくる。いつもよりかは近いが、それでもわざとらしい程の重心移動を見せたので、思う様に体は右に反応しない。
『シュゥゥゥゥゥ』と空気を切り裂きながら飛んでくるボールに半身の状態で右手を精一杯伸ばす。
――、『ギュン』って効果音が聞こえるかと思うほどにボールは俺の手のひらを避けるようにブレて……、
ガツンって重い音を立ててポストへと直撃し、そして俺の顔へと一直線に飛んできた。
「ぐぇっ」
俺の顎に跳ね返ったボールはポーンポーンと弾みながらゴールへと転がって行った。
(なるほどな、これは意識飛ぶわ……。そして顎もしゃくれそうだな)
青い空を見つめながら、俺がここに来た日の事を思い出す。そういや、楠本体はどこに行ってしまったんだろう。まさか司のシュートで除霊されたって訳でもないだろうしなぁ。
「大丈夫か楠!」
「楠君?」
「だ、大丈夫。でもなんか少しクラクラする」
顎を強打されると脳が揺れるんだな……。なるほど、アッパー喰らうとこんな感じになるのか。
「休憩しよう。少し横になれって」
「司君。僕ちょっと冷たい物とか買ってくるから。楠君はしばらく動かないで休んででね」
「うぃ」
そのまま仰向けで横になってると、司がペットボトルに水を汲んで頭の方にかけてくれた。
「マジ生き返る。サンキュー司」
「ああ」と司が返事した後、しばらく無言の時間が流れる。別に気まずくはない。
そういえば、アニメの楠って司とペアになった事ってあんまり無かった気がする。でも今は何だかんだ言って司と一緒にいることが多い。
…
……。
………。
「独り言なんだけど」
急に司が話し出す。
「俺、選手権終わったら卒業待たないでイタリアに行こうと思ってる」
(……だろうな。俺もその流れは知ってる)
「でもイタリア語話せないし、飯合わなそうだし、文化も違うし、差別もあるみたいだしさぁ。なぁんか思ってたのと違うんだよなぁ。でも、こっちでやるよりかは成長できるのは間違いないだろうし。何が正しいのかわかんねーよなぁ。あーあ。どーすりゃいーのかなぁ!」
(あれ? こんな奴だったっけ? カルチョに殴り込みだぁ! 的なノリだと思ってたんだけど?)
目の前にいる司は完璧超人ではなく、至って普通の高校生っぽい。
初めて親元を離れての生活、それも海外。不安に立ち向かっている等身大の若者の姿は俺の時とそう変わらない気がする。まぁ、イタリアと隣県の一人暮らしでは意味合いも大きく違うだろうけどな。
「あー、望月は知ってんのかなー。イタリア行くことをさぁー」
俺も同じように独り言スタイルを真似する。決して相談しあってるわけじゃないからな。
「言おうかなー。まだ言わない方がいいかなー。俺、わかんないなー」
ふふふ、ははっはっは。流石に我慢の限界で笑い声が溢れ出す。
「なんだよ、お前。独り言の最中に急に笑うなよ?」
悪い悪い、と形だけの謝罪を送る。普通じゃん。サッカーはベラボーに上手いけど、その他は滅茶苦茶普通じゃん。むしろ、バカっぽいぐらいの好青年じゃねえかよ。
勝手に『サッカー一筋』みたいなスポ根野郎だと思ってたのは俺の思い込みだったのかもしれない。
少なくとも、アニメの中ではこんな弱気を吐露するような奴じゃなかったし描写も無かったはずだ。
「言えばいいじゃん。やる事やってんだろ?」
「ば、馬鹿、お前?な、何言って――。まだキスしか……。って何勝手に独り言に入ってきてんだよ? 許可してねーぞ」
俺が思いっきり笑うと、司も呆れたように笑いだす。
いいねぇ、司君。青春だねぇ。俺みたいにさ、大学の新歓で酒煽られた挙句、女子に吐しゃ物巻き散らかしていきなり嫌われるような失態はしないんだろうなぁ。頑張れ、応援してるぞ。だから結婚式はちゃんと俺にも招待状送るんだぞ! 俺だけ忘れるとかマジ止めろよ?
☆☆☆
「おー、いたいた。つかさー! くすのきぃー!」
入口の方に数人のチームメイトがやってきたのが見えた。いつものメンバーだ。
西に氷高に八神、不破、森山。ちっちゃい頃からの仲間だ。近くには望月と芝浦も見える。
司はそれを見ると「内緒だぞ」と俺に確認してくる。
冷やかす感じで『どっちを?イタリアの方か、望月との事か?』と尋ねる。
「どっちもだよ!……、俺、何で楠に話ちまったんだろ……」
はっはっは。もう遅い。だが、絶対に内緒にするさ。主人公が弱気じゃ駄目だからな。せめて、みんなの前では強くあって貰わなければ。
俺は意味深な含み笑いを浮かべながら、右手のサムズアップを司へと送った。