14話 手探りの不安
『この練習試合は、鹿島南の強さを引き立たせるためのイベントなのではないか?』
ふと、そんなことを思った。『7-0』とか『8-0』みたいな馬鹿試合はそうそう起こらない。ましてや相手はベタ引きで25分の変則マッチなら尚更だ。
少なくとも最小点差での勝利だと苦戦したイメージが付くから、というのが俺なりに完封出来た理由なのではないか。でも、そう思うと体を張っていた他のメンバーに申し訳なく思う側面も生まれる。
森山や八神、不破なども違いを見せて、そこそこのメンバーである事を読者に意識付けさせた後に、もっとすごい奴を登場させる。かませ犬の黄金パターンを現在進行形でやらされているんじゃないだろうか……。なんだか戯曲に合わせられているようで、どうにもスッキリしない。
☆☆☆
3本目は試合中の3バックへのフォーメーション変更や両サイドと八神の攻撃参加を意識した内容だった。一本目と異なり氷高がキレッキレに変貌し、左サイドを蹂躙する展開となった。
正直ディフェンス面から言えば、あまり守備の機会は無く守備の強度を測る所までは行けなかったのは残念ではあるが。
とはいえ、調整試合と取るならば一定の成果を上げられた気はする。実践がマジのプロに通用するか、という課題で無ければもう少し楽観的にもなれたんだろうけど。
3本目が終わったところで俺たちはお役御免となり一時休憩。『ミーティングは後でやるから今日は上がっていいぞ』と監督から言われる。どうせ終わった後、向こうの監督と一杯行く約束でもしてんだろ。
「どうする?」「帰る?」等、みんながざわついたとき、「楠?」と司が俺に声をかける。
はいはい。分かってますよ。お付き合いしますよ。グラウンドは試合で使ってるから第二練習場辺りが候補か……。
司と二人で校門に向かうと、そこには洋二先生が待っていた。
「やあ。今日は横綱相撲だったね。もしかして、二人でどっか行くのかい?」
「ありがとうございます。第二練習場で少し蹴ろうかな、と思いまして。ところで今日はどうして?」
「そっちの彼の視察にね」
「あぁー、なるほど。そういえば、先生アレどうなりました?」
「心配ないよ。向こうから立てるように打診してきた」
洋二先生と司で話が進んでおり、俺はちょっと蚊帳の外に置かれる。こういう時の正しい対処法って教えてくれないよな。少なくとも三角錐の面積求めるよりかは需要もありそうだが。
「あ、そうだ楠君。済まないが舞に第二練習場にいるって伝えてきてくれないか。君たち2人を送ってそのまま練習を見てるって。探させると悪いからね」
ちょっと手持ちぶさたを感じている時に頼み事をしてくれるのは逆にちょっとありがたい気がするのは不思議だ。ま、ここにいても2人の会話に入れないし。
「わかりました。ちょっくら行ってきます」
トボトボとグラウンドに戻って芝浦のところまで歩いて行く。今は2軍が試合をしている事もあって、あまり見慣れない後輩やマネージャーもいる。
その中で、芝浦はベンチに座って今度はストップウォッチを持って真剣に試合を見ている。どうやら俺が近くに来てることに気付いてない様子だ。
すっごく真面目な顔してる……。何か声かけにくいな。どうすべ。つか、今俺目立ってね?だって周り見てるモン。何かヒソヒソしてるもん。うわぁ、めっちゃ帰りたい。頼む芝浦!気付いてくれ。俺に!
「どうした楠?」
どうやら俺の心の叫びは監督に届いたらしい。違うよ? あんたじゃ無いよ?
「いえ、芝浦の親父さんが来ていて伝言を頼まれたんすけど。何か声かけづらくて……」
「芝浦の親父?あぁー、洋二先生来てんのか?」
多分この辺で芝浦も俺の存在に気付いてくれてたっぽい。
「はい。向こうで今、司としゃべってます。」
「そうか。おい、誰か芝浦と変わってやれ!」
さっきまで俺をヒソヒソしていた別のマネージャーの一人がストップウォッチを受け取りに行き、ようやく芝浦が解放される。
(あー、なんかどっと疲れた。なんで伝言一つでこんな気を使わなきゃなんないんだ。つかマネージャー多すぎだろ!一体何人いんだよ?)
「いつもすいません先輩。それで、父の伝言ってなんですか?」
「あ、いいっていいって。伝言の内容は『今から俺と司と一緒に第二練習場に行ってくる』って」
「わかりました。あのー悪いんですけど、せっかくなんで私も伝言頼んでいいです?」
どうせ戻るんだし断る理由なんてない。喜んで承ろう。
「ありがとうございます。では『終わったら私もそっちに行く』って伝えて貰っていいですか?お願いします」
「了解した。あともう一つごめん。あのさ、ストップウォッチ持って何計ってたの?」
「うちのマイボールの時間です。ポゼッション率出すのに計っとけって監督に」
タヌキ親父め。何が体感で、だ。きっちり計ってんじゃねーか。やらしいったらありゃしない。
ついでと言っちゃなんだが、監督に『司と洋二先生と第二練習場使いますね』と一応許可を求めておく。何か……あるとは思えないが、一応監督が知らないままで事故とか怪我とかあったら責任問題になっても悪いしな。
「帰りはちゃんと入り口閉めてけよ」の回答は使って問題無しと受け取ってOKだ。
「うぃーっす!」
また、トボトボと校門に戻り洋二先生に任務完了の報告と芝浦からの伝言も伝える。
「ありがとう。よし、じゃあ行こうか」
洋二先生の車に乗せて貰い、俺たち3人は2キロ程離れた第二練習場へと向かった。