10話 隠れた才能たち
それからの練習は苛烈といっても差し支えないほどだった。
サーバーへのリターン禁止やスリーバックにしてダブルボランチのツーラインでの対応などのルールの変更が次々と行われる。奪った後もそれで終りでなく、サーバーまでパスで繋いで返さないといけないのも追加された。何気にこれが一番キツイ。途中で取られてのプレイ継続が罰ゲームのようにしか思えない。長い時は10分位攻守を交代しながら走りまくる。試合と違って休める時間が無いから、常にフル稼働を要求され炎天下での消耗は計り知れない。フィールドの皆さん、大変ご苦労様です。
肉体的にもキツいのは勿論だが頭も使うトレーニングへと変更されていき、練習の強度は連日上がっていく。五本もやったらクタクタなので、その度に軽い休憩を取りながらオフェンスとディフェンスに分かれ修正のミーティングに変わっていく。
「ハァハァ……。ダボー(ダブルボランチ)は最初コースカットくらいでいいっすかね?」
「んでいいよ。縦さえ抜かれなきゃ。サイドに回させてマークずらして追い込んで行くしかねーな」
「でもそうすっとバイタル空くんだよ。どうしても人に付いたときにスペースあくべ?ロン毛が狙ってんだよ、ソレ」
「だったら、思い切って始めっからライン上げて超コンパクトにしちゃいます?裏へのヨーイドンは超絶疲れますけど?」
「それでもいいよ。裏はキーパーがカバーするから」
「つかね……。辛くても追い込んでコートを狭くさせなきゃ、マジ死ぬ……」
「いいから八神は少し休んでろって。内村も水分多めに取っとけよ?」
「んー、が」
学年関係なく思ったことを言い合う環境が自然に出来上がってくる。一番最後だけは何を言いたかったのか分からないが『そうだぞ』とか言いたかったのだろう。
はっきり言ってボランチの八神はすでに屍状態に近い。
基本出っぱなしな彼と適度に交代しながら相方で入っているのは三年の麻野と二年の内村だ。
彼らはファーストディフェンダーとして動き、その後も前や後ろは勿論、ワイドに展開するサイドハーフ(特に氷高)も追っかけてる。場合によっては最終ラインに入って体を張る事も少なくない。そこに、奪った後のサーバーへの繋ぎとしてパスを貰い運ぶ動きも追加されたのだから、堪ったものではないのだろう。
3バック時は4バックの時に左サイドバックだった二年の越野がセンターに入り、越野・西・不破といった並びになる。サイドバックがいないため一人外につり出されると中を絞った二人のフォローにも走り回っている。
っていうかさぁ。八神って普通にすごくねぇか。絶対試合よりかなり多く走ってるぞ、コレ?
アニメではあんま目立ってなかったけど、こいつの存在がすげえ効いてるのは分かる。
守備専みたいなハーフかと思ってたのに全然違うし。守備は当然にしても、攻撃の切り替えの際も様々な場所でプレーに顔を出しては絡んでくる。
時には西より低い位置でボールを貰ってロン毛をおびき出した後に散らす。そのあとも受け手になるためロン毛を置きっぱにして前に走って行く。そんで一時的な数的有利を作ってパスの選択肢を広げていく。
八神だってアンダーでは俺や森山、不破みたいに日陰の存在であったはずだ。なのにこんなに凄かったの?というのが率直な感想だった。少なくともチャラロン毛は一度もそんな所は見せていないが。
日の丸に選ばれる理由かぁ……。
「ポカリ切れた。楠のちょーだい」
「……お、おう。たんと飲め。」
「ん。サンキュ」
氷高もそうだが八神もそんなに喋る方じゃない。司はMF陣で一体どんなコミュニケーション取ってるんだろうか。ちょっとだけ気になるな。でも『んがー』はいないからこっちの勝ちだな。
「よーし。再開するぞ!」
「「おうよ!!」」
作戦は決まった。あとは実行するだけだ。
まずは最初のボランチ八神が司の中を切って横にパスを出させる。サイドを上がられたらその側のCBは釣りだされるがそれはしょうがない。サイドで面倒なのは氷高だが、そっちサイドはフランケン不破だ。不破なら一対一でそう易々とはやられないはずだから切れ込まれる心配はあまりない。
残った二人のCBは向こうのツートップをケアしながら強気でラインを挙げる。『不破が抜かれない』という前提がそこにはある。
案の定、ライン際で氷高が止まる。フォロー待ちのキープだ。ここまではOKだ。司が寄っていきリターンを貰うがこの位置なら問題ない。司がボールを持てば周りは前を向く。でも今回は違う。ラインを超高めにしてる分だけ前線は渋滞している。俺のポジションも少し前めにとり、スルーパスの警戒を強めているのを醸し出す。
さぁ、どうする司。すぐに八神のチェックが入るぞ?前の二人は窮屈だし出しようもないだろ。逆サイに振るか?内村が狙ってるぜぃ?ヒッヒッヒ。
――あっという間だった。
あえて八神がチェックに来たのを待って、八神の走ってきた右足の着地の瞬間に逆側へとダブルタッチで鋭角に動き出す。重心移動と今まであまり突破を仕掛けてこなかった事が八神にとって不意打ちのような形になる。
必死に八神も反転して食らいつくが、数歩目で膝から崩れ落ちる。強い疲労状態で無理な瞬発力を使ったせいだろう。多分足がつったか?肉離れじゃないといいが。
そしてこっちもやべぇ。ディフェンスは大混乱だ。一番手に負えないやつが中央から突っ込んでくるというスクランブル事態。おまけにラインは超高めで数的不利も絶賛発生中となればプチ祭り状態だ。
センターの二人も飛び込めなくてズルズルとディフェンスラインが引かされていく。マズいな。このままではエリアに来ちまう。
「西! 当たれ! 他は中(絞れ)!!」
「お、おう!」
「んがぁ!」
バイタルに侵入しようとする司に西が向かっていく。
「ぜってースラ(イディング)すんじゃねーぞ!」
「わかってらぁ!うぉ!?なにぃぃ!!」
返事と同時に抜かれやがった。『なにぃ!』じゃねーよ。マジ使えねーな。
ペナルティエリア正面。俺と司の間には何の障害もない。左足でシュートモーションに入る司に左から越野が足を投げ出してブロックに行く。
……越野、それは誘いだ。ふり足が遠いからと焦った越野の心理まで完全に読んでやがんな。大体、司はよっぽどじゃないと左では打たない。両利きと言われるほど精度に差は無いんだろうが決まって右なんだよ。だってアニメじゃそうだったから!
内村と不破も絞ってきてるからロン毛ともう一人のFWはもう放っておく。フィニッシュワークも司一人で大詰めだ。こうなりゃボールホルダーにアタックしてやるのが心意気ってもんだ。
――いつ?
切り返した瞬間だ。キックフェイントでスライディングしてくる越野を見送った直後だ。つまり右足に持ち替えた瞬間に飛び出してコースを切る。正直、司に通用するとは思えないが選択肢はほとんど残されていない。
……!?
アクシデント発生! エマージェンシー! エマージェンシー!!
まさかの切り返しなしでの突破でした。
シュートと全く同じ動作で足裏で少しだけボールをこすって越野の更に奥側にスライドさせ、ブロックで横滑りしてきた越野を何事もなく置いてきた司が突っ込んでくる。
はぁぁぁ? 何だよコイツ? なんで縦振りの足裏でそんな事出来んだよ?
もうすでに一対一の絶望的な状況だ。慌てた内村も司に向かっていくが間に合いそうもない。遠くから「んーー」って声も近づいてくる。駄目だフランケン!こっちじゃない。来るならゴールのカバーに入ってくれ!
次の瞬間、司が消えた。……んで俺も抜かれた。ガックシ。
無人のゴールに優しく右足インサイドで流し込んだ司は「休憩!!」と大きな声で叫ぶ。
ハッとして八神の方を見ると、すでに監督がつった方の足を延ばして処置していた。むりやり練習を切るためとはいえ、非道過ぎんだろ司。一回外にでも出せばいいじゃんかよ。『その気になったらいつでも一人で点取れるから』って言われた気分だ。それにずっとこっち向いてたのに八神の異常まで気付いてたんかい?マジで後ろにも目があるのかもしれない……。
みんなで八神のところへ向かう。
「心配すんな。軽くつっただけだ。済まんな八神。意識変えの為とは言え少し無理させすぎたか?」
「マジ辛いっすよ。足パンパンすからね?」
監督と八神のやり取りを見てホッとする。つか、大会前になんかあったらどうすんだよ?八神の替えなんてそうそういねーぞ。
「司。少ししたらみんな集めてくれ。あ、グラウンド整備もやっちゃってくれ」
お? 今日は終わりっぽいな? 八神のアクシデントが早上がりの呼び水になったか。
監督はみんなを集めると、ここ数日のハードトレーニングの訳を説明してくれた。
「お前たちは現在選手権二連覇中で、前人未到ともいえる三連覇に挑もうとしている。日本中の高校がうちらを倒そうと準備してくるんだ。それはお前らも分かってるとは思う。
でもな、それだけじゃないぞ。周りがお前たちに期待するのは絶対的な強さだ。王者と呼ばれる所以だ!守り勝つなんてしたら、お前らはこう言われるんだ。『何だ、去年の方が強かったな』って。そう言われないためにも!『今年の方が良いチームだ』と言われるためにもレベルを上げなければいけないんだ!
……とはいっても選手が怪我したら何の意味もないし、八神は足がつっただけで済んだから良かったが、俺も少しハードワークさせ過ぎたと反省している。今日はこれで上がりにして明日もオフにする。
しっかり体を休めろ!今日と明日は練習するな。これは命令だ。 以上!」
「「ウッス!」」
☆☆☆
真っすぐ家に帰って横になってウトウトしてたら、姉の瑞希に呼び起された。
楠要には姉妹がいる。上と下に一人ずつ挟まれた形での長男坊だ。
大学二年生の姉はバイトが無い時はほとんど家でグータラしており、扱いに困るときも多い。
「かーなーめぇーー!!あんたに電話ぁ!マネージャーの芝浦って子からぁ!」
はいはい。今行きますよ。そんな大きな声出さなくても聞こえていますよっと。おそらく洋二先生の件だろうな。あれから少し経ったしな。そろそろ何かしらの動きがあるとは思ってた。
のそのそと階段を降りていく。姉はタンクトップにショートパンツのラフな格好だった。実家とはいえラフ過ぎんだろ?見えちゃうぞ、なんか色々……。
そんなだらしない格好の姉は、受話器を持って待って……、無かった。
「それでねー、要ったら今でも子供の頃の毛布ずっーと大事に使ってるのよ?」
「余計な事言わんでいいわ!!」
受話器を俺に奪われた姉は下品な笑いをしながら去っていく。もう、なんだってんだよ……。
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