1話 転生先では吹っ飛ぶのが仕事でした
この世の中には叶わないことが多いって気付いたのはいつだったろう。
どんなに努力しても、才能や血筋の前にあっさりと翻されてしまう。
だったら始めから無駄なことはしない方がいい。
所詮、凡人は凡人なのだから。
大学3年から始めた就職活動――。
数えきれないほどのお祈りメールを前に、俺は完全に心が折れたのを感じた。
いつしか気が付けば、それぞれに未来が決まって行く友人たち……。
俺だけが……、完全に就活最前線から落ちこぼれていったのだ。
それからというもの――、
アパートに引きこもってはネットや漫画、小説を読みあさる毎日。
当然、次第に心配してくれる奴もいなくなる。
夏休みを迎える頃には完全にぼっちを体現するに至っていた。
……どうも最近の流行は転生モノらしい。
新しい世界で全てをリセットして、イヤッホーな生活を満喫出来るというモノだ。
どうも世の中には俺みたいな奴がごまんといて変身願望のはけ口を求めているんだろう。
――いや、気持ちは分かる。
俺も昔、短冊に『呪文を覚えて魔王倒したい』とか書いて親呼ばれたし。
中学の進路希望でも『第一志望:勇者になりたい。第二志望:某漫画の戦闘民族』とか書いて三者面談で母ちゃんマジ泣きさせたしな。
そんな俺ももう22だし。流石になぁ……。いい加減、この生活も直さなきゃなぁ。
そういや、もうしばらく全然家から出てないな。
なんか最近エアコンの調子も悪いのも、もしかしたら神様みたいなのが引きこもってんじゃねーよ、ってメッセージを送ってるのかもしれない。
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不動産屋に電話して、エアコンの修理を頼む。
でも、すぐに修理には来れないらしい。この時期はとても忙しく、又お盆も入るので業者が来られるのは結構先になってしまうみたいだった。
実家に帰ろうかなとも考えた。
でも、この時期にこんな体たらくをしてたんじゃ親や地元の友人に合わせる顔もないな、と思い俺は引きこもりを継続する道を選んだ。
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その日は一際暑く、エアコンが絶不調状態まっただ中のアパートは蒸し風呂と化していた。
扇風機から送られてくる風は生ぬるく、とてもじゃないがこの熱さは凌げそうもない。
参ったな。コンビニでも行こうか。
そういや、しばらくちゃんとしたモノも食ってないし――、
そう思ってベッドから立ち上がろうとした瞬間、グラッとした感覚に襲われる。
あ、やべぇ。熱中症とか脱水症状とかいう言葉が頭をよぎる。
テレビでも室内でなる人が多いって言ってた気がする。
誰か助けて……。
そんな俺の小さな願いは声になることなく、そのまま意識を刈り取られていった――。
☆☆☆
お…ま、だい……か…、しっか……、おい……、
遠い所から意識に語りかける声が聞こえる。少しずつではあるが声は確かに聞こえる。
……おい大丈夫か? しっかりしろ!
はっきりと聞こえた。あ、良かった。俺、助かったんだ。
全身に安堵感が駆け巡り、体中の筋肉が弛緩するのが分かる。
瞼の裏が真っ白い……。
どうも昼過ぎみたいだ。結構倒れてたんだな、俺。
なんか顔痛いし。倒れたときどっかにぶつけたか?
「大丈夫です。助けてくれてありがとうございました」
ぼんやりする頭と目で周りを確認仕様とするが、視界がまだ白くて世界に追いついていってない。
誰か分からないけど、俺の家に助けに来てくれた人なんだろうか。
多分倒れたときに大きな音でもして、下の階の住人が気になって来てくれたとか、かもしれない。
「なに言ってんだ? やっぱ頭打ったか?」
……あれ?何かおかしい。
どんなバッドコミュニケーションしたらそうなる?
それにやたら蝉もうるさい。
あと、一番気になるのはこの日差しと明るさはどう考えても直射日光だ。
……何で俺、外にいるんだ?
やがてゆっくりと視界が開けていき、目の前に光景に言葉を失う。
土のグラウンドにサッカーボール、ゴールのわきで倒れている俺。
向こうには校舎のような建物も見える。学校だろうか?
そして健康優良児そのままの青年たちが心配そうにグルリと俺を囲んでいる。
(え、あ? ちょっと待った?何コレ? ドッキリ?)
「おい? ホントに大丈夫か? まさかホントに俺たちが分からない訳じゃないだろ?」
やたら猿顔の坊主君が心配してくる。
多分に知り合いっぽい話し方だが、ちょっと今は対応に困る。
「ちょっと日陰行こうぜ、楠? 少し休んだ方がいいな」
そう言いながら坊主君が俺に手を差し伸べてくれる。
(? 楠? 楠って俺のことか?)
とりあえず差し伸べられた手に掴まろうとして自分の右手を差し出して、二度目の驚きがやって来る。
――キーパーグローブ? なんで俺、こんなモン付けてんだ!?
「じゃ俺、楠休ませてくるから! ツカサ、もう練習再会していいんじゃねぇ?」
(ツカサ? そんな知り合いいたっけ?
少なくともこんな炎天下にサッカーするような知り合いはこの坊主君含めて、記憶にないはずだが)
「そうだな。楠は西に任せて、俺たちは練習に戻ろう!」
(キーパーの楠。まとめ役のツカサ、猿顔の西。……まさか、な。)
そう思った瞬間だった。大きな波のような勢いで、この『楠』って奴の情報が頭に流れ込んでくる。
「う? うわ」
内容は子供の頃にアニメで見ていた有名なサッカー漫画とほぼ同じだ。
原作は知らないが、毎週夜にやってたので何となしに見ていた記憶がある。
そのアニメの内容とアニメでは語られてない楠の個人的な情報も強制的にダウンロードさせられてくる。
楠 要の17歳分の人生の情報量に合わせ、こめかみに締め付ける様な痛みもセットだ。
いってぇ。なんか俺の知ってるストーリーと若干違くないか?
あれか? やっぱり原作を知らないからか?
やがてゆっくりと痛みが引き、――そしてようやく理解する。
――ここはそのサッカー漫画『太陽のストライカー』の中で、俺に割り振られたのは主人公のチームのちょっと情けないキーパーの役目だということ。
そいつは主人公がどんなに活躍しても良い感じで失点を繰り返し、最終的に主人公スゲーを引き立たせる為に必要以上に苦戦させるためのかませ犬であることも。
あと現実的なことで言えば、今は高校三年の夏休みで冬の選手権に向けての練習中ということも理解できた。
「な、なぜだ? なぜ、俺はここでもこんな感じの役なんだ?」
あまりの衝撃にそんな言葉しか出ない。
普通、もっと良い感じの世界観や立ち位置があるんじゃないのか?
今更、転生がどうだとかのツッコミはしない。
むしろ願っていた部分もある。だから、そこはいい。許せる。むしろ、感謝したい位だ。
……でも、だからといって――。
さすがに楠はないだろう? 推定サッカーボールより軽いんですか? ってツッコミ入れるレベルのキーパーだぞ?
せっかくの学生スポ根なのに本業のサッカーもダメ、恋愛描写はおろかプライベート情報も一切ないレベルの奴だぞ。
舞台が大きくなるほど出番も無くなっていくし、挙げ句には何の説明もないまま登場しなくなる。
「失点シ-ンだけは記憶とネットに残るのに!」
「お、おい? 楠?」
無様にも取り乱した俺は、猿顔の西に心から心配され保健室へと連行されていった。
圧倒的弱者のポジションというのはゴールキーパーという意味ではなく、試合中に強烈なシュートを全身にぶつけられ続け、たとえ怪我しても社会的に仕返し出来ないという意味合いです。
もし誤解を招いてしまった方がいた場合、この場で謝らせていただきます。
※ストックがあるので、尽きるまでは毎日投稿する予定です。読んでくれた方、読み続けようと思ってくれた方に感謝を。