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ホラー小説

恐怖の夜

作者: オリンポス

 その時分はがたぴしと木戸が騒いでやかましい夜半だった。

 私は巻きたばこをくわえて外に出て、ワイヤレスフォンを耳に当てた。

 それはバナナの形をしていて、上部に受話口、下部に送話口があった。


「もしもし……」

 片手で持てるが、無線式の電話機はそれなりの重量である。

 私は壁に半身を委託して、会話を行うことにした。


「もしもし、加納勇之進さんでいらっしゃるか?」

「いかにも。して、君はだれかね?」

「ぼくですよ。以前秘書をしていた「田中邦治くんか」ですよ」

 言葉と言葉が被ってしまった。そのために名前は聞き取れなかったが、相違はなかろう。


「どうかしたのかね?」

「ぼく、死のうと思うのですよ」

 受話口からは誰彼の話し声のようなノイズが交じっていた。

 田中邦治ではない。べつの人間の声だ。


「少々電話が遠いようだ。聞き取りづらい。誰かといっしょにいるのかね?」

「いいえ、ぼくひとりです。近所は空き家になって、周辺には人の気配もありません」

 え、それでは亡者の鬼哭啾啾きこくしゅうしゅうではないか。それにしてはやけにしっかりとした発音ではあるが。

 ぞぞっと身の毛が立つ思いがした。背筋にアリが這ったように感ぜられる。

 まさか、そんなわけないではないか。ハハハハハ。

 きっと風のいたずらだ。幽霊の正体は枯れ尾花と相場が決まっている。

 すぱすぱと巻きたばこを吹かすが、どうにも落ち着かない。紫煙がただ流されていくばかりだ。


「私の気のせいだった。何も聞こえない」

 私は自分に言い聞かせるようにしたが、やっぱり妙な話し声はやむことがなかった。

 少し寒気がする。早めに電話を切り上げたい心持ちになった。

「で、用件は何かね?」

「ぼく、命を絶とうと思うのですよ」

「どうしたんだい?」

「彼女にフラれてしまったのです」

 なんだ、そんなことか。

 私は一笑に付そうと口を開けて、はたと留まった。

 待て待て。彼は中々の熱情家だったではないか。してみると、その心中は計り知れぬ。

 田中邦治の背後には彼の魂があって、それがメソメソ泣いているのやもしれぬわけだ。

 とにかくこのノイズの正体が一向にわからぬ以上、たとい枯れ尾花であるとしても、見えぬものには恐怖するのが人情だ。


「よく考えてみるといい。夜はマイナス思考に陥りがちだから、明朝にでも思案するべきだろう」

「嫌なのです。今すぐにでも死にたいのです」


 腕がぷるぷると震えてきた。電話機の重みに耐えきれなくなってきたのだ。

 この後、延々と心理カウンセリングをさせられた。

 私は風が吹く都度にヒヤッとさせられ、ノイズが聞こえるたびにぞっとして過ごした。


 電話は突然に切れた。電源が落ちたのだ。


 私は助かったと思い、寝床に就いた。恐怖で便所に足を運ぶ勇気は起こらなかった。

 立て付けの悪い窓はうんうん唸って、木戸はやかましく騒ぎ立てたが耳をふさいで眠ってしまった。


 夜中の三時に起きた。丑三つ時だ。霊力が最も強大になる時間。

 私は寝汗を掻いていた。よくない気分がする。怖い夢を見た。

 いつも底冷えのする夜なのにこの日だけは暑かった。もしかしたらこの狭い室内に、亡者がすし詰め状態で蝟集しているのかもしれない。

 もしくは秘書の呪いだろうか。途中で通話が途切れてしまったことを根に持っていたのかもわからぬのだ。


 いや、待て待て。そもそも田中邦治は無事なのだろうか。


 私は充電中の電話機に手を差し伸べてやめた。

 夜の緞帳どんちょうが上がってからにしようと思ったからだ。好奇心も恐怖には打ち克てぬ。




 闇が晴れて、事の顛末がハッキリした。

 田中邦治は死んでいなかった。恋人の女は一時的なヒステリーを起こしていただけで、すぐによりを戻してくれたそうだ。

 ノイズの正体もわかった。ラジオだ。

 ラジオは自動車のように高価であったため、まだ普及していない。そのために思い至らなかったのである。

 熱帯夜の理由もわかった。台風の影響で気圧が変化したためである。

 昨夜の強風も台風が通過していたからだった。


 幽霊の正体見たり枯れ尾花とはよく言ったものだと、私は肩を落とすのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  >受話口からは誰彼の話し声のようなノイズが交じっていた。  >田中邦治ではない。べつの人間の声だ。  行が分けられているのと、加納氏が電話の相手が田中君だとはっきり確認していないせい…
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