退屈しのぎの一団の話 3
私には、妹が一人います。気立てのいい妹でして、それは、もう良い子なのですがね。些か顔に問題がありまして、貰い手がいない。
ある日いつものように私が仕事に行くと、彼女は私を必ず毎日見送ってくるのですが、なぜか出てこない。具合でも悪いのかと不安に思っていますと、彼女は化粧などをしながら急いで飛び出してきたのです。お世辞にも良いとは言えない顔立ちですが、顔の凹凸はいくらかマシに見えました。何かあるのかとたずねますと、彼女はうれしそうに久しぶりに友達に会うの、といいました。私は楽しんでおいでといって、家から出ました。
昼食の頃でした。私は彼女を見かけたのですが、たいそう楽しそうにおしゃべりなどをしていたので、話しかけるのもはばかられまして、そのまま近場で食事を取ろうと考えました。
そして、私は少し歩いた場所にある屋台で、パンと羊肉などを食べて仕事に戻ったのです。邪魔をしてはいけませんからね。
さて、私が仕事を終えて家に帰ると、まだ妹の姿はありませんでした。帰っていないのか、と思って、調理場へむかうと、料理を作っている彼女の姿がありました。
ただいま、と私が言うと、振り返らずにお帰りなさいという沈んだ声が返ってきました。不審に思って、何かあったのか、と尋ねましたが、何もないよ、と言って調理を続けるのです。
私はその言葉を信頼しました。・・・私の大事な妹が、嘘をつくとは思えなかったからです。ところが、食事を運んでくれた彼女の目は真っ赤でした。
何かあったんだな。そう呟くと、きっと必死に我慢していたのでしょう、どっと涙を流してその場から崩れてしまいました。顔を手で覆い、暗い部屋で必死に私に謝る彼女に、まずは事情を聞かせてくれ、と尋ねました。
すると彼女は必死に涙をぬぐいながら、このように言いました。
「お兄ちゃん、私が醜いせいで、貴方に嫌な思いさせてしまった。ごめんなさい。食事が終わったあと、友達と服などを買いに行こうとしたの。その時にね、男の人たちが皆に声をかけてきたの。その人たちが、私を見て、こんなブスと一緒にいなくてもいいじゃん、って。わたし、は、大丈夫だった、よ。でも、友達に、さ。迷惑をかけてしまっていたと思うと、切なくって」
なんだ、そんなことと言おうとしましたが、あまりにも必死に謝る彼女にかける言葉ではない、と飲み込みました。代わりに、気にするな。わたしはそんなこと微塵も言われたこともない、と言ってやりました。
彼女はそれでも泣くのをやめませんでした。もしかしたら、それだけではないのかもしれません。他に悪口でも言われたのか、と尋ねると無言で頷きました。私は怒りを覚えましたが、必死に抑えました。
そこで、彼女に言ってやったのです。君の良心は必ず報われる、と。そうしたら、彼女は泣くのを辞め、悲しそうな笑顔を見せました。
それから、暫くしたある日のことでした。彼女のために幾つかのプレゼントを買ってやりました。無論、私にとっては、慰めるためのものでもありましたが、日頃の感謝も込めた贈り物でした。家に帰ると、彼女は近所の女性と仲良く話しながら、掃除の手伝いをしていました。そして、体の悪い近所のお婆さんのために、編み物や、料理の手伝いをしていました。
私は先に家に戻り、プレゼントの確認をしたり、仕事の準備をしたりしていました。彼女のために、何ができるか、そう考えるてみたりもしました。
彼女は帰ってくると、私がいることに驚き、すぐに夕食の支度をしてくれました。私が水を汲みに井戸へ向かうと、先ほどの女性達が話をしていました。
「醜い子ねぇ、ホントに。お兄さんがかわいそうだわ」
「ほんと、なんていうの?虫を潰したような顔よね」
「でも、ほんとにいい子よね・・・。妖精にとりつかれたような顔してるのに」
自然と歩調が早くなりました。失礼なことを言うものでしょう?私は、彼女達に幻滅し、水を汲んですぐに帰ることにしました。妹がわらっていられる場所を守ること、私の使命がはっきりしたのです。
妹はプレゼントをとても喜んでくれました。日頃のお礼に、と言って、渡したのですが、勘がいい彼女はやはり気遣いに気がついたのでしょう。その日の夕飯はいつも以上に美味しいものでした。
それからというもの、彼女は人に笑われないようにと、必死に美容に良いものに凝りだしました。私はやる気になってくれたのならば、と静観ましたが、一年、二年、どれほどたっても顔が変わることはありませんでした。
それどころか、周りは彼女を馬鹿にしだしました。醜いものがどれだけ努力したところで、変わるはずはないと。協力をするふりをして、そのネタを提供して笑っている姿を、何度か目にしました。努力虚しく、彼女に変化はありませんでした。それでも、彼女は周りへの気遣いを忘れず、鍛錬を続けたのです。
そんな彼女が、努力を続けて二年ほど経ったある日、町のカーニヴァルに王子様がお見えになりました。
多くの人々は王子を見ようと群がり、図体の大きな妹は邪魔者扱いしました。その為、彼女は邪魔にならないように、王子のいない静かな場所に移動してしまいました。王子が現れると手を振り、皆が皆その手を握りたいだの、舞踏会を開いて欲しいだのと、はやし立てていました。私はその様子を眺めていましたが、王子の明らかな疲れた表情を、気の毒に思っていました。
王子が目的地に到着する前に、妹は誰も見ていない隙に水差しを用意したり、雑な掃除がされて埃が散見されるところを掃除したりしていました。そして、到着する前に退散し、自分の姿が王子を不快にしないようにと配慮しました。
カーニヴァルの当日、私は売れるチーズや、希少ではないが人気の高い石などを仕入れに行きました。その為、ここからはある方から聞いたお話なのですが、妹は町の人々の中で、足の悪い方や体力のない方がカーニヴァルに向かえるように手助けをしていたようです。
温かい飲み物なども用意し、町の賑わいの中からは離れつつも、町の手助けをしました。カーニヴァルは大盛況でした。皆が笑える祭典というのは、やはり良いものです。しかし、楽しい時間というものはすぐに過ぎ去ってしまう。そんなふうに夜が更けていきました。
月の雫が溢れる夜、カーニヴァルの終わりとともに、人はまばらになっていきます。妹も帰り支度をし、足の悪い方や体力のない方を送っていました。その時、後ろから妹に声をかける男がいました。
その男は上物の服を着て、質素ではあるがとても良い毛皮を首に巻いていました。その男は、妹がカーニヴァルに向けてしていた一切の準備を見ていました。王子に仕える騎士であり、しかし華奢な優男でした。彼は、その姿を見て、昔の自分を思い出したと言います。自分は体力がなく、騎士としては未熟で、父にも他の騎士達にも馬鹿にされていました。しかし、大学を出て、教会法学を学び、騎士爵を継いだ後も、勉学に励んでいました。新鋭の武器や陣形などの騎士に関する研究を重ね、王子の護衛としてこの町にやってきたそうです。
その彼が、妹に求婚をしてきたのです。妹は断ろうとしましたが、あまりにも強く求婚を求めてくるので、私に相談して、その決断をしました。
「で、その騎士様がそこのマティアス殿です」
マルガレーテは目を輝かせながら、彼の言葉を聞いていた。
「フゥン、物好きもいるもんだな」
ピョートルが肘をついてつぶやくと、マルガレーテが非難の目を向けた。
「あらぁ、かわいそうな人。きっとツケが回ってくるわよ」
ピョートルはマルガレーテにちらりと見た後、ふん、と言って水差しに手を伸ばした。ヤンがそれを取ってピョートルのグラスに注ぐと、ピョートルはお、悪いとつぶやきそれを飲んだ。
「お恥ずかしいです・・・」
マティアスは頭をかきながら言った。マルガレーテが拍手をしている。
コホン、と咳払いをしたのはアブラヒムだった。すかさず沈黙が訪れた。
「失礼・・・。善人は必ずその恩恵を受ける、素晴らしいお話でした。では、お次の方は?」
「私だ」
レオポルトが手を挙げた。
「では、レオポルトさんのテーマは長い間熱望したもの、あるいは失ったものを手に入れたお話です。よろしくお願い致します」
レオポルトは髭を構いながら、よろしい。とだけ言った。
「神の巡り合わせというものは、やはりあるのでしょうなぁ」
実に大仰な表情から尊大な声が響いた。