退屈しのぎの一団の話 2
なぁ、お前ら、北の国が一番欲しいものって、知ってるか?
俺の地元はさ、北のほうでは比較的こっちに近い都市部なんだけど。まぁ、雪は降るわ寒いわで最悪なわけだよ。いいことなんてなーんにもねぇのな。俺には、町で警官して友人がいるんだけど、ガサツなところがあるんだよな。確かその日は、そいつの誕生日だったんだが、急に言うわけだよ。
「なぁ、お前、この国が一番欲しいものって何か知ってるか?」って。
俺が知るわけないから、「あったかいもんだろ」って、適当に答えたんだよ。そいつはよく笑う奴なんだが、その時だけは真剣だった。俺は妙に思ったんだが、いつも通りとぼけて見せたんだ。
すると、そいつは表情を崩さないままで、首を縦に振った。おれは「そうだよなー、俺も寒いの嫌いなんだよ。暑いのも、嫌いだけどよ。やっぱり、寒いのは一番気が滅入るじゃんか」って言って笑ったんだが、ほとんど表情を崩さなかった。その日はそのまま各々家に帰ったんだ。
次の日、確か金曜日だった。昨日の牡丹雪が嫌な具合に積もっていて、早めに仕事を切り上げたんだ。俺はそいつと、仕事終わりに一杯、酒でも飲んで体を温めようと提案したんだ。もちろんこいつも誘いに乗ってきた。俺たちは大通りを少し外れた、よく行くバーに行ったんだ。
そこで、俺は昨日の話題を切り出した。やはりいつものそいつじゃなかったからな。そしたら、そいつは疲れた顔で笑って語り出した。いつもの豪快な奴とは違う、湿っぽい表情でな。
「北の国ってさ、港がないだろ?その所為で貿易に不便なんだよ。だから、暖かいものが欲しいんだよ。そこから経由していけば、南の方のいろんな商品が手に入るだろう?それに、こっちのめずらしいものでも稼げるだろう?」
そいつはここまで行って、とんでもなく強い酒を飲んで、真っ赤な顔で俺に話を続けた。
「実はさ、次の皇帝陛下が、南の方に興味があるらしいんだよ」
「はぁん、それはまた大層なこったな」
「そう、大層なんだ。西だけじゃないぜ?東の方からも南に下りたいんだとさ。でもさ、これって、困るんだよな。西の方に下って行かれると、俺がその場に駆り立てられるかもしれないだろ?俺の地元ってすぐ南なんだよ。何かあったら、拠点にされるかもしれない」
そいつの言い分はわかるだろ。地元が都心じゃない奴は、みんな結構不安がるからな。でもそいつは、辺境からわざわざこっちまで来て、出稼ぎにでも来てたのかね。あんまり深く追求しなかったんだが、警察になるような奴だ、強いし賢い。さぞ地元では出世頭だったんだろうな、と思っているんだが。
おっと、話を戻そうじゃねぇか。そいつが北に降りてくる事に不満を持っていることはよくわかったし、俺は特に同意はしなかったが、話を促すこともしなかった。黙って酒を飲んでたんだ。そうしたら、またそいつが語りだすんだよ。
「地元はさ、農奴ばっかの田舎で、西の方で何かある度に必ず食料が徴収されるんだよ。正規軍だけじゃねぇ。駐屯してる傭兵やらもいる。とりわけ、傭兵なんてのは略奪も同然だな。金目のもん見つけちゃあ、全部奪っていきやがる。俺はそれが心配でならないんだよ。しかも、俺にとっては、長く離れても大事な故郷だろ?いいとこの生まれで特に苦労はしなかったが、もし俺がそっちに軍の補佐とかで行かされてみろ。俺の肩身が狭くなっちまう」
いっぺんに喋ったと思ったら、急に黙りやがる。それに、いつもより酒の進みが速い。もしや、と思ったんだが、案の定だった。
「俺さ、来年から故郷に戻されるんだよ。施設を建てて、警官を増員するんだとさ。これってさ、どういうことだろうな?」
俺は黙っていたよ。だって、本人が一番わかってんだろ。そっちの支配を強固にしたいんだろうが。まだ、軍が行くとは限らねぇが、それでも、多分そういうことなんだろ。施設っていうのも、多分拠点になるもんのことだろう。
そいつはフラフラしながら、自分の家に戻って行ったよ。俺が送っていってやろうとしたんだが、一人になりたいの一点張りさ。
とぼとぼと大通りを歩くそいつの背中が、冷たい牡丹雪の中へぼんやりと消えて行ったんだ。
ピョートルは一通り話し終わると、グラスに口をつけた。ごぉ、という薪の燃える音と、新しくした香草の焼ける音がよく聞こえるようになった。一同は、しばらくその音を静かに聞いていた。
マクシミリアンが外の様子を気にしている。荷車を引く音が聞こえ、それに何かを積む音がする。彼は直ぐに、視線を逸らした。
ピョートルが沈黙に耐えかねて、舌打ちをした。
「ねぇ、あんた、その人はどうなったのよ」
マルガレーテの声に、ピョートルは答えた。
「どうなった、って、そりゃそのまま行っちまったよ。それからはほとんど手紙もよこさねぇし、知らねぇよ」
レオポルトがヒゲをさすりながら、上を向いている。薪の崩れる音がした。ヤンがグラスに水を入れようとすると、ピョートルはそれを奪い取って、自分のグラスに注いだ。レオポルトは、ピョートルの顔を見ないで言った。
「私の記憶が確かならば、今の皇帝陛下は余り体が強くないのではなかったかね?若くしてあとを継いでおられたが、もしかしたら次の皇帝というのは、あの方になるのかな?」
ピョートルはレオポルトには一切目線を合わせようとはせず、小さな声で言った。
「・・・大砲が好きなもの好きだとよ」
レオポルトは小さく頷いた。その後、席を立ってピョートルの机に、綺麗な銀貨を置いて見せた。ピョートルは、大きな舌打ちをした。
「わかったよ、あとで教えてやるよ。でも、お前もあんまり他の奴に知られたくはねぇだろ?後にしようぜ」
レオポルトは満足げに頷き、ヒゲを整え、席に戻っていった。レオポルトが席に戻るのを確認すると、アブラヒムは穏やかな口調で言った。
「さて、次の方は、どなたでしょうかね」
すると、ジェームズ控えめに手を挙げた。
「ジェームズさん、あなたは多くの困難を経たのちに成功や幸福を得た人の話、です。よろしくお願いします」
アブラヒムが言うと、ジェームズは黙って頷いた。ジェームズが口を動かすと、一同はその動きを追うようにした。
「不可解なこともあるものです・・・」
暫く、沈黙が支配した。マルガレーテが首を傾げている。他の一同も、彼の言動の意味を理解しかねていた。たった一人、マティアスは口をパクパクと動かしながら、ジェームズを見ている。
疑問符の飛び交う部屋をよそに、彼はぼそぼそと喋りだしたのだった。